第146話 発覚

 「リズ!」


 ガドル王国城下町中心にある街角広場13時。

 恋人たちの待ち合わせになっている、女神ノルンと神獣ユグドラシルの巨大彫刻の噴水の前で、自分を呼ぶ恋人の声にエリザベスは振り返った。


 「エルナンド様」

 人混みをかきわけて走ってくる男に、美しい笑みを浮かべた。

 「ごめんね?待たせちゃったかな」

 はぁはぁ息をきらせながら、苦笑するエルナンドに首を振る。

 「そんなに急がれなくても。わたくしも今来たところですから」

 「ふふふ、少しでも早くリズに会いたかったんだ」

 言って腕を差し出せば、エリザベスは頬を赤らめながらも、その腕に自分の腕を絡ませ身を寄せる。目が合うと互いにほほ笑んだ。


 エルナンドとエリザベスは幼馴染である。

 子供の頃からその美貌にエリザベスは蝶よ華よと育てられ、かなり我儘で高慢な性格だった。年上にもかかわらず、エルナンドはそんなエリザベスからは下僕のように扱われていて。それは成人になってからも変わらなかった。

 学力が優秀だったエルナンドは、成人すると同時、神殿仕えの神官に推薦された。神官はいわば役所のエリート的な存在で。神官長や司祭にもなると、王族に次ぐ高位な身分である。優秀なエルナンドは、必然的に神官長への道を進んでいくことになるのだが、神殿務めの神官や巫女は、神に仕える身であることから基本独身であることが義務付けられている。

 幼いころからエリザベスに恋をしていたエルナンドは、その話を蹴り、周囲を驚かせたという。

 現在は神殿で住民を管理する役職に就いているが、その人当たりの良い性格と温和な雰囲気で、人気を集めていた。


 エリザベスがカリストに執着し、美を追求するあまり、違法な海外の美容用品を輸入した時も、いち早く気づいて諫めたのも彼だ。

 ただ、恋と意地で盲目になっていたエリザベスに、その声は届かず・・・結果、彼女はその違法輸入業者の被害に遭ってしまう。

 まつ毛が抜け落ち、まぶたは腫れあがり。とても人前に顔を晒すことができない状態のエリザベスは荒れた。

 その美貌に心酔していた女性の取り巻きも、それまで散々持て囃していた男たちも、皆その荒れ方についていけず去って行った。

 ますます荒れて手が付けられなかったエリザベスに八つ当たりされ、なじられながらも寄り添い、根気強くビビの元へ行くよう説得したのは、他でもないエルナンドだったのだ。

 結果、ビビの治療を受け、無事に完治したエリザベスは・・・再び近づいてきた、自分の表面しか見ていなかった人間たちを一蹴した。そして告白してきたエルナンドの腕に、迷いなく飛び込んだのだった。


 *


 「はい、これ。来月入国する商船に乗り込んでいる、商人のリストね」

 日当たりのよいカフェテラスでお茶を楽しみながら、エルナンドはエリザベスに書類を手渡す。

 「ありがとうございます!実は、東国経由で入港するって聞いたので、ひょっとして"アロエパック"が手に入るんじゃないかって、密かに期待していましたの」

 「"アロエパック"?」

 聞き覚えのない単語にエルナンドが首を傾げると、エリザベスはうふふ、と可憐な笑みを浮かべる。

 「植物のエキスを抽出した、天然成分でできた無添加パックですの。ああ、やっぱり!ありましたわ」

 パラパラと書類をめくり、エリザベスはぱあっと笑みを深くする。その輝かんばかりのほほ笑みに、周囲も思わず目を惹きつけられ、視線が集中する。エルナンドは苦笑した。

 

 「美を追求するのはいいんだけどね、リズ」

 「はい?」

 「あまり綺麗になりすぎないでね。僕は心配でおちおち仕事もできないよ」

 「嫌ですわ、エルナンド様」

 エリザベスは頬を赤く染め、そっとその手を取り指を絡ませる。

 「わたくしが綺麗になりたいのは、あなたのため、ですわ。最近変なハイエナ女が独身男性狙っていますから、よそ見をさせないように」

 「心外だな、エリザベス」

 手を持ち上げ、白い手の甲にキスをするエルナンド。

 「ずっとずっと、君だけを見ていたんだよ?今さら他の女なんか目が向くわけないじゃないか・・・」


 「・・・ちょっと、そこ。もう少し周囲に目を向けようよ」


 声がかかり、二人の世界から現実に引き戻される。

 顔をあげると、呆れたような表情でテーブルの前に立っている、ハーキュレーズ王宮騎士団のイケメンコンビ。

 「あら、デリック様とカリスト様」

 エリザベスは意外な二人の登場に、驚いたように目を瞬かせる。今まで追いかけまわしていたせいか、避けられたことはあれど、彼らから声をかけられた記憶はない。例の違法輸入業者取り締まりの、事情聴収の時くらいだ。

 

 「こんにちは。討伐戻りですか?」

 エルナンドは握りしめた手はそのままで、にっこりと二人に挨拶をする。

 「こんにちは。デート中申し訳ないけど、ちょっといいかな?」

 デリックに問われ、断る理由もないので頷く二人。

 デリックは申し訳なさそうに頭をさげ、勧められた椅子に腰をおろす。相変わらず無表情のまま、カリストもその隣に座った。


 相変わらず、お綺麗ね・・・

 ほう、とエリザベスはカリストの顔を覗き見て感嘆の息を漏らす。

 でも、少し顔色が悪い?お疲れなのかしら・・・


 「実は、エルナンドさんにお願いがあって・・・」

 「私、ですか?」

 エルナンドは首を傾げる。

 デリックは頷き、少し声を低めた。

 「フジヤーノ嬢の件、なんだけど」

 「・・・・はい」

 その名前を聞いた瞬間、エルナンドの顔いろが曇る。

 「例の問題で相談に来ている女性の、相手方の情報が知りたい」

 ストレートにデリックは告げる。

 「それは・・・」

 「個人の情報だから伏せたいのは理解している。でも、ちょっと色々騎士団の中でも問題になっていて・・・騎士団内でも静観しているわけには、いかなくなったんだ」

 「どういうことですの?」

エリザベスが眉を顰める。

 「身内の恥にもなるんだけど・・・管理している回復薬が、騎士団内で盗難にあっていて。外部に漏れた」

 「それが・・・?」

 「全部、ビビちゃんが討伐の騎士団のために提供した回復薬なんだよ」

 「え??」

 エリザベスは目を見開く。エルナンドは理解できず、エリザベスを見た。

 「ビビさんの調薬するものは、レベルがかなり高いので、外部に出すことは厳禁なはずです。それを理由に提供されているとお聞きしました」


 ビビの錬成する薬のレベルの高さは、治療を受けたエリザベスが一番良く知っている。険しい表情のエリザベスに、デリックは頷く。

 「そう、その通り。今までは厳重に保管され、管理されていたんだ。それが外部に漏れたのは、かなりまずい。薬よりも、それを調薬できるという、ビビちゃんの存在が知られるのは、まずいんだ」

 なるほど、討伐がメインの精鋭部隊でもある、第三騎士団が出てくるのには訳があったようだ。


 「それはわかりましたが、それとフジヤーノ嬢となんの関係が・・・?」

 「あるんだよ。彼女、何故かビビちゃんが上級回復薬を騎士団に提供しているのを知っていて、中には調薬禁止のものまで提供しているなんて、デマまで流している」

 「なんてことを・・・!」

 エリザベスは絶句する。

 「今回の盗難は、確実に身内の犯行だ。だけど犯人はまだ捕まっていない。フジヤーノ嬢にそそのかされた騎士団の連中が何人かいて、多分その中の奴だと思うんだけど・・・あとさらに問題なのは」

 デリックはさらに声を低くする。

 「フジヤーノ嬢は今じゃ騎士団や近衛兵、一般の国民の独身男性に影響力を利かしている。中には、商人の息子もいるはずだ。もし、国外に漏れることがあったら・・・」

 

 「あ、ひょっとして・・・」

 エリザベスが小さく声をあげ、テーブルに乗せられていた書類を手に取る。

 「この、輸出欄にある、ハイヒール薬って・・・」

 「え??」

 「ほら、ここですわ。回復薬が輸出されるなんて、珍しいと思ったんです」

 エリザベスの指で示された文字を見て、エルナンドは顔色を変えた。

 「・・・輸出担当者の、ベンジャミン・シェパード・・・この方も相手の女性から相談うけています」

 「うわ・・・まじか」

 デリックは頭を抱える。

 エリザベスはふと、黙りこくっているカリストに視線を向ける。

 「・・・カリスト様、顔色がすぐれませんが、体調が?」

 「いや、」

 視線を書類にそそいだまま、カリストは首を振る。それを心配そうに横目で見ながら、デリックはエルナンドに向き直った。


 「エルナンドさん、」

 「わかりました」

 エルナンドは顔をあげ、デリックを見返す。

 「事は急を要します。もし事実であれば来月入港する商船に乗る前に、止めなければ。お手数ですが、神殿まで来ていただけますか?担当の者にも話をつけます。詳しくはそちらで・・・」

デリックはほっとした表情を浮かべた。

 「もちろん。助かります」

 「リズ、悪いけど・・・」

 申し訳なさそうに立ち上がるエルナンドに、エリザベスはほほ笑む。

 「わたくし、仕事をしているエルナンド様が好きですの。お気になさらず、デリック様たちのお力になってさしあげて」

 「ありがとう。愛しているよ」

 言って、エルナンドはエリザベスの頬に軽くキスをする。

 「あのさ、これ以上自分磨かなくてもいいんじゃない?今のエリザベス嬢をおいて、他の女に目移りなんて、男としてあり得ないよ」

 デリックに揶揄われて、エリザベスは赤くなる。

 デリックに続いて立ち上がったカリストは、ふいにふらめき、テーブルに手をついた。

 「あ、カリスト様??」

 「おい、大丈夫・・・」

 手をついた拍子に、テーブルに置かれた書類がバサバサと音を立てて地面に落ちる。カリストは手をあげ、落ちた書類を拾い上げた。

 「悪い、立ち眩みだ」

 軽く頭を振り、乱雑に揃えた書類をエリザベスに差し出し、ぴたりと動きを止める。


 「・・・?カリスト様?」

 エリザベスが首を傾げる。

 書類に目を止めたカリストの顔いろが変わるのに、デリックは眉をひそめ隣から書類を覗き込んだ。

 「どうした?」

 書かれた文面に目を走らせるデリック。

 「なにか?」

 「うん?来月入港する商船って、行き先がオーデヘイム諸島、なんだ?」

 「ええ。かれこれ二年ぶりですね。なかなかオーデヘイム諸島まで行く商船はガドル王国へは立ち寄りませんから」

 それが、なにか?とエルナンドは首を傾げる。

 「いや、なんだ?乗船名簿かな・・・え?」

 デリックは目を見開く。


 ーーーービビ・ランドバルド


 「・・・ビビちゃんの名前が、載っている」

 「え??」

 エリザベスが声をあげた。


※※※※※

本日もう一話投稿


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