第142話 ゲレルード大浴場にて①

 秋は実りの秋ともいい。

 この時期は森ではカオカの実・・・皮を剥いてアクを抜き、煎るとナッツのような香ばしい味と食感の木の実が大量に拾える。だが、今年の夏は例年より暑かったせいもあって、クワの実の収穫は倍増だったと聞いている。

 実はこの時期に採れる季節外れのクワの実は、熟して柔らかく味も濃厚で、ジャムにするには最適なのだ。

 今日も朝から魔術師会館から少し離れた薬師の森で、せっせと薬草採集に精を出す傍ら、クワの実を籠に詰める。


 「ビビねーちゃん、クワの実探すの早いのなー」

 

 隣でちゃっかり籠からクワの実をくすねて、食べているのは、ホセ・マリア。浅黒い肌と金髪のやんちゃな男児だ。

 以前、一緒に初心者ダンジョンを探索してから、何故か懐かれて学校の授業がない時は、ちょくちょくビビの後をついてまわる。

 「こら、食べ過ぎて腹痛くなっても知らないよ」

 「痛くなったら、ビビが看病してくれるだろ~ビビの薬は苦くないから平気だし」

 「あのねぇ、それって肝臓の薬飲みながら酒飲み続ける、アル中と同じだよ?」

 「アル中ってなに?」

 「アルコール中毒。そのうち、クワの実食べなきゃ、手が震えたりするんだから。赤いものが全部クワの実に見えて、コントロールきかなくなるんだよ?コワイネー」

 「えっ?まじで」

 慌てて、籠に伸ばしかけた手を引っ込める、ホセ・マリア。

 五歳の男児は素直でよろしい。

 

 「俺、クワの実中毒になるの?」

 「まだ大丈夫だよ」

 ビビは笑う。

 「だいぶ集まったよね。ジャムにして、残りはクワタルト作ってあげる」

 「やった!ビビ大好きだ!」

 ホセ・マリアはビビの腰に抱きつく。ビビはよしよし、と髪をなでる。

 「ちょっと汗かいちゃったね。そろそろ戻ろうか」

 「うん!なあ、ゲレルード大浴場行こうぜ」

 「え?」

 ゲレルード大浴場って?聞いたところによると、あの、サウナみたいな?

 「いや、わたしは部屋でお湯使うからいいよ。ホセ・マリア行ってきな」

 「え~だって、一人でいったら怒られるよ。俺すぐに泳いじゃうから危ないって」

 「泳ぐって?」

 「あれ?ビビ行ったことないん?ひろーいプールなんだぜー」

 ???

 行こうぜ行こうぜ!


 ホセ・マリアに手を引かれ、疑問符が頭の中を飛び交う中、到着したゲレルード大浴場は。

 てっきり映画で見たローマのサウナをイメージしていたが、実際は50mプール並みの広い浴場だった。聞けば奥には同じくらいの広さのサウナもあるらしく。女性はそちらがメインなんだとか。

 レンタルしたセパレートの水着に着替えて、サウナのシャワーで汗と埃を落とす。長い髪を頭の上で結わえて、ホセ・マリアと巨大浴槽へ。


 「すごーい!広いね!」

 

 実は前世でも唯一得意としていたのが水泳で。水場が大好きなビビのテンションはもちろんあがる。

 平日の昼過ぎなのか、利用者もまばら。

 朝は子供やお年寄りが。

 夕方になると、農業管理者の人たちが。

 夜は家族連れや恋人たちが。

 深夜は武術集団が。

 休日は1日賑わっているのだ、とホセ・マリアは教えてくれた。

 「この時間が穴場なら、また来ようかな」

 お湯も軟水なのか、とても綺麗である。

 「ビビ、泳ごう!」

 「よっしゃ、競争しよ!」


 思い切り、ここが共同浴場ということを忘れ、2人はだだだだっと走り、湯船に飛び込む。


 ばしゃばしゃ

 ばしゃばしゃ


 「うへぇ~ビビ、速ぇえ~!」

 「おほほほ~平がクロールに敵うわけないでしょー」


 「クロールってなに?必殺技??すげえ!俺もできる?」

 「できるよ!教えてあげる」


 人がいないこともあり、水泳の得意なビビは、ここぞとばかりに三泳法を披露する。


 「今のがクロールで、これが背泳ぎ~」

 「すげー!逆さで泳げるんだ!」


 「そしてこれが・・・」


 バッシャーン

 バッシャーン


 「バタフライ~っ!」


 「すげー!カッコいい~!」

 ホセ・マリアは興奮して大はしゃぎ。ビビはとぷん、と沈んで潜水し、ホセ・マリアのところまで泳ぐ。

 ザバン、と顔をあげると・・・


 「お前ら、公共浴場でなにやってんだ」


 何か固いものにぶつかった。

 ごふっ、と息を吐き出し咳こむビビ。


 「あ、じいじ」

 じいじ?

 ゲホゲホ咳き込みながら見上げると。


 ・・・


 ・・・・・・汗


 「い、イヴァーノ総長・・・」


 そこには、腕を組んで立ちふさがる、イヴァーノの姿が。


 「ホセ・マリア!浴場で泳ぐなと言っているだろう!」

 ガツン、と容赦のないげんこつが、ホセ・マリアに振り落とされる。

 「いってえ!」

 ホセマリアは涙目だ。

 「一人で泳ぐなって、言われてんじゃん!一人じゃないもん。ビビも一緒だもん」

 言って、ビビの腰にしがみつくホセ・マリア。


 可愛いんだけど、状況が状況だけに。お願いだから離してほしい。

 ギロッとイヴァーノに睨まれ、ビビはサーッと青ざめる。

 

 「すっ、すみません!」

 

 死亡フラグたったー涙!

 ホセ・マリアを抱きしめ、あわてて頭を下げる。

 ピクッとイヴァーノのこめかみが反応する。

 「わたし、こういう広い浴場初めてで、泳ぐの好きだからつい・・・」


 「・・・」


 落ちてくる鉄拳を覚悟して、身を固くしていたが・・・いつまでたっても反応がない。

 恐る恐る顔をあげると。

 イヴァーノと再び目が合った。


 「・・・あの?」


 イヴァーノはハッとした表情で、ビビから目を反らした。


 「??」

 「いや、いいからお前」

 イヴァーノは頭をかきながらため息を。

 「ホセ・マリアを離せ。んで、かがむな」

 「・・・は?」

 ますます意味のわからないビビを指差すイヴァーノ。ビビ、と言うよりその胸元を。

 

 「水着、サイズ合っていないぞ。それ」

 

 えっ?と自分の胸元に目を落とし、ギョッとする。

 ビビは小柄だが、何故か胸は豊かで形が綺麗だ、とジェマも絶賛している。かがむことにより、その豊かな谷間が深くなり、何とも悩ましげなチラリズム状態に。

 「あ、ほんとだ」

 ホセマリアのあどけない一言。

 「ビビ、おっぱい落っこちそう」


 ビビの悲鳴が響き渡った。


 ***



 「お前、なんつー声あげてんだ!」

 

 ビビの口を塞ぎ、イヴァーノは怒鳴る。

 んぐんぐもがきながら、ビビは涙目で。

 イヴァーノはホセ・マリアに、タオルを持ってくるように指示し、そのままビビを引きずって奥の浴槽の縁まで移動する。

 

 「じいじ、持ってきたよー」

 ホセ・マリアからタオルを受け取り、それをビビに被せると、ようやく口から手を離した。

 ぶはーっ、とビビは息を吐く。

 し、死ぬかと思った・・・

 「す、すみません・・・」

 タオルで頭から胸元まですっぽり隠し、ビビは頭をさげる。イヴァーノは深いため息をついた。

 「お前の危機感のなさには、本気で呆れる」

 「ううう・・・」

 「たまたま会ったのが俺だからいいものを」

 「くっ・・・」

 「これが他の連中なら、お前確実に餌食だぞ」


 聞けば、今日は北の森の魔獣を討伐する日だとかで、夕方には殺気冷めやらぬ近衛兵がわんさと利用するらしい。

 以前、アドリアーナが討伐後の近衛騎兵に危うく襲われそうになった、と言っていたのを思いだした。あれは冗談でも、大袈裟でもなかったのか。

 そんなの知らないと抗議すれば、王国のスケジュールにちゃんと記載されていて、この日は午後の夕方からは一般国民はゲレルード大浴場は利用しないことに、暗黙の了解でなっているそうだ。

 ビビはガックリと肩を落とす。

 もう、何もかも返す言葉も、弁解の余地もない。

 

 「まあ、こちらもちゃんとホセ・マリアに言い聞かせていなかったから落ち度はある」

 言って、イヴァーノはタオルの上から、ビビの頭をポンポンと叩いた。

 「あの・・・ホセ・マリアは・・・」

 ああ、とイヴァーノは頷く。

 「ホセ・マリアは、俺の娘の息子だ。俺の孫、だな」

 ビビは目を見開く。

 「え??総長のお孫さん??」

 どう見ても・・・イヴァーノは四十代そこそこで、とてもホセ・マリアのような歳の孫が居るようには見えない。

 

 「ねぇ、じいじ。俺、もうあがる。暑い」

 ホセ・マリアはイヴァーノに言う。イヴァーノは頷き、走るなよ、と一言。

「じゃあ、ビビ、またね~」

 クワタルト忘れるなよーとちゃっかり伝えて、ホセ・マリアは浴場を出ていった。

 ビビはその後ろ姿を見送り、ふとイヴァーノを見る。

 今さら気づいたが・・・


 うわ、すごい筋肉だな


 ジェマから、イヴァーノの肉体美について散々語られていたが(全くをもって頭に入っていなかったけど)、実際見るとその芸術的とも言える造形に目を奪われる。

 筋肉バッキバキ!と聞いていたから、もっとモリモリしているのかと思いきや、どちらかというと着太りする細マッチョ系?

 無駄なく盛り上がった胸筋と、綺麗に割れた腹筋と。前世で記憶にあるボディービルダー、のチャンピオンも霞むレベルだ。無駄な肉は何処にも見当たらない、非のつけようがない完璧な肉体って、あるんだなと感心する。


 「・・・なんだ?」


 イヴァーノがビビの視線に気づき、訝しげに見返す。


 「いや・・・ジェマが総長の筋肉に抱かれたい、と言った意味が理解できました。・・・尊い」

 と、思わず両手を重ね合わせて拝むビビ。


 「・・・お前、」

 イヴァーノが本日何度目かになるため息をついた時。


 「・・・総長、そちらですか?」

 聞き覚えのある声が、立ち上る湯気の向こうから聞こた。


 ****

 筋肉は好きですが、ビルダーのように見せるために造られた?筋肉は得意でないカエルです。

 アスリートの中でいちおし筋肉は、やっぱりスイマー♡おちつけカエル。そして、土下座。

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