第151話 雷雨※

 ※大人向け表現あり。ご注意ください。

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 "いや・・・っ、やめて!離して!"


 泣き叫び、暴れる小さな身体を押さえつけ、無理やり奪った。


 "痛い!痛い!やめて、いやああああ!"


 「ぐっ・・・!」

 ダン、と拳を激しく石壁に叩きつける。

 パラパラと崩れ、手甲を通して激痛が走るが、カリストは構わず何度も石壁に拳を叩きつけた。


 "助けて・・・"

 

 "助けて、師匠!"


 ガクリ、と両膝が崩れる。髪をかきむしる手がぬるりと滑り、そこで拳から血が滴っているのに気づく。

 「・・・ビビ、」


 小さな身体を散々揺さぶり、自身の熱を叩きつけて。爆発する寸前に、それまで苦し気に呻くだけだった口から洩れた、助けを求めるその名前に、衝動的に華奢な肩に歯をたてた。あがった悲鳴で正気に戻り、一瞬にしてあれほど熱かった身体が、頭が急激に冷えていく。


 (俺は・・・)

 血に濡れるのも構わず、カリストは両手で顔を覆う。

 (俺は、なんてことを・・・)


 気を失ったビビから自身を引きはがし、震える手で乱れた衣服を整えた。血の滲んだ肩に触れることができなくて・・・纏っていたマントを脱ぐと、そっとかけた。

 涙で濡れた頬をそっと指先でなぞると、ポトリ、と雫が滴り落ち。

 そこでカリストは、自分が涙を流していることに気づく。


 「ビビ・・・」

 それに、ひどく動揺して。気づくと図書室を飛び出していた。誰かとすれ違った気がしたが、気に留める余裕もなかった。

 走って、走って、雨脚が強くなって視界が悪くなって、ふと傘を図書室の入口へ置き忘れたことに気づくが、取りに戻る気力もなく、ふらふらとイレーネ市場を横切っていく。

 そういえば、マントも置いてきた。

 もし、あの後すれ違った誰かが魔術師会館を訪れて、図書室で倒れているビビを見たら。

 彼女がどんな目にあったか一目瞭然だろう。

 「・・・こんな状況で、自分の身を心配するなんて、どれだけいい加減で、最低な男なんだ。俺は・・・」


 夜もかなり回っていて、騎士団の知り合いに会わないことに感謝しながら、自宅に向かって歩いていると、ふいに後ろから誰かに腕を掴まれた。


 「カリスト君!」


 ぞわり、と背筋に悪寒が走る。

 反射的に手を振り払うが、ズキリと痛みが走りカリストは小さく呻いた。


 「こんな時間に、どうしたの・・・って、まあ!怪我しているじゃない!大丈夫?」


 甲高い声が耳に障る。痛みを堪え、再度掴んでくる手を振り払い、カリストは背後のフジヤーノ嬢を睨みつけた。

 「失せろ」

 「・・・きゃ、どうしたの?顔にも血が・・・」

 カリストの一瞥に全く動じた様子もなく、フジヤーノ嬢は手を伸ばし、カリストの頬に触れる。

 こみ上げる悪寒と吐き気に、思わずカリストは腕を大きく振りかぶった。

 「触るな!」

 「きゃ・・・」

 フジヤーノ嬢の悲鳴に、周囲の人間が驚いたように振り返る。

 よろめいたカリストの身体を、傍にいた男が支えてくれた。

 「おいおい、大丈夫か?騎士様」

 「・・・つ、」

 くらくらする頭を振り、支えてくれている男の手を押しのける。

 「・・・構わないでくれ。大丈夫だから」

 「って、騎士様、怪我しているじゃないか!」

 真っ青な顔で両手が血まみれの王宮騎士に、ただ事ではないと周囲から市場の人間が集まってくる。

 「お嬢さん、知り合いかい?」

 傍らのフジヤーノ嬢に男が声をかける。カリストが何かを言うより早く、フジヤーノ嬢は満面の笑顔を見せた。

 「ごめんなさい!彼、私の婚約者なんです」

 「・・・っ、」

 「・・・怪我しているから手当してあげたいんですけど、ちょっと喧嘩しちゃって気まずくて」

 「ちが・・・」


 ぐるぐる回る頭に、カリストは呻く。

 違う!と言いたいのに。周囲に愛想を振りまいて、困ったように腕に手を絡ませ、身をすり寄せてくる身体に、不快感しかないのに。

 身体が何か締め付けられたように動かなく、思考も働かない。

 「離・・・せ、」

 「なぁんだ、そういうことか。駄目だよ騎士様、こんな別嬪な婚約者を困らせちゃ」

 周囲の男たちは笑い声をあげ、ふらつくカリストの肩に腕をまわす。

 「ヤケ酒でモノにでも当たったのかい?雨も強くなってきたから、気が済んだら帰んな?送ってやるから」

 「助かります!私のアパートメント、すぐそこなんです」

 うふふふ、と傍らですりより聞こえるフジヤーノ嬢の声に、全身が逆立つ。

 「やめろ、構う・・・な」

 「ほらほら騎士様、無茶しないで。行くよ?」

 お嬢さん、案内してとフジヤーノ嬢に声をかけ、引きずるように歩かされるカリスト。


 やめろ・・・


 ザワリ、と熱を持った拳に気がこもる。ゆらり、と身体を流れる魔力を感じ拳に集中する。

 傍らでそれを見上げているフジヤーノ嬢は、一瞬驚いたように目を見開いたが、ニヤリと口元を歪ませた。


 「俺に・・・」


 ピシ、ピシ!


 雨脚とは違う、何かが地面を弾き、進む男達の足元に火花が散る。


 「うわ、なんだ??」

 思わず、足を止めた自分を支える男の腕を、残った力を振り絞って振り払い、傍らのフジヤーノ嬢を突き飛ばす。


 「きゃ・・・っ」

 よろめくフジヤーノ嬢にめがけて、拳を振り上げた。

 ボッ、と拳に炎が巻き上がる。

 周囲は驚きにどよめき、フジヤーノ嬢は笑う。その笑みに心底ゾッとしながらも、衝動を抑えられなかった。


 「俺に、触るな!!」


 ーーーーぱしっ


 横から手が伸び、魔力をこめた手首を掴まれた。


 「・・・ッ、」

 ビリッと掴まれた場所が電流を流されたように痺れる。

 次の瞬間には、シュルシュルと音をたて・・・拳から放たれた炎が消えていく。


 中和・・・された?


 「落ち着け。それでも、ハーキュレーズ王宮騎士団第三騎士団副隊長か?」

 冷ややかな声色に、すっ、と頭の中が一瞬にして冷静になる。


 「イヴァーノ・・・総長?」


 以前、同じようなことを言われたことを思い出し、カリストはゆるゆると顔をあげる。

 だが、自分を無表情に見下ろす目は、イヴァーノの赤ではなく。

 凍てつく冬の月のような、金。


 「ジャンルカ・・・ブライトマン」


 カイザルック魔術師団の一匹狼であり、ビビの師でもある人物。


 視線がようやく合い、ジャンルカはわずかに目を細めた。無言でそのまま掴んだ手首を引き、自分の肩へまわすと支える。

 ふわり、と新緑の香に似た香りが漂う。眩暈がしてカリストは頭を振った。

 「スキルを使われたな」

 耳元で落ち着いたジャンルカの低い声が響く。こめかみに手をかざされ、温かい光が灯る。

 急に眠気と脱力感を感じて、カリストの膝が折れた。

 それをジャンルカが再度抱えるように支える。


 「・・・まったく、こんなスキルごときに後れをとるとは、情けない」

 傍らで別な声が聞こえ、僅かに目をあけて振り仰ぐと。

 呆れたような、でも心配げに自分を見下ろす目と合う。


 「父さん・・・」


 カリストは意識を手放した。


 *


 「さて」


 ジャンルカに支えられたまま意識を失ったカリストを見、肩を落とすと、プラットは一同に向き直る。


 「愚息が醜態をお見せして申し訳ない。このまま連れて帰りますので、どうぞお構いなく」

 「サルティーヌ組合長のご子息でしたか」

 商人の男たちは、カリストの顔をよく見ていなかったのだろう、突然現れたプラットとジャンルカに驚きを隠せない。

 「ええ。何があったかは知りませんが、まったく酒に飲まれるとはお恥ずかしい」

 言って、ちらりとフジヤーノ嬢に目を向ける。

 「いやいや、婚約者と喧嘩してヤケ酒なんてねぇ。若い若い!」

 「はやいとこ、一緒にしちまったほうがいいよ?今騎士団も大変だろうし、支えは必要だよ?」

 周囲は笑いながら、ほほえましい視線をフジヤーノ嬢とカリストに向ける。

 フジヤーノ嬢も頬を赤らめ、可憐にほほ笑んでみせた。


 「愚息に婚約者がいるなんて、はじめて聞きましたね」

 プラットの言葉に、周囲が一瞬鎮まる。

 「え・・・?」

 「あ、あの、私・・・っ、」

 あわててフジヤーノ嬢はプラットの前に進み出るが、プラットは視界に入っていないかのように、視線を周囲の男たちに向ける。

 

 「親の私がいうのもなんですが、愚息は無駄に外見が優れているせいか、よくそのテの女性の方に一服盛られれて、家に連れ込まれるトラブルに巻き込まれているんですよ。危ないところでした」

 ざわっ、と周囲がざわめき、一斉に視線をフジヤーノ嬢に向ける。

 フジヤーノ嬢は真っ赤になった。

 「そ、そんな、私・・・っ、」

 「まぁ、仮にも騎士団の副隊長ですからね。日ごろ注意はしていますが・・・最近想い人とうまくいっていないみたいで、確かに荒れていましたから、つけこまれたんでしょう」

 「想い人って・・・」

 フジヤーノ嬢とプラットを交互に見ながら、商人の男が恐る恐る尋ねる。

 プラットはちらりとフジヤーノ嬢に一瞥を送り、

 「少なくとも、こちらの女性じゃないですね。こう見えて、愚息は一途、なんですよ」

 「・・・ひどいっ、私とカリスト君は・・・!」

 真っ赤になってフジヤーノ嬢は涙を浮かべ、プラットを見上げる。一見、庇護欲を搔き立てるような、可憐な仕草だったが、プラットはますます冷たい視線で返し、ため息をつく。

 

 「ご心配されなくとも。息子には心決めた女性がおりますし、私もそれを尊重しています。下手な小細工をして息子を陥れるような真似はしないでいただきたい。・・・これは、"忠告"です」

 言って、背後のジャンルカを見やる。

 ジャンルカの姿に、周囲はさらにざわめく。

 「・・・ジュノーの加護のスキルもち、だな。おそらく、"魅了"」

 低い声で告げ、金色の目が鋭くフジヤーノ嬢を射抜く。

 「・・・くっ、」

 ぎり、とフジヤーノ嬢は口元を歪める。

 「せっかくの加護持ち、なのでしたら。もっと人のために使うことをお勧めしますよ。・・・ああでも、ヴェスタ農業管理会は、あなたのような方の受け入れは断固お断りしますので、他を当たってくださいね」


 フジヤーノ嬢の外見と言葉を真に受けて、カリストを運ぼうとした男たちはバツが悪そうに互いを見合う。ヴェスタ農業管理会のトップである組合長プラット・サルティーヌは、イレーネ市場の商業ギルドでも一目置かれている存在だ。プラットの態度から、この女性が彼の息子の婚約者ではないことは一目瞭然で・・・しかも良い印象を持っていないようでもある。そのまま何事もなかったかのように、無言でバラバラとその場を後にする。

 フジヤーノ嬢は何か言いたげにプラットに視線を送っていたが、後から駆け付けたらしい取り巻きの男性たちに促され、護られるように立ち去って行った。


 「世話をかけました」

 ふう、とため息をつき、ジャンルカに向き直るプラット。

 「いや・・・」

 ジャンルカはぐったりしているカリストに視線を送る。

 「思った以上に、事は深刻そうだな」


 ****

 執筆しながら顔が緩んでしまった、イケオジコンビ万歳♡

 カリスト、目覚めたら素振り100万回の刑、だな(笑)

 そして、土下座@カエル

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