第154話 お見舞い

 デリックの少し離れた位置で歩くビビ。

 デリックはビビの歩幅に合わせてくれているのか、歩みはゆっくりだ。


 「ビビちゃん、その・・・」

 珍しく歯切れの悪いデリックの口調に、ビビは首を傾げる。

 「はい?」

 「来月、出国するって話、本当なの?」

 「・・・はい」

 

 まだ公表されていないはずなのに、と不思議に思っていると、情報の出どころはエリザベスの婚約者のエルナンドらしい。

 確か、ジュノー神殿で役所の住民課のような役職についていたな、と記憶を掘り起こし。

 それなら仕方ないか、とビビは肩を落とす。正直、最悪なタイミングでカリストの耳に入ってしまったことは否めないが、どちらにしろ数日後に貼りだされる来月の出国者名簿に、名前が載る予定だったから。

 これから、ジェマやアドリアーナや他の関わった人たちから、わんさ問い合わせがくるんだろうな、と少し憂鬱になる。

 

 「偶然カリストの奴、乗船名簿を見ちゃって・・・そのまま飛び出していったんだ。ビビちゃんの所へ向かったんだと思っていたんだけど・・・」

 「・・・」

 その言葉に対して、ビビは黙秘していた。

 それに察したように、デリックは小さく息をつく。

 「なんでも、城下町で動けなくなっているところを、プラットさんに保護されたって・・・」

 「・・・先ほど、聞きました」

 「フジヤーノ嬢が、さ」

 その名前にビビの肩がわずかに反応する。

 「カリストが怪我をしていて、手当したかったのに、プラットさんに邪魔されたんだって。プラットさんは自分たちの交際を反対していて、きっとどこぞの旅人の女から都合よく吹き込まれているに違いない、んだってさ」

 全く、妄想するにも暴走しすぎだよな、と苦々しくデリックは吐き捨てるように言う。

 「・・・まるで悲劇のヒロインぶってさ。俺、女の子は大概好きだけど・・・あの子だけは無理だ。あんな嘘でカリストを追い詰めて、許せない。それを信じる同僚にもほとほと愛想がつきる」

 ビビはため息をついた。

 所詮、旅人に過ぎない自分と、国民であるフジヤーノ嬢。どちらを信じるかと問われば・・・仕方のないこととはいえ。しかし、庶民に近い存在の商業ギルドを束ねるプラットまで、悪しく言うとは。


 「ねえ、ビビちゃん」

 

 デリックは足をとめ、ビビを振り返る。

 「あいつ、今まで酔った勢いで女を買うことだってなかったし、ましてやフジヤーノ嬢に後れをとるような失態なんて考えられない。・・・ビビちゃん、一体何があったの?」

 デリックはビビをまっすぐに見つめ、尋ねる。

 

 「・・・・わたしが原因だと言いたいんですか?自己管理できないのは、本人の責任でしょうに」

 触れられたくない話題だけに、努めて冷静に、感情込めずにビビは言う。

 「本気で言っているの?それ」

 デリックは目を細めた。綺麗な顔しているぶん、睨みもまた迫力がある。

 「天然で無自覚っていうのも、ここまでくると罪だよね」

 「・・・っ」

 なんだかんだ言って、デリックとカリストは同期で、近衛兵時代から切磋琢磨した仲なのだ。その友人が未だかつてない弱り方をしている。このままでは、トーナメント続行も難しい。ビビには友好的ではあるが・・・カリストが絡んでくると話は別、なのだろう。

 「少なくとも・・・君はカリストにとって大きく影響を及ぼしている存在なんだって、自覚をしてほしいんだけど?」

 そのキツい物言いに、ビビは表情を歪ませる。


 「・・・勝手なんですね。サルティーヌ様も、ガリガ様も。わたしに・・・どうしろ、と」

 目をそらし、吐き捨てるように言い放ったその横顔に、デリックははっとした顔になり、口をつぐむ。

 「・・・ちゃんと傘とマントは、ガドル王城に届けました」

 ビビはため息をつき、手に抱えたリュックを持つ力を強める。


 「でも傘も持たずに飛び出したのは、サルティーヌ様です。勝手に押しかけてきて責められて、正直に話せば怒るし噛みつかれるし、無理やり・・あんな、・・・っ、わたしだって何がなんだかもう・・・」

 「ちょい待ち、噛みつくって、なんかされたの?あいつに」

 微妙な部分に反応してくるデリックに、ビビは我に返り、パッと赤くなる。

 「えと・・・それは、問題じゃないんです。・・・わたしも悪かったから。でも・・・」


 ああもう、これじゃ・・・なんかありましたって言っているようなものじゃないか。

 言っているうちに目頭が熱くなり、潤んでくる。

 最近どうもカリストが絡んでくると、駄目だ。感情のコントロールがきかなくて、以前のように冷静に対処できない。


 だが、初めて見るビビの"女の顔"に不覚にもデリックはゾクリとした。

 これは・・・あまり突っ込んでよい話題じゃないな、と瞬時で判断する。同時に深いため息をついた。


 あいつが、あのカリストが・・・多分、自分の感情に任せて、無理やりぶつかって撃沈したんだろうな。

 想像するに容易すぎて、友人として情けなくなる。


 「まあ・・・あいつの好意も歪んで解りづらいからね」

 感情を出すようになっただけ、まだ進歩かな、と呟く。にしては、噛みつくなんて狂犬じゃあるまいし。

 「でもま、あいつの不甲斐なさは、確かに君には関係ないことだよな。嫌な言い方して・・・ごめん」

 申し訳なさそうに謝罪するデリックに、ビビは首を振る。

 「・・・いえ。わたしも・・・ちゃんと向き合っていなかったから。逃げてばかりで・・・結局は傷つけて」

 逃げている自覚はあるんだ?

 「あいつと向き合うのは、怖い?」

 尋ねられ、ビビは僅かに肩を揺らす。デリックから目をそらし、ゆっくりと頷いた。


 「はい。・・・怖い、です」

 ビビの言葉に、デリックは息を落とし、そう、と呟いた。

 「ビビちゃんは悪くない」

 ポン、と頭に手を乗せてデリックは微笑んだ。

 「それでも、あいつから逃げないでいてくれて、ありがとう。今はいいよ。でも・・・いつかは向き合ってやってほしい。不本意かもしれないけど、ビビちゃんに向ける執着は、あいつに必要なんだ」

 「仰っている意味が・・・」

 「とりあえず、一緒に来てよ。手出しはさせないから」

 「手出しって」

 相手は病人でしょうに、真面目に答えるビビに、苦笑してデリックは肩をすくめた。

 「君が日頃の恨みを晴らすためにあいつを襲っても、見ないふりしてあげる」


 *


 そのままデリックに連れられ、城下町の奥の王宮騎士団の住居エリアへ向かう。

 それほどイレーネ市場から離れていないのに、人影も少なく閑散としている。ブロックごとに噴水と花壇が設置され、樹木もたくさん植えられて、子供が遊ぶ広場も見える。先ほども違うブロックを見て思ったけど・・・旧市街地とは雰囲気が全然違う。

 カイザルック魔術師団のメンバーは年配者!が多いから、住まう旧市街地も圧倒的に若い家族がいない。若いファミリーの多いハーキュレーズ王宮騎士団の住む、城下町エリアと比べて・・・維持費の予算があまりおりないのかな?世知辛いなぁ・・・


 「・・・ん?なんか言った?」

 デリックに振り返られ、慌て首を振る。

 しまった、心のつぶやきダダ漏れじゃないか汗

 「いや・・・城近いのに、随分静かだなぁーと」

 「ああ・・・特にここは独身者が住んでいるからね。今の時間は殆ど人はいないんじゃない?」

 基本、ここに住んでいる連中は、寝に帰るくらいだしね、とつけ加える。

 休みの日は実家に戻るか、出かけてしまうものらしい。

 「サルティーヌ様は・・・ずっと独り暮らし?プラットさんとは同居されないんですか?」

 口では不仲みたいなことを言っていたが・・・それほどお互い険悪な感じは見受けられない。

 少なくともプラットは、カリストが第三騎士団副隊長に就任した時は、ワイン片手に小躍りし、体調が悪いとなれば見舞いもする。

 ・・・まあ、今回巻き込まれた感は否めないけれど。カリストを息子として心配しているのはわかる。


 「あいつ、一応家を飛び出したことになっているからね。最初は凄かったんだよ?まぁ、だいぶ歩み寄りは見せているけど」

 アッサリとデリックは答えた。

 「カリストの親父さん・・・プラットさんて、ヴェスタ農業管理会の組合長じゃん?だから居住するのは必然的に郊外になるわけよ。そうすると、ガドル王城まで距離があるから、王宮騎士団勤務にしては不便なわけ」


 本来ならば独身時は親と同居を義務つけられているのだが、独身の騎士団員は特例として城下の独身用アパートメントがあてがわれるのだという。カリストも騎士団に入団してからは、ずっと独り暮らしだった。


 「勿論、早く世帯もてば一軒家とか宛がわられるんだけど、あいつ、引く手数多だけとあの性格だから」

 さて、ついた。

 と足を止めたその先に佇む、一軒家。

 「・・・あれ?一軒家・・・?」

 「ま、あいつ仮にも第三騎士団副隊長だから」

 高給取りだから、一軒家なんてなんて好待遇なんだろうかと思いきや・・・。

 連日アパートに押しかけてくる女共に対し、他の団員からクレームが出て、一軒家に追いやられてしまったんだとか。

 鍵を取り出し(合鍵持っているのか??)デリックは迷うことなく家に入っていく。

 ビビも慌て後を追った。


 「・・・うっわ、空気悪い」

 足を踏み入れた途端、ビビは思わず声をあげた。

 「病気のにおいがする」

 「へぇ、全然わからないけど・・・」

 クンクン鼻をさせながらデリックは二階へとあがり、ドアをノックした。

 「おい、カリスト。生きているか?」

 カタリ、とドアの向こうで物音がして、ビビの心臓が跳ねあがる。

 「イヴァーノ総長に頼まれて、様子見にきたぞ。飯も持ってきた。食えるか?」

 ガチャリと躊躇なくドアをあけると、これまた見事な病気臭が。

 

 「・・・デリック、か」

 

 掠れた低い声に、ぞわっとした。

 「・・・妹呼んでくれと、頼んだんだが・・・」

 「残念だったな。彼女は身重だ。病人と同じ空気吸わせられるか」

 カリストに妹・・・確か、マリアとか言っていたような。確かに身重な身体にこの空気はよろしくないだろう。そっと足を忍ばせ、デリックの肩越しにちらりとのぞきこむと。

 はじめてみるカリストのラフな・・・というか


 「・・・っ、何で裸なんですかーー!!!」


 ビビの悲鳴が響きわたった。


***

そしてまた暴走する@カエル

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