第155話 自覚

 「落ち着け、ビビちゃん!下は履いているから!」

 

 デリックが慌ててフォローするが、ビビには届かず。

 「もう!熱があるのにそんな格好で!汗を出さなきゃいけないんですよ。そんな素っ裸で身体冷やしてどーするんですか!」

 「え?そこが問題なわけ?」

 「いいから、ガリガ様は換気してください。あと、お湯沸かしてください」

 「え?お湯?」

 「汗拭きます。あと着替え。急いで!」

 あ、ハイ・・・と、デリックは頭をかきながら階下に降りていく。

 ふんす、と鼻で息をはいてベットに目を向けると、ボンヤリとこちらを見上げる青い目とあった。白い肌は熱で少し上気して赤らみ、いつもはキツいと感じる潤んだ目元が・・・超絶色っぽい。

 ビビは色気にあてられ、クラクラする頭を指先で押さえる。


 無駄なフェロモン垂れ流して・・・まじ毒だわ


 「・・・ビビ・・・?」

 かすれた声すら、耳に毒だ。

 「はい。わたしです。サルティーヌ様。お加減いかがですか?」

 ふらふらと、努めて・・・かなり努めて冷静にビビはベットの前の椅子にすわり、ちょっと触りますよ、と断りをいれて、汗ばんだ白い額に手を当てる。

 じわりと手のひらに感じる熱の高さに、ひやりとした。瞬時冷静さを取り戻す、自分の理性に感謝する。

 「・・・熱、いつからですか?」

 カリストは目を細める。

 「冷たい・・・」

 ビビの手のひらの冷たさが、気持ち良いらしい。ビビの問いには答えず、カリストは目を閉じると、細く息を吐き出した。


 静まれ心臓、落ち着けわたし


 「・・・大丈夫、寝ていれば・・・」

 「・・・全然大丈夫に見えませんよ・・・やせ我慢しないでください」

 「夢かな」

 責めるようなビビの口調に、カリストは苦笑する。

 「・・・え?」

 「俺を心配しているように、聞こえる」

 ビビは言葉に詰まる。

 「病人の心配くらい、します・・・わたしを・・・なんだと思っているんですか」

 「ビビ様・・・だろ?」

 弱々しく、でも可笑しげにカリストはビビを見返し、目を細める。


 「泣き虫で」

 ふ、と口元に薄い笑みを浮かべ。

 「ちっとも素直じゃなくて、強がってばかりで・・・」

 でも、

 「俺にとって・・・唯一無二の、女・・・」

 「・・・っ、」


 出会った時の印象は最悪だった。

 

 そっけなくて、冷たくて、意地悪で、人の神経逆撫ですることばかり言う人で。

 絶対わたしのこと、面倒くさい女で関わりたくないタイプと思われているって、そう思っていたから。

 好きだ、と言われても。

 本気だ、と言われても。

 無理やりキスされた時も、酔いに流されて抱かれた時も、信じようとしなかった。いや、触れて知るのが怖かったのだ。


 知ったところで正面から向き合う勇気も度胸もなく、目を閉じ、耳を塞ぎ。

 それが彼を追い詰め、自分を追い詰め・・・。


 ビビは手を握りしめた。

 「・・・わ、わたしっ・・・怒っているんですから!」

 ビビの泣きそうな口調にカリストは目をあけ、ゆっくりと視線をビビに向ける。

 ビビはその目を睨みつけるが、涙が今にも零れ落ちそうだった。それにカリストは僅かに眉を寄せる。


 「・・・一方的に、あんなこと、して。こっちの気持ちなんかおかないなしに・・・あなたは、いつもそう・・・」

 堪えきれず、目をふせうつむくビビ。

 カリストの手が力なく伸ばされ、その震える頭に触れ・・・そっと髪をやわらかく撫でた。

 「ごめん・・・」

 「謝ったって、許さないんだから」

 弱弱しいながらもやさしい仕草に胸が詰まる。ビビは声を絞り出した。

 「散々気持ち押しつけて、傷つけて、なのに・・・そんな顔して謝って・・・なんなんですか・・・?どれだけわたしを混乱させたら気が済むんですか?」

 「ビビ・・・?」

 じわり、と目頭が熱くなる。


 「嫌い。あなたは、そうやってわたしの中に残ろうとする。・・・わたしがどんな気持ちで、あなたから離れようとしていたかなんて、知らないくせに、・・・あなたなんか・・・っ」

 大嫌い、と心の中でつぶやき、口元を歪める。ぽろぽろと涙がこぼれ頬を伝っていく。


 教えて欲しい。この裂けるような胸の痛みはなんなのか。その痛みを上回る、この溢れ出てくる想いは・・・?

 「もう、」

 ぐずっ、とビビはしゃくりあげる。


 「わたし、・・・あなたを憎んでいいのか、愛していいのか、わからない」


 ぎゅ、とシーツを掴む指先に力がこもる。

 この自分を傷つけたはずの男が、苦しむ姿を見るのは・・・自分が傷つく以上に辛い。

 ああ、もうごまかせない。


 わたしはこの男に強く惹かれている。


 "許されない、駄目だ、と思っても。落ちるときは落ちる。その感情に絡められて身動きがとれなくなる"

 イヴァーノに言われた言葉が、今になって胸に響く。


 すっ、と指先がビビの目からこぼれる涙をぬぐう。

 「泣く・・・な」

 「泣いてなんか・・・いません」

 「好きだ」

 うわごとのように告げられた言葉に、ビビの目が見開かれる。

 反動で大粒の涙が零れ落ちてカリストの指先を濡らす。

 「・・・っ、」


 "その時は・・・お前も覚悟を決めろ"


 「お前が・・・好きだ」

 なのに、とカリストはつぶやき、苦しそうに口元を歪める。

 「俺は・・・お前を泣かしてばかりだな」

 「サルティーヌ・・・様」

 「ごめん・・・」

 指先が目元から頬へ滑り・・・震える唇へ。ゆっくり指の背でなぞるように。

 「わかっていても・・・どうしても、お前を諦められない・・・」

 だから、とカリストは目を細める。

 触れた指先の熱さにひやりとした。

 「俺がお前を諦めるのを・・・諦めてくれ」

 ごめん・・・


 ビビの動きが止まる。

 カリストは目を閉じ、伸ばされた手は力なくぱたり、と落ちた。

 「・・・あ」

 ビビは投げ出された手を取ると、カリストの顔をのぞきこんだ。

 呼吸は浅く、額には汗がにじんでいる。


 熱・・・かなり高い。


 身を起こすと両手を合わせ、口中で術を唱える。ポウッと両手を淡い光が包み込んだ。

 そのまま、横たわる胸元に掲げると、その肌に光の魔法陣が刻みこまれる。


 「・・・ビビちゃん?」

 ドアを開けて入ってきたデリックが、驚きの声をあげた。

 「ちょ、君、なにやって・・・」

 「代謝をあげて、免疫をあげるんです。今の状態じゃ薬は効かない」

 デリックに背を向けたまま、ビビは答える。

 魔法陣に刻まれた光が弾け、次々とカリストの身体に沈み込んでいく。後ろでデリックが息をのむ気配がした。

 そういえば、こういう治療をするのを、他人に見せたのは初めてかもしれない。

 魔術師団の面々に知られたら・・・大目玉食いそうだったが、ビビは隠すことなく続行する。

 徐々に光が治まる頃には、カリストの身体の赤みも消え、呼吸も穏やかになっていた。


 *


 「いや、驚いたね。噂には聞いていたけどビビちゃんの展開する魔術って」

 出されたお茶を口に含み、デリックは顔をしかめた。

 「なにこれ?変な味・・・」

 「忘却かつ記憶操作ができるお茶です」

 ブッ、と噴き出したデリックを横目で見ながらふん、と鼻を鳴らす。

 「冗談です。ガリガ様に風邪が移ったらいけないので、抗ウィルス向上の免疫茶ですよ」

 ゲホゴホ咳こむ男を見て、溜飲が下がるのに満足するビビ。

 「全部飲んでくださいね。風邪を移されたからってわたしのところに来たって、全力で拒否しますから」

 「ビビちゃん・・・君、実は俺のこと嫌いでしょ」

 「まさか好かれていると思っていたんですか?今おわかりになったなら、相当鈍いですね。もしくは都合よく変換する機能つき」

 国中の女性に好かれているなんて、思わないことですね。と、付け加える。

 「・・・汗」


 部屋は換気され、ビビ特製のウィルス撲滅?の香が焚かれている。

 無理矢理連れてきてしまったが、来た時とは違い、プラットから渡された料理を温めている後ろ姿は、心なしか明るく感じた。

 「ビビ節は今日も炸裂か・・・なにより」

 手際よく皿に盛りつける手先を眺めながら、さっきまでしょんぼりちゃんだったのにねぇ、とつけ加えれば、ジロリと睨まれた。

 が、その表情が照れ隠しにも見えて、デリックは笑いを隠せない。

 

 「カリストは食べられそう?」

 「熱は大方下がりましたから・・・あとは体力つけるだけですね。2日もあれば大丈夫かと」

 「うん。じゃあイヴァーノ総長には伝えておく」

 にっこり笑って、デリックは立ち上がった。

 「・・・どちらに?」

 「どちらに・・・って、帰るんだけど」

 デリックの言葉に、ビビは慌てた。

 「え?え?食事していかないんですか?こんなに大量に・・・」

 「それ、適当に食べてストックしてやって。あいつ、何もできないから」

 「じゃあ、ちゃっちゃと準備しますから待っていてください」

 「あのねぇ、ビビちゃん」

 はあっ、と息をはいてデリックはビビに向き直った。

 ビビはきょとんとして首をかしげる。・・・これは無意識なのか、天然なのか。

 まだあどけない少女の面影を残す彼女と、先ほど見事な治療魔術を行っていた後ろ姿の少女が、同一人物とは、とても思えない。


 「俺ね、総長に報告しなきゃいけないの」

 「はぁ」

 「あいつ、病み上がりだから。悪いんだけど面倒見てほしいわけ」

 「・・・」

 「アフターケアも必要でしょ?」

 頼むね、あいつのこと。

 ぽん、と肩をたたき、デリックは二階へあがるとカリストに何やら声をかけ、

 「じゃあね、後はよろしくね。あいつにはビビちゃんに意地悪言わないよう言っておいたから」

 と、颯爽と出でて行った。


 報復で淹れた激マズな薬草茶は・・・ちゃんと完飲されていた。


 ****

 そしてデリックに嵌められるビビ(笑)

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