第137話 筋肉は正義?

  【ハーキュレーズ王宮騎士団】


 ガドル国王直属の精鋭部隊。

 実力主義で、国内最強屈指の剣士が集うと称されている。

 普段は獅子の紋章の入った白銀の鎧に身を包んでいる。あの重くて長い剣を軽々と振り回し、舞うがごとく軽やかに魔物を倒していくのを見る限り、きっとかなり筋肉腹筋バキバキなんだろうな、って思っていた。


 「そりゃそーでしょ。わたしだって腹筋割れているわよ(笑)」


 なんなら一緒にゲレルード大浴場行って、披露しようか?と冗談なのか、ウケ狙いなのか?酒場で女子会中に、王宮騎士団の話題になって、メンバーのジェマは景気よくレッドビーツの火酒をあおりながら笑った。

 確かにジェマの腹筋は美しかった。夏の始まりの収穫祭。丸太切り落とし競技で惜しみなく披露した時の衣装で、記憶に新しい。あれ以来、ジェマやヴァルカン山岳兵団のカルメンの女子人気はうなぎのぼりと聞く。


 「イヴァーノ総長なんて、まじ凄いんだから~腹筋バッキバキ♡ゲレルード大浴場で待ち伏せして見る価値はあるわよ!」

 「いや、別に興味ないし」


 ゲレルード大浴場は混浴で水着?のようなものを着用して入る、サウナのような施設らしいが、そもそもサウナ、というものが苦手なので一度も行ったことはない。


 「騎士団の連中の腹筋見るなら、スペルト麦の収穫の後か、森の魔物の討伐後がお勧めね」

 え~と、ちなみに次の討伐日程は・・・と手帳をめくるアドリアーナ。

 「いや、だから別に・・・」


 なんか、話がおかしな方向に言っているのは気のせい?


 「麦の収穫の後の方が良いかも。討伐後は、大抵魔物の血に酔って興奮醒めやらず、殺気だっている連中多いし」

 「ねえ、お願いだから話聞いてよ」


 ジェマはぐびぐび火酒を飲みほし、通りすがりの給仕にお代わりを頼む。

 ポンと手帳をたたみ、アドリアーナも同感と頷き、給仕に空いたグラスを掲げた。

 二人の飲むピッチがいつもより早い。大丈夫なのだろうか。


 「そうそう、私もこの前さぁ、討伐から還ってきた連中と鉢合わせて、危うくヤられそうになったんだよね」

 「ええっ?」

 「アドリアーナを襲うなんて勇気あるね、そいつら」

 もちろん、返り討ちにしたんでしょ?と尋ねるジェマに、お代わりのグラスをあおりながらアドリアーナはニヤリと黒い笑みを浮かべた。

 「聞きたい?」

 「・・・やめて、なんかすごい怖いんですけど」


 最強女子の武勇談を聞く勇気は、今のビビにはなく。愛想笑いで誤魔化しながら、ワインをちびちびと。

 この国のアルコールはかなり高い。レッドビーツの火酒なんて、口に含んだ瞬間、その名の通り火を吹く強さだった。それを水のようにガンガンあおるこの女子2名は・・・既婚者だ。

 ジェマなんて、旦那さまは王弟殿下。王位継承上位って人物なのに。自由すぎる・・・


 「なによ~?ビビ、つれないなぁ。騎士団の腹筋に興味あるんじゃないの?」

 「いやーん、なんだ言ってくれれば・・・ビビなら私、いくらでも触られてもいいわ~」

 今からゲレルード大浴場行くぅ~?

 「あ~もうなに勝手に人を腹筋フェチにしているの、否定はしないけど」

 酔って絡むジェマをあしらいながら、ビビは呆れたように言った。


 「ただ、皆さんが着用されている鎧、重くてゴツい割には機能性がないんじゃないかって」

 「「?」」

 「筋肉って、重いんだから。つきすぎは関節の可動域を狭めて動きの負担にもなるし。発汗時に体温も下がるし、下がるってことは免疫力低下、イコール、怪我しても治りにくい」

 ビビは依頼を受ければ魔術で治療もするが、基本完治はさせない。自然治癒力と基礎代謝をあげることが予防につながると考えている。


 ハーキュレーズ王宮騎士団の面々を治療して最近思うことは・・・とにかく不必要な部分に無駄な筋肉が多い。

 先日、カリストがベティーロードの宿に泊まった時、着用する手伝いをする傍ら、手にしたその鎧の重さに確信する。

 鎧のデザインもそうだし、素材が重すぎるのだ、と。

 まぁ、魔力でカバーしていれば問題ないのだろうけど、余計な魔力は使わないほうがいいし、結局のところ脳みそが軽いと感じているだけで、身体にかかる負担は変わらないのだから。鎧を纏っているだけで、自然筋肉がついていく。だから騎士団は男女問わずマッチョが多い。逆に、無駄な筋肉がないであろう、すらりとした外見の友人たちは、無意識に体内の"気"を使って身体にかかる負担をコントロールしているのだからすごいな、と思う。


 「ビビの言っている意味、全然わからなぁい」

 キャピッ、とジェマに言われて、ここまで脳筋なのも潔くていいな、と思う。

 「わかった、わかった。ジェマはもうそのままでいていいから」

 「私、この鎧が普通で当たり前って思っているし、重さは魔力でカバーしているし、全然抵抗なかったけど・・・ビビって、相変わらず面白いところに着目しているのね」

 アドリアーナは感心したように言った。


 「ってことは、イヴァーノ総長は無駄の塊、なのねぇ」

 連日の魔物の討伐で疲れているのか、ジェマの言動が更におかしなことになってきている。無駄無駄~とへらへら笑いながら火酒をあおっている。

 なぜそうなる?無駄なのは無駄についた筋肉だろう。なんか方向ズレてないか?・・・汗


 *


 「誰が、無駄だ?」

 「げ」


 背後から声が聞こえて、振り返るとおもいっきり不機嫌大魔神オーラ全開の、イヴァーノ・カサノバス王宮騎士団総長。その後ろには爆笑しているデリックと、必死で平然を保っているカリスト。

 ・・・口端がひくついるから、バレバレだけど。


 「あら、イヴァーノ総長お疲れ様です」


 アドリアーナはグラスをかかげる。上司であるイヴァーノの凄みを前にしても、まったく動じる様子がないのは、実は酒がまわっているのか。


 「いま討伐からお戻りですか?」

 「ああ」

 言って何故か同じテーブルに着席するイヴァーノ。

 デリックもカリストも当然ながら。

 そして、ビビはイヴァーノと・・・よりによってカリストに挟まれるという事態に。


 「・・・なに?」

 思いっきり不満な気持ちが顔に出ていたのだろう。カリストが怪訝そうな視線を向けてきた。

 そういえば、カリストも鎧の重さに左右されていない、綺麗な筋肉をしていたなと、宿の部屋で偶然見た裸体をぼんやり思い出し、あわててそれを打ち消すように頭を振った。


 「・・・えーと、わたしはそろそろ・・・」

 あえてその視線と合わせないよう、努めて自然に・・・充分に不自然だったが。ビビは席を立とう・・・とした。


 が、


 「座れ」

 有無を言わせない、イヴァーノの声。


 おう・・・

 身長差でいつもは上から降ってくる声が、真横からダイレクトに耳に届いてぞわり、とする。

 忘れていた。イヴァーノの総長の声って・・・無駄に低めで良い声、なんだよね。腰にくるわ。いや、聞き惚れている場合じゃないし。


 ふっと目の前で雑念を払うように手を振り、再度頭をさげるビビ。

 「いえ、皆さんお揃いですし?お疲れでしょうから。部外者のわたしはこの辺で・・・」

 「座れ」

 「いや、その」

 「人を無駄呼ばわりして、部外者ヅラする気か?いいから、座れ」


 (遠慮するな、どいつの無駄に関してか、じっくり語ろうか)


 ニヤリとどす黒い笑顔を浮かべるイヴァーノ。

 あ、これフラグたったかも。


 「・・・ハイ」


 諦めて着席するビビ。

 ・・・ってか、わたしは無駄呼ばわりしていないし!そもそもジェマが・・・っ怒

 と、恨みがましくジェマに視線を向ければ、ジェマは明るく

 火酒みっつー!と追加オーダーしている。こりゃ駄目だ。


 ※


 でもまあ、まだまとも?なアドリアーナが話の経緯を説明してくれたお陰で、一応のイヴァーノ総長無駄無能説の誤解?はとけたようだ。

 

 「・・・だから、逆に総長は凄いと思うんですよ。身体に負担かつ非効率な環境の中、あれだけの実績を残していらっしゃるし??」

 と、フォローも忘れない。よいしょよいしょ。

 「つまり、鎧を変えることによって、個人の伸び代もまた変わると」

 ふむ、とイヴァーノは首を傾ける。先程の無能説は完全に頭から消し去られているようだ。そもそも脳筋だから、目の前のものにしか反応しないのか?なんて、失礼なこと考えるビビである。


 「実は・・・考えていることがあるんです」

 ビビはイヴァーノを見る。遅かれ早かれ、リュディガー師団長を通してイヴァーノに話を持っていこうと思っていたこと。

 多分、これがこの国に留まる間でできる、最後のこと。

 

 「加護の付与って・・・通常、魔石にして、それを武器や鎧に加工していると思うんですが、お伝えした通り重い鎧は身体へ負担になります。鎧の素材自体を軽くする技術も、この先出てくるとは思うんですけど」

 こくり、とワインを一口飲むビビ。

 「わたしが考えているのは・・・鎧ではなくて、衣類・・・団服そのものに加護を付与できたら、と」

 「は?」

 さすがにイヴァーノは仰天したようだった。

 「団服に加護を付与って」


 「まず、モヒート(毛玉の魔物)の毛を加工して、糸にした段階で加護を付与します。これをレベル1とします」

 ビビはポーチからモヒートの綿毛の塊の入った小瓶を取り出しいて、テーブルに置く。

 「糸から生地に加工された段階で加護を付与。これをレベル2」

 さらにポーチから厚手の生地を取り出す。

 「最後に服へ縫製された段階で付与。これをレベル3」

 ポーチから小さな巾着の袋を取り出し並べる。

 

 「簡単に言えば、加護の重ね付けです。レベル1ならば、生活魔術のレベルを持っている人なら誰でもできます。気休めな、おまじない程度の加護です。レベル2、レベル3になってくると、それなりの職業スキルを持っている方でないと付与が難しくなってきますが・・・レベル2ならヴェスタ農業管理会、レベル3ならカイザルック魔術師団で、充分対応できるかと」

 言って、巾着の袋をイヴァーノに手渡す。


 「これ、普通の巾着に見えますけど、加護3度重ねなんですよ?燃えないし、破けないし、魔力も通しません」

 へええええ~と手のひらにのせられた、変哲のない袋をジェマやアドリアーナが眺める。

 「例えば、糸に付与して刺繍すれば、さらに強力な加護を付与できます。重ねる付与は何通りもありますから、これから重ね付けの効果も合わせて調べなきゃいけないんですけどね」

 「・・・最高で加護はいくつ重ねて付与できるんだ?」

 「今のところ加工段階で3つ、装飾でひとつ、が限界ですかね。カイザルック魔術師団であれば装飾で3つ」

 イヴァーノに問われ、ビビは答える。

 「でもあくまで、生地に耐えゆるレベルの付与、ですから。それでも重い鎧を身にまとうよりは断然良いと思います」

 ふむ、とイヴァーノは巾着の袋を眺めた。


 「わかった。近いうちリュディガーのところに顔出しておく」

 お前も同席して、ちゃんと説明しろよ、と念を押すのも忘れない。

 「しかし、団服に加護の付与とは考えたな?」

 「以前ジェマの剣を錬成した時、装飾用の魔石ではなく、刀身本体に付与したことがきっかけです。剣ともなると、いろいろ担い手の使い勝手を分析しなきゃいけないから、時間やかかる労力も半端ないので、それは専任の鍛冶職人さんにお任せするとして・・・ならば、もっと身に着ける人間を選ばない衣服に付与してみたらどうかって」

 ビビは肩をすくめる。

 「で、衣服になるとまた色々大変だから、繊維と生地、縫製にわけたら生活魔法レベルでも対応できるし」

 実際の所、カイザルック魔術師団も人手不足が問題になっている。そもそも壮年~熟年が多数で若手不足なのも問題だ。なんとかしなきゃいけない。


 *


 そろそろ解放されるか、と油断した矢先。

 大体最後に爆弾投下するのは、完全たる酔っ払いコンビのデリック・ガリガとジェマ・アレクサンドル。

 

 「・・・ってことは、まずは先陣切って総長ですね!この際、腹筋フェチなビビちゃんとゲレルード大浴場で親交を深め、サイズとか精密に計測して・・・総長にピッタリの無敵な団服を作りましょう!」

 「やったね!ビビ!総長の肉体美堪能できるわよ!レジスターンス(意味不明)!!」


 ブーッ!と火酒を吹き噴き出すのは、ビビと何故かカリスト。アドリアーナは、あらあら、と笑いながらさらに火酒の追加オーダー。


 「な、な、なに言っているんですか!ジェマ」

 「お前らな・・・」

 動じないイヴァーノは、呆れたように火酒を一気飲みする。

 「俺は妻もいるし、小娘の裸みても勃たん」

 「まともに受けないでください!ちゃんと話聞いています??って、なに艶っぽい流れになっているんですか!」

 「わかった、カリストに譲ろう。この際ついでだ。素人童貞も捨ててこい」

 人の話を聞かない総長イヴァーノ。そして、煽る。

 「ちょ・・・、総長、」

 「待てぃ!カリストにビビのハジメテを奪われるくらいなら、私がもらう!」

 そして、更に暴走するジェマ。

 「ジェマ、いいからもう、喋らないで!!️」

 駄目だ、これはここにいては餌食になるやつだ。

 「なんだ?ビビも初物か。良かったな」

 イヴァーノに肩を叩かれて、更に激しく咳き込むカリスト。ああ、終わった。


 「いやもう、最高!!️俺、腹筋裂けそう!!️死ぬーっ」

 ぎゃははは!と腹を抑えてのけぞるデリックに、ビビは本気で殺意を持った。


 「そのまま冥府ハーデスに行ってしまえ!!️ばかーっ怒」


****

ああ、またやっちまった(土下座)無駄に長くてすみません。

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