第152話 調薬室にて

 雨の中、そのまま走り去ったカリストが姿を見せなくなって数日。

 ヴィンターに助けられ、諭され。改めて自分自身と向き合い、心の中は戸惑いの嵐が吹き荒れていたが、ことのほか・・・周囲は平和そのものだった。


 「そういえば最近見ないわねぇ。カリスト」

 そう切り出したのは、ファビエンヌだった。


 カイザルック魔術師団がハーキュレーズ王宮騎士団から請け負っていた、ダンジョンの転移ゲートと、"オアシス"と呼ばれる結界エリアの設置は終わり、今のところ絡みの案件はないはずだ。


 また喧嘩でもしたのぉ?と間延びな口調で彼女に問われ、思わず調合中の容器を落としそうになった。


 「・・・いえ、していませんし知りませんよ。そもそも、会う案件はないじゃないですか」


 まったく説得力のない、挙動不審いっぱいのビビに、彼女は声をあげて笑った。


 「ええー?だってこの前の雷雨の日の夜、魔術師会館まであなたを訪ねてきたって、アランチャに聞いたわよ?」

 あの日、図書館に行くって言っていたわよね?

 「うっ・・・!」


 ガシャン


 今度は派手に容器を倒してしまい、運良くそれが空だったことに安堵した。

 道は繋がっているという。人の記憶も繋がっているというのか・・・こわい。この世界。

 どきどきしながらそーっと背後を伺うと、無表情な金の目とあった。ドキリとしてあわてて目を逸らす。

 ああ、もう駄目だ。挙動不審すぎる。


 「邪魔するなら出ていけ、ファビ」


 「あらぁ、これくらいで動揺して調合間違えるなら、ビビもまだまだねぇ」


 不機嫌そうなお師匠に、まったく動じていないところは流石というか、そもそも、調合中の私語は厳禁だったはずなのに。

 必死で平静を装うも虚しく、私は旦那さまとディープキッスしながらでも、調合できるわよぉ~と笑いながら言われて、ついに手元の容器を派手に落としてしまった。


 ガッシャーン!!


 あああああ

 やっちまった!


 「やだぁ、動揺しすぎよービビったら」

 ファビエンヌ爆笑の巻


 「やめてください!なんか恨みでもあるんですか!!」


 「もういい」

 あわてて床に散らばった破片をかき集めようとしゃがむと、頭の上から声がした。

 顔をあげると、無表情な金の視線とあう。

 「お師匠・・・」

 「集中できないなら、今日はもうあがれ」

 「そんな!すみません。大丈夫です」

 泣きそうになりながら頭を振ると、ふわり、と頭に感じる感触に、それがジャンルカの大きな手だとわかって、動きが止まる。

 

 「あ・・・の」

 「落ち着け、怒ってはいない」

 少し困った表情で、ジャンルカは言った。

 「今のお前の状態では、調合は無理だと言っている。何があったか知らないが、最近根積めすぎだ。今日はもう帰って休め」

 感情のない口調の反面、くしゃりと頭をなでる手のひらはやさしい。

 やさしいからこそ、自分のふがいなさに泣きたくやる。

 

 ビビ、と宥められるように名前を呼ばれ、肩を落として頷く。

 「・・・はい」

 ジャンルカはテーブルに乗ったメモを取り、ビビに手渡した。

 「帰りにイレーネ市場で買い物してきてくれ。持って来るのは休み明けでいい」

 「わかりました。すみません。失礼します」

 メモを受け取り、ジャンルカとファビエンヌに頭をさげ、すごすごと調薬室を後にした。


 「あらん。帰しちゃったの?つまらなーい」

 「うるさい」

 ビビが派手にぶちまけた容器の破片を、器用に拾い集め、再生機に放り込む。ボタンを押せば容器は光に包まれ、あっという間に元の形に戻った。

 時空間移動の魔法陣を応用して、先日ビビが開発した時戻りの再生機である。戻せる時間と大きさには限度があるが、失敗した薬の調合のやり直しはもちろん、ハイリスクな錬成に一役買っていた。

 相変わらず規格外な発明だけに、存在を知るのは、師団長のリュディガーとジャンルカ、そしてファビエンヌのみである。


 横目で眺めながら、ビビが作業していたテーブルにつくと、やりかけの錬成記号図を手にとり、ファビエンヌは片眉をあげる。

 「やだ、あの子もうこんな難しい魔法陣の錬成やっているんだ?」

 「そのうち広範囲で複数の魔法陣の錬成も、こなすようになるかもな」

 「ふうん。あの子の頭の中って、一体どうなっているのかしら」

 手伝おうにもワタシには無理だわ~とファビエンヌは記号図をテーブルに戻し、ジャンルカに向き直る。


 「そういえば・・・あの坊やに付きまとっている娘の加護なんだけど」

 「・・・ペコ・フジヤーノ、か」

 「あれはやっかいな加護みたいね。"女神ジュノー"の【魅了】のスキルで間違いないわ」

 数日前、デリックが持ち込んだ、フジヤーノ嬢がカリストのために作った、という料理。

 表向きの鑑定ではなにも出てはこなかったが。【魅了】のスキルが練りこんであった。現に、カリスト以外の騎士団の独身男性はみなこの料理を口にして、恋人や婚約者とトラブルを起こしているという。


 「不思議なのは・・・口にしていないカリストの体調不良の原因よね」

 ペコ・フジヤーノ嬢につき纏われ出してから、明らかにカリストは体調を崩しだしている。本人は気合でなんとか騎士団のトーナメントを勝ち進んでいるらしいが・・・ここ数日熱を出して寝込んでいるらしい。

 さすがにイヴァーノはリュディガーに相談を持ちかけ、フジヤーノ嬢に関する加護やスキルについて調査を始めているが・・・表だった証拠も出てこない状態で、彼女を悪と判断し、拘束するまでには至っていない。


 「まあ、ビビが傍にいた時は落ち着いていたみたいだけど?なんかまた拗れているみたいだし」

 ファビエンヌはちらっとジャンルカに視線を向けるが、ジャンルカは相変わらずだんまりを決め込んでいるようだ。


 つまらない男ね、とファビエンヌはひとりごちる。

 「心配じゃないの?」

 「心配することなどない」

 「・・・ってわりには、市場に行かせるなんて焚きつけているんじゃない」

 一瞬ジャンルカの手元が止まる。

 それを見逃さず、ふふっ、とファビエンヌは綺麗な笑みを浮かべる。

 「何が言いたい?」

 ジャンルカはファビエンヌを睨み付けた。不機嫌そうなその裏側に、わずかな動揺を感じとり、ファビエンヌは満足そうに笑う。

 「あなたのそんな面を見られるなんて、長生きするものね」

 「満足したなら、すぐにでも冥府ハーデスに送ってやるが?」

 「図星?おおコワ(笑)」

 ファビエンヌはくすくす笑いながら、ジャンルカの手元を指差す。

 「間違っているわよ、それ」

 あなたも今日は帰った方が良いんじゃなーい?

 ひらひらと後ろ手を振りながら、ファビエンヌは調薬室の扉を開く。


 バタン


 「・・・っ、」

 忌々しげに舌打ちして、ジャンルカは手元の書きかけの図式を手で握り潰した。


****

 ある意味、ファビ姐さん最強説

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