第153話 策士プラット
イレーネ市場は、夕方前だというのに人でごった返していた。
ビビは手渡されたメモを確認しながら、書かれた素材を購入していく。
「・・・しかし、さすが師匠。相変わらず文字まで麗しいな」
これ、棄てずに家宝にしようかしら?とビビは本気で考える。
明日は国民の休日だ。迷惑かけちゃった分、休み明けは倍増で頑張らなきゃ!
鼻息荒く、メモを丁寧に折ってポーチにしまい、リュックを持ち直したところで背後から声をかけられた。
「ビビさん・・・?」
振り返り、ビビは軽く目を見開く。
「・・・プラット組合長」
そこには、両手に籠を抱えたプラットの姿が。
ビビを見ると、ほっとしたような表情でこちらに向かって歩いて来る。
「珍しいところで、お会いしますね?」
目を細め、プラットは言う。ビビは思わず身を正し、あわてて頭をさげた。
「そ、そうですね!ってか・・・今日はどうなされたんですか?確かベロイア評議会が午後からあるって・・・」
「そんな畏まらないでください。ちょっと所用があって・・・評議会にはすぐ戻らないといけないんですが」
プラットに言われ、ビビは顔をあげる。珍しいな、と思った。プラットはどちらかというと仕事人間で。所用で仕事に遅れたり休んだりするタイプではない。しかも月に一度のベロイア評議会は、国の重鎮や武術組織の主たる面々がガドル王城に集まる重要な会議だ。
カイザルック魔術師団の師団長リュディガーも、午前中から評議会の打ち合わせやらで忙しそうだった。
「・・・なにか、あったんですか?」
尋ねると、少し表情を暗くする。
「・・・実は、愚息の体調が悪く、数日前から寝込んでいるんです」
「え?!」
息子、というと、カリストのことだろうか。
「魔術師団の調薬部から薬は出していただけたんですが、熱がなかなか下がらなくて。ベロイア評議会が終わった後に、リュディガー師団長へ相談しようかと思っています」
「・・・そうだんったんですね。知りませんでした」
ビビは息を吐く。
あの雨の日。傘も持たずに出て行ったきり。
ヴィンターに傘とマントはガドル王城へ戻しておいた旨は聞いていたが、その後のカリストの様子は知る術もなく。
まさかそれが引き金になっているのなら、無関係とは言えない。
そう思って顔をあげると、神妙な表情のプラットと目が合った。
「プラットさん?」
「ビビさん、あなたにお願いしたいことがあります」
「・・・」
少し歩きましょうか?と言われ、うなずきその横を歩く。
*
「実は・・・リュディガー師団長が不在で、ジャンルカ氏に相談したことなのですが・・・」
「はい」
「ペコ・フジヤーノなる女性に、愚息がつき纏われている噂はご存じだと思います」
プラットはため息をつき、ことの経緯を語る。
数日前の大雨の日、城下町で偶然カリストを見かけたこと。
ひどく酔っているのか、動けなくなっているところをフジヤーノ嬢に介抱され、もめているのを見るに見かねて助けたこと。その後ひどく体調を崩し、熱を出して今に至る。
「・・・もめて、って」
唖然とするビビにプラットは苦笑する。
「城下町の住人の方に手伝ってもらって・・・どうみても無理やり彼女のアパートメントに連れ込まれそうな流れ、でしたからね。なんでも、婚約者だから、と。さすがに見て見ぬふりするのは、と思い。まぁ、デリック氏やオーガスト氏が一緒であれば捨て置いたのですが・・・様子がおかしかったので」
実際、酒が入っているわけではないのは、一目瞭然だった。
「・・ですよね、サルティーヌ様は・・・前々から一人飲みにはかなり気を使っているようでしたから」
過去に薬を一服盛られて部屋に連れ込まれそうになった、という話を思い出し・・・ビビは湧きあがる怒りに手を握りしめる。
いくらカリストに懸想している、とはいえ・・・やりすぎなのではないか。
「ええ。お恥ずかしい話なんですが・・・女性絡みでよくトラブルに遭遇している話は、娘からも聞いておりましてね」
ただ、とプラットは言葉を区切る。
「今回は薬、の類ではなく・・・どうやらスキルを使われたようなんです」
「・・・スキル、を?フジヤーノさんが?」
ビビは目を見開く。フジヤーノ嬢は魔力をほとんど持たぬ一般人のはず。カリストほどの魔力保持者にスキルを使い、それが通用するとは?
「サルティーヌ様は・・・熱の他に症状は?」
「夢にうなされているようです。意識がある時に、食事は摂らせているのですが、タイミングがまちまちで」
娘さんが身重のため、なかなか手がまわらないのだ、とプラットは苦笑する。
「・・・そうですか」
ふとビビは顔をあげる。
「ジャンルカ師匠にご相談されたんですか?」
「はい。鑑定してみないことにははっきり言えないそうです。ただ、フジヤーノ嬢のもつ加護のスキル・・・ジャンルカ氏は女神ジュノーの加護のひとつの【魅了】、だと言っていましたが・・・」
「・・・・」
女神ジュノーの加護は・・それほど珍しくはない。動物に好かれる、植物の成長を促すスキルがメインで、ヴェスタ農業管理会でも、ジュノーの加護を持っている人間は多いし、目の前のプラットもその一人だという。ただ・・・ごく稀に、異性にたいして影響を持つ魅惑・魅了に特化したスキルをもつ人間がいるのだと。
どうやら、フジヤーノ嬢がこの魅了のスキル持ちらしい。しかも触れたり、彼女が手づから作った料理を口にしただけで、相手の異性の精神に影響を与えるほどの。
もし、このスキルの影響を受けているのだとしたら、解除する方法は・・・その付与した人間と距離を置き、洗脳を取り除くのが一番なのだが、影響を受けるのが人間の精神であるため、原因として立証するのがかなり難しい。
「立証できれば、神殿で拘束後、スキルの使用範囲を制限できるのですが・・・」
ただ、カリストのここの所の体調不調は、それだけが原因ではない、というのがジャンルカの見立てのようだ。
「師匠がプラットさんから相談受けていたなんて、知りませんでした」
「実は、その場にジャンルカ氏もいたのですよ」
「えええ?」
非常にめずらしい組み合わせに、ビビは驚く。
プラットはニコリ、と笑い
「これでも、ガドル王立学園で切磋琢磨した仲、なんですよ?」
と、仰天発言。それって、要するに幼馴染・・・ってこと??
ひょっとして・・・午後から強制的に休ませイレーネ市場まで行かせたのは、プラットと会わせるためだったのか?とビビは思う。
「あの・・・プラットさん、」
ならば、とビビは顔をあげ、プラットを見る。
「わたしも、ご一緒していいでしょうか?」
ビビの申し出に、プラットは目を細め、安堵の表情を浮かべる。
「ええ、私もお願いしようと思っていたんです」
*
ハーキュレーズ王宮騎士団は、ガドル王城からほど近い、城下地区に居を構えている。
それぞれ所属やランク、家族構成にあわせた住居が宛がわられ、ビビが下宿している街中心部の喧騒と比べ、随分と静かだった。
家の軒先や、通り沿いには季節の花や木々が美しく植えられ、街並みの区画も整理されている。
前々から感じていたけど、旧都と言われているカイザルック魔術師団のメイン居住区と比べて、随分新しくて綺麗・・・というか、お金をかけているよなぁ、と思う。
「プラットさん、ビビちゃんも」
通りをまっすぐ行った先の街路樹の前に立っていたデリックが手を振っている。
「デリックさん」
「・・・ガリガ様」
「こんにちは。カリストの具合、どうですか?」
「お気遣い、ありがとうございます。・・・残念ながらあまり」
苦笑して会釈するプラット。デリックはそうですか・・・と肩を落とし、隣にいるビビへ目を向ける。
「ビビちゃん、久しぶり。良かった、君も一緒なら心強い」
「え?」
ビビが驚いてプラットを見上げると、プラットは手にしていた籠をデリックに手渡す。
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「イヴァーノ総長から様子見てくるように言われて。後は俺が引き受けます」
「え、ち、ちょっと・・・」
「ビビさん、すみませんが頼みました」
唖然とするビビに、プラットは心底申し訳なさそうな表情で頭をさげる。
「お詫びは今度」
「・・・・」
お詫び・・・
お礼じゃなくて、お詫び、ね。
ああ、そういうことか。
「やられた・・・」
デリックにも頭をさげ、そのまま立ち去る後ろ姿を見送るビビ。
プラットはなかなか策士らしい。
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