第140話 告白
ベティーの酒場につく頃、ビビは気を失うように意識を手放し、眠っていた。
ビビを訪ねてきたカリストに、様子を見に行ってくれと頼んだはいいが、そのビビがカリストに抱えられて戻ってきた時は、さすがに驚いて店の客に断りをいれ部屋へ案内してくれた。
「ほんと、ごめんなさいね。余計なこと頼んじゃって・・・仕事大丈夫なの?」
ベティーに聞かれ、カリストは苦笑する。
「ま、なんとか。デリックと代わってもらったから。・・・高くつきそうだけどな」
「是非うちを利用してね。ビビちゃんの分あわせてサービスするから」
くすくす笑って、部屋のドアを開ける。
狭い部屋だった。
少し前に、自分が酔いつぶれて泊まった部屋の隣で。
家具は簡素なベットと、テーブルと椅子。
ベットの片隅には革のリュックがひとつ。いつもビビが背負っているもののみ。まるで昨日今日訪れたような。
「もう半年も住んでいるとは、思えないでしょう?ほんと、清々しいほど荷物がないの。この子・・・」
まるで、いつ国を出てもいいみたいに。
ベティーが窓を開けて、ベットの布団をまくりあげる。カリストははっとして、そのままビビをベットへ横たえた。
ベティーが靴をぬがせ、上着をぬがして布団をかけてやる。入り口の壁に寄りかかりながら、腕を組み、カリストはそれを眺めていた。
「良く寝ているわね・・・」
髪をやさしくすきながら、ベティーはほっとしたような表情を浮かべた。
「昨日、随分飲んで朝帰りだったから、疲れが一気に出たのかしら」
言ってカリストを振り返る。
「・・・」
カリストはバツが悪そうにふい、と目を反らす。それをちらりと見やり、ベティーはビビの髪を撫でながら、顔をのぞき込み・・・一瞬驚いたような表情を浮かべた。そしてふふふっと笑みを溢す。
「・・・なに?」
「・・・いえ、なんでも・・・ね」
立ち上がり、ビビの頭をひとなでする。
「さてと、私は仕事に戻るわ」
お礼にコーヒーでもどう?と聞かれ、頷くカリスト。
ベティーは微笑み、
「あと・・・カリスト」
「なに?」
「キスマークつけるなら、見える場所は駄目よ。周囲の格好の餌食になって、かわいそうだから」
※
その夜、ビビは熱を出した。
「・・・ジャンルカ・・・師匠・・・?」
「気づいたか?」
聞き慣れた低い声に、安堵する。
伸びた手のひらが汗ばんだ額に触れる。冷たい感触に、ビビは小さく息を吐いた。
「まだ熱は下がりきっていない」
額をなでながら、ジャンルカは言う。
「薬だ。飲めるか?」
こくん、と頷くとゆっくり肘に力をいれて上半身を起こす。ジャンルカに支えてもらいながら、手渡されたグラスと薬を口に含んだ。
冷たい水が喉を通り、ホッと息をつく。
「まだいるか?」
「・・・大丈夫です。ありがとう、ございます」
支えてもらいながら、ベットに身を沈める。
「ここは・・・?」
自分の部屋ではないことと、ジャンルカがいることに気づき、ビビは尋ねる。
「俺の家だ」
「・・・え?!」
目を凝らすと、ジャンルカが見慣れた白衣ではなく、ラフな麻素材のニットの私服姿なのに、驚く。
「あの・・・何故、師匠の家に?」
「お前の熱がさがらない、とベティーから連絡がきた」
背中を向けたまま、ジャンルカは答えた。何か調合しているのか、カチャカチャ容器が触れ合う音がする。
「宿の部屋より、俺の家の方が看るには都合がいいからな」
「す、すみません。またご迷惑を・・・」
サーッと血の気が引く思いで、両手で顔を覆うビビ。
「構わない。数日は自宅で仕事をする予定だったから」
ギシリ、とベットの軋む音がして、ジャンルカがゆっくりとベットの端に腰をおろし、ビビの頭を撫でる。
「カリストがだいぶ・・・無理させたようだな。辛いところはないか?」
「・・・っ、」
ビビは息を飲む。
「体内の熱を押さえる薬を処方した。あとカリストの魔力を強く受けて、魔力酔いを起こしていたから、中和させた。明日には楽になるだろう」
ビビの顔がみるみる赤くなるのを見て、ジャンルカはふっ、と笑いをもらす。
「なんだ?違うのか?」
ビビは涙目で、ふるふる首を振る。
「・・・ち、違いません」
思わずシーツで顔を隠す。
バレている・・・っ!
恥ずかしい、一体どんな診察を受けたんだ自分!
「心配するな。身体には触れていない。体内の"気"の流れを視ただけだ」
シーツの上からポンポンと軽く叩き、ジャンルカは言う。ビビがおずおずと顔を見せると、
「俺は、"鑑定"の加護もちだからな」
「・・・あ」
ホッとビビは息を吐く。ジャンルカは軽く頷いて、安心させるように髪をすく。
着替えさせた、大きめの上着からのぞく、細い首筋に残るキスマークはベティーに頼まれ、流石に消したことは言わずにおく。
「師匠、その・・・軽蔑、されますか?」
ビビの声は震えていた。
ジャンルカの手が止まる。
相手はカリストだ、とベティーから聞いていた。
だいぶ前から・・・フィオン・ミラーと出会う前から、カリストがビビに好意を寄せていることは感じていた。
相手が誰であれ、弟子の恋愛を反対する理由はなかったし、最初自分に向けられていた思慕の念が、他の男に向き始めた時。ビビ自身もいつか自分から離れていくことの覚悟もできていた。
そして・・・少し前から、ビビの様子が変わってきていて。ひどく思い悩んでいるような表情をするようになったのだ。
そう、時々、見せる"女の顔"に・・・。
ああ、好いた相手がいるのだと。それがカリストなのだろう、と思っていたのだが。
「何故・・・?望まない相手だったのか?」
「ち、違います」
ビビは首を振る。
「わたしは・・・ここを離れます」
みるみる目に涙が溢れた。
「だから・・・この国の人と恋愛はしちゃいけないんです・・・ましてや」
ビビは顔を覆う。
「子供を作るような行為は・・・」
なのに、とビビは呟く。
脳裏に浮かぶ、自分を抱くカリストの力強い腕。しっかり繋がれ、シーツにきつく縫い付けられた指先は震えていた。
何度も自分の名前をうわごとのように呼びながら、キスを繰り返し、それこそ触れていない場所はないくらい、その手で、指先で、唇で全身を愛撫された。
初めての痛みはあったけど、それを上回る快感が強すぎて・・・翻弄され、溺れて。
偽ることはできなかった。
自分もまた・・・彼が欲しかったのだ。
「流されて・・・求めてしまいました。無我夢中で抱かれて・・・我を忘れて、恥ずかしい・・・」
軽蔑されたかもしれない。
ジャンルカの顔を見るのが怖くて、ビビは顔を両手で覆ったまま、声を絞り出す。
ジャンルカはビビの告白を聞き、しばし沈黙していたが。
「恥じることはない」
そう言って、ビビの手に自分の手を重ねる。ビクッとビビの肩が震えた。
「人間なら・・・当たり前の感情だよ、ビビ。お前は・・・全能ではないのだから」
「師匠・・・」
それに、とジャンルカの落ち着いた声が、心地よく耳に響く。
「どんな特殊な加護を受けようと、どんな特殊な能力を持とうと。俺にとってお前は・・・不出来ではあるが、可愛い弟子だ。軽蔑などしない」
「・・・っく、」
涙が溢れて、ボロボロ流れ落ちる。
「泣くな。熱があがる」
ジャンルカはビビの涙をぬぐい、布団を掛け直した。
「少し寝ろ。起きたら楽になっているから」
※※※※※
カリストがジャンルカを越える日は、多分来ない(笑)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます