第144話 遭遇
ゲレルード大浴場の事件後。
大量に採集したクワの実をジャムにして、市場に卸し、残りはシロップに漬けてタルトを作り・・・ずらっと作業台に並んだタルトを前に、ビビは腕を組む。
「一個はホセ・マリア、一個はベティー、一個はジェマ達への差し入れ、二個は魔術師会館のお茶菓子用・・・一個は・・・」
はぁっ、と息を吐くビビ。
「・・・イヴァーノ総長か・・・持っていかなきゃ駄目かなぁ・・・」
最初、ガドル王城に出入りしている知り合いに頼んで、総長の執務室に置いてきてもらおうか、と考えたが・・・持ってこい、と言われた手前、また後で呼び出しくらうのも不本意だし。
「ううう・・・行きたくない涙」
涙目でタルトを包装し、ノロノロとガドル王城に向かうビビの足取りは重い。
「まぁ・・・今日は休日だし。居ても昼間は北の森の探索に出てるみたいだし、今なら会わないか」
実は、タルトはもう1つあった。
今回のお詫びと・・・あと、報告を兼ねて。どうしても会って話さなきゃいけない人に。実はそれが一番の難題だったりする。
ビビはため息をついた。
*
ガドル王城へ行くとベティーに伝えると、最近王城への一般人の立ち入りは制限されていると言われたが、ビビは王宮騎士団では顔パスなのか、すんなり通してもらえた。
「総長なら執務室に朝から籠っていますよ。書類整理で殺気だっていますから気をつけて」
丁度退出しようとしていた、グフタス第一騎士団団長とすれ違い、声をかけられた。
「明日までに提出する書類があるんですけど、助手のアドリアーナは今日は旦那さんとデートらしくて、見捨てられたんですよ」
普段からちゃんとこなしていれば、休日出勤なんてしなくて済むのに、とグフタス団長は笑う。
「なにかあったんですか?」
「なにかっていうより、恥ずかしながら最近城内で団員同士のもめ事が多くて・・・先日は一般人も巻き込まれたので当分は立ち入り制限が設けられたんです」
物腰やわらかな物言いのグフタス団長は、困ったように肩をすくめる。
「まぁ、ただでさえここのところダンジョンの討伐続きで、騎士団員にはまともに休日を与えてやれていませんからね。疲れもあるんでしょうけど皆殺気だっているんです。ビビさんも下手に絡まれないよう、気をつけてくださいね」
そう言って、わざわざビビを総長の執務室まで送ってくれ、グフタス団長は立ち去って行った。
*
「イヴァーノ総長」
コンコン、とドアを軽くノックする。
「入れ」
馴染みの声がドアの向こうからかかり、ビビは一呼吸おいてドアを開ける。
「ビビです」
それほど広くない部屋の奥、机に座って書類とにらめっこしているイヴァーノ。
珍しく鎧を身につけていない私服姿だ。まあ、書類作業に鎧は邪魔なだけなのだが。
グレーの髪は後ろに流してひとつに縛り。きつめの赤い目を書類に落として、肩肘ついている姿もさまになっている。
・・・こうして見ると、長身で・・・海外のモデルみたいだな、この人。
見慣れない姿に、一瞬ビビの動きが止まる。イヴァーノは顔をあげ、ビビを睨み付けた。
「・・・お前、いま失礼なこと考えただろ」
「い、いえ!貴重なお姿を拝見したなと」
あわてて弁解するも、墓穴を掘るビビ。イヴァーノは舌打ちして、書類を机に放る。
「俺は剣をもってこそ、俺本来の力が発揮されるんだ。こんな紙切れで振り回されるなんざ、まっぴらだ」
「・・・それは、同感です」
駄目だ、モデルみたいにカッコいいのに、喋ったら一気に只の理屈っぽいおっさんだわ。
思いながらあえて地雷を踏む言動は避け。適材適所、ですよねぇ・・・とビビは部屋に足を踏み入れた。投げ出された書類を拾いあげる。
心なしかぐったりしているイヴァーノに、笑顔を向けた。
「クワタルトをお持ちしました。お茶でもいかがですか?」
*
ビビはタルトを切って皿に盛り、持参したハーブ茶を淹れると、机に突っ伏しているイヴァーノに出す。イヴァーノはさわやかな香りの漂うハーブ茶を一口。
「・・・なんだ?美味いなこれ」
「リラックス効果のあるお茶です。慣れない書類整理で脳ミソお疲れかと思って」
ふん、と興味なさそうにしながら、お気に召したらしく。出されたタルトとお茶を完食完飲。さらにお代わりを要求するイヴァーノ。
「・・・先日は、ありがとうございました」
改めて、ビビはイヴァーノに頭をさげる。イヴァーノは再び書類を手に、ビビから目を反らした。
「ああ」
「ベティーにゲレルード大浴場の件で、すごく怒られてしまって・・・ちゃんと、王国スケジュール確認するようにします。まあ・・・もう行かないと思いますけど」
心なしか、しょんぼりして見えるビビに、イヴァーノはため息をついた。
「大人でも泳ぐことはある」
「は?」
「俺も泳ぐ。あれだけ広いとな、解放感半端ないからな。まぁ・・・誰もいない時に限るが」
ぽかんとするビビ。
「え・・・?じゃあ、この前は・・・」
「近衛兵の連中が押しかけるまえに、ひと泳ぎしようと早めに行ってみりゃ、孫と女が占領していたが」
お前、変わった泳ぎしていたな、とイヴァーノに言われ、ビビはクスッと笑いをもらした。
「笑うな」
「す、すみません」
「ホセ・マリアが喜んでいた。良かったらまた、泳ぎ教えてやってくれ」
「良かったら総長にも伝授しますけど」
「やめてくれ」
イヴァーノはふと顔をあげ、ドアの方へ視線を向ける。意地の悪い笑みを浮かべて、椅子から立ち上がると、ビビに手招きをした。
きょとんと首をかしげて、机を横切り近づくビビ。
イヴァーノは手を伸ばし、ビビの腰を抱くと自分の方へ引き寄せる。なんなく腕の中に閉じ込めた。
ビビはあわててイヴァーノの胸元に手を置き、距離をとった。びっくりした表情で見上げるその顎を軽く掴むと、耳元に顔を寄せ
「お前の身体は刺激が強すぎる」
「・・・???」
ビビは目を見開く。
耳元で囁かれる低く良く通る声は、ビビを赤面させるのに充分だった。
バターン!
勢いよく扉が開く。
ビクッとして振り返ると。
「さ、サルティーヌ・・・様?」
そこには書類を片手に立っている、カリストの姿が。
心なしか・・・どす黒いオーラが。
「カリスト、入るならノックくらいしろよー」
ビビの腰を抱いたまま、イヴァーノの間延びな声が。見上げたビビと目が合うと、にやりとした。それにビビはハッと我に返る。
「・・・総長・・・」
まさか、わざと・・・??
ってか、これ、どう見ても・・・総長とのイケない現場スクープ!ってやつ?
カリストは無言でずかずか部屋に入ってきた。ばん、と乱暴に書類を机に叩きつける。
「これで、最後ですから」
思い切り不機嫌さを滲ませた低い声で言い放つ。ビビはビクッと肩をすくませた。
イヴァーノはビビの腰から手を離すと、何事もなかったように書類を手に取る。
「ご苦労。お前も手伝え」
「お断りします」
即答のカリストに、イヴァーノは片眉をあげる。
「上官命令だぞ」
「今日は休日ですから。総長の命令に拘束力はありません」
「あ、そ」
イヴァーノは椅子に座り、片手を振る。
「じゃあ、邪魔だ。とっとと帰れ」
言ってビビを見る。
「お前も帰れ」
「・・・あ、あの」
言いかけたビビの腕を、カリストが掴む。
「失礼します」
イヴァーノに敬礼し、そのままビビの腕を引いて部屋を出ていった。
「・・・ったく、面倒くせぇ」
乱暴に閉められたドアを眺め、イヴァーノは舌を打つ。
カリストに怯え縋るように自分を見るビビが、少し不憫に思えたが。逃げてもなにも解決しない、とりあえずぶつかれ・・・というのが信条のイヴァーノである。・・・荒療治かもしれないが。
「ま、あとは両者でうまくやるんだな」
*
「ちょ・・・サルティーヌ様!」
ビビは叫んだ。
「腕を離してください!どこ、行くんですか!」
カリストは無言で歩き続ける。
知っている人間とすれ違ったら助けを求めようにも、考えてみたら、今日は休日で。城内にも人はほとんどいない。
ビビの腕を強く引き、廊下を歩くことしばし。カリストは奥の一室にビビを押し込むと、後ろ手でドアを乱暴に閉める。
「お前さ・・・」
カリストは漸くビビの腕を離す。
腕を組んで見下ろすその姿は・・・威圧感半端ない。
「なんでそうなんだよ?馬鹿なのか?天然にもほどがある。いまガドル王城は一般人は立ち入り禁止だって、ベティーから聞いていないのか?!」
「聞いていたけど・・・」
ビビは口ごもる。それでも門番が通してくれたし、グフタス団長だって総長の執務室まで案内してくれたのだ。
そう言うと、カリストは大きくため息をつき、頭を押さえ首をふる。その仕草が妙に癇にさわった。
「ったく・・・こうも警戒感ないのも呆れる」
カチンとくるビビ。
「警戒って・・・イヴァーノ総長にですか?なんの必要が??」
「現にさっき迫られていただろ!」
ばん、とカリストは拳で壁を乱暴に叩くのに、ビビは身を震わせた。
迫るって、イヴァーノにそんな気はないことくらい冷静に考えれば、わかることなのに。
どうしたんだろう?いつもの彼らしくない。
動揺するビビに、カリストは更にビビを責め立てる。
「大体なんで休日にノコノコ一人で来んだよ。今、魔物の討伐で感情が不安定になっている連中も多い。城だって手薄だ。なんかあったらどうするんだ?それともお前、総長目当てなわけ?」
「そんなことない!」
カッとなって、ビビは言い返した。
「総長には先日、ゲレルード大浴場で助けてもらったから、お礼したくて。今日なら城で内勤だからって聞いて・・・」
言いかけて、ビビはギクリとする。カリストの目つきが鋭くなった。
「・・・ゲレルード大浴場・・・」
「・・・うっ」
やっぱり、とカリストは呟く。
「やっぱりあの時、総長といたの、お前、だったんだ?」
しまった・・・!
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