第141話 出国へ

 それから三日間。ビビは魔力酔いによる熱が下がらず、ジャンルカの自宅で療養するはめになった。

 ベティーはすべてお見通しだったらしく。カリストは当分、店出入り禁止!とぷりぷりしながら、それでも籠いっぱいの料理を作って、ジャンルカの不在の時間に届けてくれた。


 カリストがその後どうしているか・・・気にはなったが聞けなくて。

 ここ数日、またダンジョンで魔物が増えて、ついにカイザルック魔術師団とヴァルカン山岳兵団からも討伐隊が派遣されることになった、とお見舞いに訪れたファビエンヌから聞いた。

 ジェマやアドリアーナにも、あの夜の飲み会以来会っていない。

 アドリアーナはイヴァーノ総長のアシスタントとして城に常駐して、ダンジョン討伐組との取次ぎに忙しく、ジェマに関しては中級ダンジョン討伐の攻撃部隊長に指名を受けて、連日潜っているらしい。


 カイザルック魔術師団に保護されている身では、せいぜいできることは、魔石でつくったお守りと回復薬を提供するくらいで。それでも万全とはいえない状況に、自分の無力さを痛感していた。


 *


 「ビビ、体調はどう?」


 「リュディガー師団長」


 ビビはびっくりして、お玉片手に振り返る。

 明日にはベティーの宿に戻る旨をジャンルカに伝え、世話になったお礼も兼ねて台所で夕飯を作っていた。

 ドアの開く音がしたから、ジャンルカが帰って来たと思いきや、居間に入ってきたのは家主のジャンルカと、リュディガー師団長。


 「体調崩したって聞いてね。まぁ、ジャンルカが世話をしているなら問題ないと思っていたけど」


 はい、これ陛下から。と温室の花々なのだろう。綺麗にアレンジされた花束を、ビビに差し出すリュディガー。

 ビビはぱあっと笑顔を浮かべ、お玉を置くと花束を受け取り抱きしめる。

 「綺麗・・・ありがとうございます。陛下にもご心配を・・・」

 「見舞いに行くって聞かなかったんだけどね」

 クツクツ笑いながらリュディガーはジャンルカに視線を送る。

 「さすがに、ジャンルカ相手じゃ強気に出られなかったみたいだよ」

 「陛下をお呼びできるような場所じゃないですから」

 ジャンルカは怪訝そうに眉を寄せ肩をすくめた。ビビはそのやりとりを想像して噴き出す。お互い動じないもの同士、ここは陛下が大人しく引き下がったようだ。

 

 「後で、陛下にもお礼を」

 うん、そうして?とリュディガーはもう片手に下げた籠をテーブルに置く。

 「これは、ヴェスタ農業管理会の婦人部と、プラットからのお見舞い」

 言いながら籠からワインと搾りたてのビーツ果汁の入った瓶、婦人部で作ったのだろう、料理の詰まった容器を取り出し、テーブルに並べた。

 「まあ!じゃあせっかくですから、温かいうちにいただきますか」

 ビビの作った料理はストックしておけば何日かもつ常備菜ばかりだったので、婦人会から差し入れられた料理の入った容器を受け取り、ビビは台所へ向かった。


 テーブルに並べた料理を食べながら、リュディガーとジャンルカはワインを。ビビはビーツの果汁ジュースを飲みながら、しばし歓談を楽しむ。

 考えてみたら、三人でこうして食事しながら会話するのは、一番最初に魔術師会館を訪れたビビが甲殻魔銃機兵の回路の解析をして、魔力切れを起こして目覚めた時以来だ。あれから半年しか経っていないのに・・・もうずいぶん前の出来事のような気がする。


 「ふふふ、あの時はビビがいきなり"ジャンルカさんにはお世話になっています"だもんなぁ。ジャンルカが膝枕しているのもびっくりだったけど」

 当時の事を思い出し、リュディガーが肩を震わせる。ジャンルカは相変わらず無言でワイングラスを傾けていたが、口元は僅かに笑みを浮かべているのがわかる。最初はそれこそ、感情がないと思われたが、今では無表情ながらもわずかな変化もわかるくらいになった。

 

 「そういえば、以前は本当に良く魔力切れ起こして倒れていたな」

 「ううう、師匠までそんな過去のことを・・・」

 「俺はビビがジャンルカに膝枕してほしくて、わざとやっていると思っていたよ」

 「えええ???」

 そんな、恐れ多い!とビビは飛び上がると、リュディガーは爆笑する。

 「あれから、もう半年・・・だな」

 ジャンルカはグラスをテーブルに置く。

 

 「最初は・・・無茶と無謀を繰り返して、どうなることかと思ったが・・・」

 

 どんなに言い聞かせても、天然さを爆発させて、無意識にトラブルを起こし、はたまた自らトラブルに飛び込んでしまう体質。そのたびにリュディガーから説教され、落ち込むが立ち直りも早い。さすがのジャンルカも報告を受けるたび、"またか・・・"と頭を抱えたものだ。

 それでも、ビビの存在は・・・若者のいない殺伐としたカイザルック魔術師団に、若い息吹を吹き込み皆の癒しとなっていた。

 リュディガーは常日頃ビビのことを、"カイザルック魔術師団みなの大切な娘"と口にしていたが、それは決して大げさではなく、皆の本心でもある。


 「こんな不肖な弟子を見捨てずにいてくれた師匠には、感謝の言葉しかありません」

 言って、ビビはぺこりと頭をさげる。

 「カイザルック魔術師団に保護されなかったら・・・いえ、師匠にあの時ベルド遺跡で見つけてもらえなかったら。いまのわたしはありませんでした。わたしに学ばせてくれた機会を与えてくれて。・・・こんな面倒くさい厄介な事情持ちのわたしを傍にいさせてくれて、本当にありがとうございます」

 ビビの言葉に、リュディガーとジャンルカは視線を交わす。


 *


 「今日はね、ビビのお見舞い兼ねて、話したいことがあってね」


 実は、これが本題なんだ、と。こくり、とワインを一口飲み、リュディガーはグラスをテーブルに置く。

 「・・・はい」

 なんとなく・・・リュディガーのような忙しい人間が、見舞いだけでわざわざジャンルカの家に来るわけがないことは、わかっていたから。

 ビビは頷き、身を正す。


 「実は、来月にオーデヘイム諸国へ向かう商船が、ガドル王国に立ち寄る連絡がきたんだ」

 「・・・え?」

 思いもよらない話題に、ビビは目を見開く。

 「オーデヘイム・・・」

 ビビのもつ身分証明に記載された、出身国の名前だ。実際そこの国で生活をした記憶はなかったが。

 

 「そう。数百年前に"神獣ユグドラシルの加護"の力をめぐり、争いが起きた国だ。お前さんへ加護を引き継いだ、もう一人の"聖女オリエ・ランドバルド"の故郷、ともいえる」

 「事実、神獣ユグドラシルの加護を受けた"聖女オリエ・ランドバルド"の存在は、名前以外歴史から抹消されている。この国でこれ以上情報を得るのは不可能だと判断した」

 ジャンルカの言葉に、リュディガーもまた頷く。

 

 「今回我が国に立ち寄る商船は、オーデヘイム諸国の島に順次寄港するらしい・・・中では、数百年前の戦禍から逃れた小国領土も点在している。調べれば名前の他に情報を得られるかもしれない。最果ての島に近づけばお前さんの求める、【時の加護】を解放する手がかりも・・・ジャック・ランラン卸売店のリベラ会長が、オーデヘイム諸国の商人に顔がきくらしくてね、紹介状も書くと申し出てくれた。・・・まぁ、狙いはお前さんが発案した"真空保存装置"の情報の提供が条件、なんだがね。これに関しては、ヴァルカン山岳兵団の鍛冶ギルド許可も得ている」

 だが、とリュディガーは声を落とした。

 

 「ここ、ガドル王国からオーデヘイム諸国までは、いくつかの島を経由してひと月以上の船旅になる。そして国民ではない旅人のお前さんは・・・一度出国してしまえば、三年はこの国に入国することはできない」

 「・・・っ、」

 ぎゅ、テーブルの上で組んでいる指に力がこもる。


 それは、事実上、この国との繋がりを経つ、ということだ。

 たとえ再入国するにしても、行く先々で商船と交渉をし、船旅でひと月以上もかかる国へ戻ることは不可能に近い。


 「ビビ・・・」

 リュディガーはじっとビビを見つめる。

 「俺は・・・お前さんを娘のように大事に思っている。まだ子供なのに一人で背負いこんでいるお前さんを、救いたいと思っている」

 「リュディガー師団長・・・」

 「本当は、行かせたくない。だが・・・」

 言って、リュディガーはなにか堪えるように口をつぐみ、目を伏せ、そして再びビビに視線を戻した。

 「お前さんの意思を尊重したい。我々は、お前さんの背負っているものの前では、あまりにも無知で無力だ。だから、せめてお前さんが望む道を全力で支援する」

 ビビはリュディガーを見、そしてジャンルカを見る。

 ジャンルカは相変わらず無表情だったが、ビビと目があうとゆっくり頷く。

 それに勇気づけられ、ビビはきゅ、と口元を引き締めた。


 「わたし・・・国を出ます」


 「ビビ・・・」

 「わたし、考えていたんです・・・」

 ビビはうつむく。

 「最近、ダンジョンのゲートが頻繁に開いて魔物があふれているのは、わたしが・・・いえ、神獣ユグドラシルの加護を持つわたしが、この国に留まっているのが原因ではないかと」

 ビビの言葉に、ジャンルカとリュディガーは僅かに息を飲む。


 運命の女神ノルンの御遣いである、世界樹から生れた神獣ユグドラシルは、大地の浄化と創生、ふたつの対なる力を持ち、大地が滅びる時と、新しい大地が生れる時代に現れる。女神テーレに仕える聖女の身体を媒体として。

 まさにその聖女の魂と記憶を引き継ぐ自分。

 

 「神獣ユグドラシルの加護って、大地に豊穣をもたらす反面、その強さ故に力を求められ争いが起こり、その力故に引きつけられ魔物が集まるのだと・・・。わたしがもし、このままこの国に残ったらきっと・・・」

 ビビは口をつぐむ。考えたくない。自分がこの国に留まることによって・・・またあのオーデヘイム王国の歴史を狂わせた戦禍が、ガドル王国にも起こりえるなどと。でも・・・


 「もうこれ以上、大切な人たちに迷惑かけたくないんです。どちらにしろ、来年には出国するんですから、少しでも被害が少ないうちに」

 「ビビ、それは違う」

 リュディガーは手を伸ばし、テーブルで固く組まれたビビの手に重ね、首を振る。

 「お前さんのその力は、少なくともこの国の生活に貢献した。それは誇っていい。自分の存在が悪しきものを呼ぶような言い方を、するんじゃない」

 「リュディガー師団長・・・」

 「お前の言う通り、ダンジョンの魔界ゲートの封印が弱まり出し、魔物が湧きだしているのは、事実だ」

 ジャンルカが口を開く。

 「だが、それがお前の言う、"神獣ユグドラシルの加護"を持つお前が現れたことが原因、だと裏付けるものもない。遅かれ早かれ、魔界ゲートが閉じられて数百年は経つ。いつ封印が破られてもおかしくはない」

 

 リュディガーはワイングラスの中に目を落とし、ため息をついた。

 「お前さんがこのまま来年の春まで滞在しようと、来月出国しようと。近々武術団から討伐隊が編成され派遣されることは間違いない。すでに、隣国のグロッサ王国からも要請の話があがっているからね。もうガドル王国だけの問題ではないんだ」

 「リュディガー師団長・・・」

 ビビは立ち上がり、テーブルを回ってリュディガーの傍に歩み寄ると、膝を折る。


 「わたし、この国が好きです。恩返しをしたいんです」

 目が合い、にこり、とほほ笑む。

 「来月の出国まで、できる限りのことはします。本当に・・・感謝しています」

 「ビビ・・・」

 「行かせてください」

 リュディガーはくしゃり、と顔を歪めると腕を伸ばし、そっと小さな身体を抱きしめた。

 「帰化して、共に戦う・・・とは、言ってくれないんだね?」

 「ごめんなさい」


 そうできたなら、どんなに良かっただろう。

 

 でも、ビビが帰化して万が一、その力が表舞台に出て、近隣諸国に知られることになったら・・・それこそ、数百年前のオーデヘイム王国で起きた悲劇を繰り返すことになるかもしれない。

 大切な人たちを戦禍に巻き込むことだけは、どうしてもしたくなかった。

 ・・・もうこの国に滞在するのは、限界だったのだ。


 (あなたがいると、この国の時のレールが歪んでしまうの)


 まるで、ビビがこの国にいることが、歴史を歪ませ、禍を招いている・・・ような口ぶりだった。

 オリエ・ランドバルドに望まれたという、存在。あのカリストの一瞥を受けても、動じす、笑みさえ浮かべた姿に戦慄が走る。


 (私は、その輪廻から解放してあげられる存在だって、わかっていて邪魔するの?)


 彼女は・・・自分の引き継いだ【時の加護】を解放する存在だ、という。

 だがビビと、その母親であるオリエに隠しもせず憎悪をぶつけてきた人物が、自分を解放するために現れたとは思えない。

 彼女の本当の目的は何なのか、知る由もなかったが・・・どちらにしろ、自身の身勝手な感情でカリストの手を取ることは、許されないのだと。これは運命だったのだと。


 ずきり、と胸に強い痛みが走るのをごまかすように、ビビはリュディガーを抱きしめ返す。


 これは二人の"オリエ・ランドバルド"の魂の記憶を受け継いだ、《鍵》であるビビの使命なのだ。

 最果ての地を目指し、黒き鳥に【時の加護】を解放してもらうこと。

 それがたとえ、神獣ユグドラシルの加護を再び封印し、自害することになっても。それで彼女たちの魂が、この課せられた輪廻から外れることができるなら。そのために《アドミニア》である自分がこの箱庭に転移したのであれば。


 フジヤーノ嬢は関係ない!わたしは、わたしに出来ることをやるんだ。


 リュディガーは、そのなにか決意したような強い光を宿した深緑の瞳を見つめ、悲し気に笑った。

 「わかった。お前の選んだ道だ。親代わりとして・・・俺は最後までお前さんの味方、だからね」

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