第135話 カリストの本気※
※大人向け表現あり。ご注意ください。
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フジヤーノ嬢が立ち去り、静寂が戻る。
「サルティーヌ様・・・」
腕の中でわずかに身じろぎをして、ビビは顔をあげる。目が合って、カリストは疲れたようにため息をついた。
「なんで止めたんだよ、あの女・・・」
不満そうに告げるカリストにビビは思わず苦笑した。
「暴力は・・・駄目です。相手は一般国民で、しかも無力な女性でしょう?もし怪我させて責任とれって言われても、拒めませんよ?」
「・・・まさか、それ狙って・・・」
「あれくらいの挑発で魔力のコントロールが利かなくなるなんて、サルティーヌ様らしくない、というか・・・」
ふう、とビビも息を吐く。
「あの人、多分何かの加護のスキル持ちです。人の精神作用に影響するような・・・」
「挑発に下手に乗ったら、思う壺ってことか」
ゆっくりと腕の力が解かれ、ビビはカリストの胸に手をあて距離を取る。
「あの女、お前の事・・・知っている風だった」
探るようなカリストの言葉に、ビビの肩がわずかに反応を返す。
「お前の母親・・・?のことも良くはいっていなかったな。何者なんだ?」
にわかに信じがたいが、同じ旅人同士、知り合いであってもおかしくはない。そしてフジヤーノ嬢が一方的にビビに因縁を持っているように感じた。
ビビはうつむき、首を振る。
「ビビ、」
「・・・ごめんなさい」
言えない・・・。
(そうやって、ヴァルカン山岳兵団の【彼】にも捨てられたんでしょう?)
フジヤーノ嬢の言葉が、ビビの心に突き刺さる。
(所詮、あなたも母親と同じなのよ。どちらとも選べないまま、どちらにも捨てられて)
(そうやって【時の加護】から逃れることはできず、娘に引き継いでもその娘もまた同じことを繰り返していくのね)
「・・・っ、」
ズキリ、と胸が強く痛み、ビビは唇をかみしめる。
"どちらとも選べず"と言っていた。
母親も・・・オリエも。また、選択肢を求められていたのだろうか。
(私は、その輪廻から解放してあげられる存在なのに)
解放・・・?
それは、GAMEの強制力により、フジヤーノ嬢とカリストが結ばれることを前提としているのだろうか。
大地の守護龍アナンタ・ドライグとの誓約で、この箱庭は《アドミニア》の管理から切り離されているはずなのに・・・?でも、あのオリエに酷似した少女はオリエの願いにより存在しているのだ、と。
もし、彼女がカリストと結ばれることにより、ビビが、オリエの魂が【時の加護】から解放されるのだとしたら?
すっと心が冷える。まるで水を浴びせられたように。
そんなの、嫌・・・!
無意識に心の中で叫び、そして、その声に愕然とする。
あ・・・
「ビビ?」
カリストの手が伸び、そっとビビの頬に触れる。
「どうした」
「・・・」
動けなかった。心配そうな視線を感じながら、顔をあげることができない。
わたし、嫌、なんだ・・・
ストン、と何かが心の中に落ちてくる。
欠けたパズルのピースがぴったりはまるような感覚に、ビビは息を飲む。
フジヤーノ嬢と、サルティーヌ様が結ばれるのが・・・嫌なんだ。
例え、それが母親であるオリエ・ランドバルドの願い、であったとしても。
わたし・・・サルティーヌ様のことが、
でも、
ビビはゆっくり首を振る。
駄目、言えない、そんなこと。許される、わけがない。
わたし・・・国を出るのに。娘、である限り・・・サルティーヌ様を好きになる資格、なんて・・・
「ビビ」
カリストの指先がゆっくりビビの目尻をなぞる。
濡れた感触に、ビビはそこで自分の頬を静かにつたう涙に気づく。
「泣き虫」
「・・・泣いてない」
ぐっ、とお腹に力を入れて、これ以上涙を見せないように唇を噛みしめ、目を伏せる。
そんなビビを見つめ、カリストは小さく息を落とした。
「泣いてるくせに。今も、辛くて悲しくて、助けてほしいって顔している」
「ちが・・・う」
背けようとした顎を、カリストの指が捕える。
そのまま壁に押さえつけられ、逃げ場を失った。
「サルティーヌさ・・・」
「そうやって、いつもごまかすんだ」
カリストの目がまっすぐビビを見つめる。
「そうやって、いつも一人で抱え込んで、自分の心すら欺いて・・・何になるわけ?」
「・・・えっ?」
口調は厳しいながら、瞬きするビビの頬を包み込む手のひらは、驚くほど温かくてやさしかった。
「ビビ、」
ゆっくりと宥めるように。小さい子供に言い聞かせるように、ビビの目を覗き込むカリスト。
「一度でいい、言ってみろよ。本心を」
何がビビを頑なに、そこまで他人を拒ませているのか。
そんな縋る目をして、どうして何でもないと笑うのか。
知りたい。ビビのことが。
触れて、抱きしめて、護ってやりたい。
ーーーーその心が欲しい、と自分の中に芽生えた執着を自覚したのは、いつだったのか。
「本心、なんて・・・」
戸惑い震えるビビの声に重なる、カリストの声。
「泣くほど辛いなら、」
そっと耳元に唇を寄せ、囁いた。
「堕ちろよ、俺に」
「・・・っ、」
「身も、心も、全部」
そしたら、とゆっくり目尻を指先でなぞられ、まるで壊れものを扱うように、そっと抱きしめられる。
労わるように指先がそっと髪をすく。撫でるように、そのまま大きな手のひらが首の後ろを包み、こつりと額が重なり合った。
「俺が、護ってやる。お前が背負っているものから全部」
「・・・!」
びくっ、と身体を震わせるビビ。
ぶわり、と涙が浮き上がり視界が揺れる。
それは、ずっと求めていた言葉、だったから。
ああ、お願い---助けて、どうか
欲しくて、でも赦されないと、ずっと堪えていたから。
誰か---わたしを、救い出して・・・この魂の呪縛から
あまりにも自然にカリストの声が、するりと心に入り込んできて、拒む余裕さえなく。
震える両腕が持ち上がり、カリストの背中に触れ・・・抱きしめ返そうとして、
「・・・、」
寸でのところで、ぐっ、と拳が握りしめられる。
「だ、め・・・」
首を振り、ビビは呟き、顔を覆う。
「どうして?」
カリストの腕がビビの腰を抱き寄せる。ビビはカリストの胸に顔をうずめ、更に首を振った。
「・・・言えない。でも、駄目なんです・・・」
その声は涙まじりで震えている。
「わたし・・・っ」
ビビはうつむいたまま、両腕で自分の身体を抱くようにする。
「わたし、来年の春にはこの国を出ていくんです」
絞り出すようなその声に、ぴくり、とカリストの片眉が反応を返す。
「ごめんなさい」
ビビは声を振り絞る。
「こんな風に、あなたと・・・皆と深く関わるつもりはなかった。関わっても、ちゃんとお別れできるはずだった。・・・結局逃げるんです、わたし。だから、卑怯だって非難してもいいです。でもお願い・・・」
ビビは顔をあげる。深緑の瞳には涙があふれて、零れ落ちる。
「これ以上、入ってこないで。残ろうとしないで。じゃないと、わたし・・・っ」
カリストは黙ってじっと震えながら拒むビビを見つめる。
少し前・・・ベティーロードの酒場で酔いつぶれて。そのまま二階の宿の部屋で寝かされた夜に見た夢を思い出していた。
金色の髪の老齢の女性もまた、こんな風に縋って泣いていた。
助けて、と心で叫びながらも救いを拒絶して。
"オリエ"と呼ばれたその女性は、歳は違えどフジヤーノ嬢の面影を宿していたが・・・泣き顔と纏う雰囲気はビビそのもので。
夢の中の男は・・・カリスト、と呼ばれていた。
女性をオリエ、と呼び抱きしめて、愛していると囁いて。でも、どこか諦めているような冷めた口調で。
あれは、未来の、自分なのだろうか?
では、あの女は・・・?
ふ、と息を落とす。
「わたし、・・・なに?」
低く告げられぐいっ、と腕を掴まれて抵抗出来ないまま引き寄せられる。
顔を伏せようともがけば、抱きすくめる腕を解いて顎を上げさせられる。
「サルティーヌ様・・・!」
少し怯えた表情で自分を見上げるビビを見返し、違う、とカリストは思う。
あの男は自分ではないし、女はビビではない。
俺は・・・惚れた女を手放す愚かなことはしない。
かつて、ビビの幸せを願い、身を引いたフィオンの二の舞など踏まない。
手放すくらいなら、
「・・・いいよ」
共に堕ちることも厭わない。
カリストは口端をあげる。どこか挑むような、その強いまなざしに、ビビは息を飲んだ。
「なら、俺を本気で拒んでみろ」
「なに・・・を」
そっと唇を柔らかな舌でなぞられて、ちゅ、と口端を甘く吸われた。ビビは目を見開いたまま、抵抗を失う。
「・・・っ、」
するり、とゆるんだ唇を割って舌が入り込み、舌を絡められる。深く口中を圧迫する質量に、ビビの顔が苦し気に歪み、息が漏れる。突き放そうとした腕の力をもろともせず、上げさせた顎を逆へ傾けた。角度を変えてまた深く口づける。
「・・・は・・・っ、」
なぜ、拒めない・・・?
息がうまく吸えなくて頭がくらくらして、足元がおぼつかない。無意識にビビはカリストにしがみつく。
パサリ、とフードが取り払われ、カリストの指先が長い髪を大きくすき、視線が絡まり合う。青い綺麗な目に、少し息があがって熱を帯び、ぼんやりとした自分の顔が映る。ビビがなにか告げるのを拒むように、再び重なる唇と触れあう舌。
カリストは頬に軽く両手を添え、時折髪を優しくすくのみで。
突き飛ばすのも、身を捩って逃げるのも簡単なはずなのに、ビビの手は反して、すがるようにその背中を這っていた。
腰が砕けそうになるほどのキスを繰り返し、ついにビビの膝が折れると、カリストはその腰を抱えた。
とん、と壁に押し付けられ、漸くカリストの唇が離れる。
はぁ、はぁ・・・
「わかった・・・?」
しっとりと濡れたビビの唇を、カリストは親指の腹でゆっくり拭う。
「・・・なにを、?」
息絶え絶えにビビはつぶやく。
「お前も・・・俺が好きなんだよ」
「・・・っ、」
ビビはその胸に震える手をつき、身体を無理矢理引き離す。
ぱん!
乾いた音が響く。
はぁ、はぁ、と息を切らすビビ。
「・・・卑怯者!」
涙が滲む。
無抵抗でキスを受け入れて、感じて・・・まるで、自分の身体じゃないみたいで、羞恥に顔が赤くなる。
「・・・」
「こんなキスするなんて・・・っ、わたし、誰も受け入れるつもりは・・・!」
「悪いけど・・・」
カリストはゆっくりと前髪をかきあげ、少しビビを睨むようにする。
「手遅れだから、諦めて」
「・・・え?」
「綺麗なだけの女には興味はない。捌け口に抱くのはその手の商売の女だけだった。今まで欲しいと思ったことも、自分からキスしたこともない」
「なにそれ、言っている意味が・・・」
小さく呟くと、 ビビはその腕から逃れようともがくが、片腕はまだカリストに拘束されている。
「ここまで言っても、まだわからない?」
「離し・・・」
「お前こそ、俺の本気をなめるな」
掴まれた腕に力がこもり、痛みでビビの顔が歪む。自分を真っ直ぐ見つめる視線にゾクリとする。
「逃がさないから・・・覚悟して」
「・・・!」
耐えかねてどん、とカリストを突き飛ばした。今度は難なく解放される。ビビは身を翻した。
※
なんて、なんてことを・・・信じられない!
走りながらビビは口を拭う。
何度も何度も拭う。
カリストの薄い唇の感触と、少し低めの体温の余韻に混乱する。拭うくらいじゃ、なかったことにできないのもわかっていたけど。
キスされて不覚にも反応してしまった自分に腹がたつ。
フィオンにだって、数えるほどしかキスされたことはなかった。
軽く触れる、慈しむような・・・やさしいキスが好きだった。
でもカリストのキスは・・・
"お前こそ、俺の本気をなめるな"
本気・・・って、なに?
まるで、獲物を狙っている獣のような目だった。無表情から一変して、あの男にあんな激しくて熱い一面があるなんて。
「好きじゃない、これは、違う!あんなキスするなんて、反則だ・・・!」
※※※※※
カリスト、キスの経験ないのに何故上手いのだろう(遠い目)
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