第147話 逃げる者、追う者
バン!とテーブルに書類を叩きつけるようにし、剣を片手に身を翻すカリストの腕を、慌てたようにデリックが掴んだ。
「カリスト!落ち着け!どこいくつもりだ!」
カリストはデリックに視線を送る。
「離せ」
「お前、任務放棄するつもりか?今からお前も神殿に行くんだよ」
鋭い一瞥を受け、デリックは一瞬怯みながらも、冷静に対応をする。
エリザベスはそんな二人を見ながら、オロオロしていた。
エルナンドはテーブルの書類に目を落とし、軽く舌打ちした。
エリザベスに早く会いたいがために、不必要な書類まで持ってきてしまった。
よりによって、乗船名簿をカリストに見られるとは・・・
ビビ・ランドバルドを来月入港する、オーデヘイム行きの商船に乗せることは、少し前に連絡を受けていた。そしてそれが許可がでるまで極秘扱いされることも。
旅人でありながら、入国して半年あまり。彼女の数々の功績は、表ざたにはされずともエルナンドの耳にも入ってきている。
影で三武術組織のトップや、商業ギルドに顔を利かせているヴェスタ農業管理会のプラット、そして国王でもあるソルティア・デル・アレクサンドル陛下を中心とし、ことごとく彼女のこれらの情報に関しては極秘扱いしているので、表に出てくることはない。
それが、よくよく書類を見ると、
輸出用高級回復薬:ハイヒール
錬成者:カイザルック魔術師団 ビビ・ランドバルド
「なんてこと、ビビさんの名前が・・・!」
エリザベスは目を見開き、エルナンドを見上げる。
それが今回、カイザルック魔術師団の高級回復薬錬成者として、名前と共についに明るみに出てしまった。
この書類は、数日前よりガドル王国に滞在している異国の商人たちの手にも渡ってしまっている。
目ざとい商人であれば・・・滅多に輸出されることのない高級回復薬に目を止め、その出所と錬成者を調べるだろう。
「やられた・・・!」
その担当者が、フジヤーノ嬢に現を抜かしている、独身の男だったとは・・・エルナンドは苦渋の念に駆られる。
「これは、私の失態です。今更ビビさんの名前を隠蔽することは不可能にしろ、とにかく、この回復薬の輸出を押さえます。申し訳ない」
「いえ、元々は、騎士団の失態ではあります。ここでわかってよかった」
言って、デリックはエリザベスにも頭をさげる。
「エリザベス嬢もありがとう」
「いえ・・・でも、ビビさん、が・・・」
来年の春には出国する、と聞いてはいたが・・・来月とは早すぎる。
「あ、おい!カリスト!」
一瞬の隙をついて、カリストはデリックの腕を振り払い、走り出す。
あっという間に人混みの中へ消えて行った。
「あいつ、無茶しないといいんだけど」
チッ、と舌打ちしてデリックは肩を落とす。ビビが絡んでくると、カリストはデリックの予測できない行動をする。
どちらにしろ、あの状態のカリストは役に立たない。
店の人間に頼んで、至急ガドル城へ遣いを出し、応援に呼ぶよう手配を取った。
「あの様子では、カリスト様もご存じなさそうでしたわね」
雑踏に消えて行った方向を眺め、エリザベスは息を吐いた。
「そりゃ、知っていたら、今頃魔術師会館に乗り込んで返り討ちになっているよ。あいつ、考えなしだから」
「それよりカリスト様、ずいぶんお疲れのようでしたけど・・・」
「うん。ここ数日ね。かなり疲労が酷い。ビビちゃんの回復薬も効果なしだよ。・・・総長がさすがにリュディガー師団長に相談に行ったくらいだし」
エリザベスは眉を顰めた。ビビの回復薬が効かないなんて。
「あの女、が関係しているのかしら」
「わからないけど・・・」
デリックはさらにため息をつく。
「そんな状態でビビちゃんに会って。なんかやらかさなきゃいいんだけど・・・」
****
逃げろ、ビビ(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます