第134話 底知れぬ恐怖

 「カリスト君、ここにいたのね?!」


 背後から聞こえる声に、カリストの背中が大きく反応をする。抱く腕に力がこもり、ビビは苦し気に息を詰まらせた。


 「・・・なんの用?」


 瞬時、カリストから不機嫌全開の黒いオーラが噴きあがる。

 先ほどまでの穏やかな雰囲気が消し飛び、ビビは身じろぎをしたが、カリストはビビを腕に閉じ込めたまま。


 「何の用、ってひどいわ。朝から探していたのに!カリスト君、顔に怪我をしているから、私・・・」


 その声には聞き覚えがあった。


 「・・・って、誰?」

 カリストが抱きしめているビビにようやく気づいたのか、不審げな声がビビに向けられる。

 

 「あら、ランドバルドさん、じゃない。こんなところでカリスト君を捕まえて、何のつもりなの?」

 その声の主であるフジヤーノ嬢の姿を見て、びくり、とビビは身を震わせる。

 まるで、浮気現場をスクープされて責められているようなシチュエーションに、戸惑いを隠せない。

 「何って、」

 「黙れ。お前こそ、何様なんだよ」

 ビビの声に、不機嫌全開のカリストの声が重なる。

 

 「久々の逢瀬を邪魔するな。とっとと失せろ!」

 ちょ、逢瀬って・・・ビビは慌てるも、カリストは動じない。だが、そのカリストの静かな怒りを向けられたフジヤーノ嬢も、まったく動じている様子はなかった。

 

 「あのねカリスト君、彼女はこの国を出る人間、なのよ?」

 宥めるような優しい声で、フジヤーノ嬢は告げる。


 そのオリエと酷似した声に、ビビは身を震わせた。悪寒、といってもいいくらいの嫌悪感に、背筋が冷たくなる。

 変だ、この人の声、なにかスキルの力が働いている・・・?ビビは無意識にカリストの背に回した腕に力をこめる。

 それに応えるように、胸元がポウ、と明るくなった。


 神獣ユグドラシル魔石が、反応している・・・?


 「だから?」

 カリストの声は地を這うように低い。空気が張りつめ、ピリピリしているのを感じる。

 「思わせぶりな態度であなたの気を引いているだけってこと、どうしてわかってくれないの?いいえ、わかっているわよね?それでも構うのは何故なのかしら?ランドバルドさん、あなたカリスト君になにをしたの?」

 いきなり憎悪の念をぶつけられ、ビビは言葉に詰まる。

 「・・・え?」

 「ほんとう、中途半端な態度!イライラするわ」

 はっ、とフジヤーノ嬢は肩を軽くすくめ、腕を組んでみせた。

 

 「そうやって、どっちつかずな態度を取って?ヴァルカン山岳兵団の【彼】にも結局は捨てられたんでしょう?そうそう、"もう一つの箱庭"の元婚約者の【彼】もずっとあなたを信じて待っていたのにね。今回はそれをやり直す機会を与えられたのに、手放すなんて愚かとしかいいようがないわ」

 「・・・っ、」

 「所詮、あなたも母親と同じなのよ。どちらとも選べないまま、どちらにも捨てられて。最後は孤独のまま死んでいく。そうやって【時の加護】から逃れることはできず、娘に引き継いでもその娘もまた同じことを繰り返していくのね。まったく、血は争えないわ。バカみたい」

 

 容赦ないフジヤーノ嬢の言葉に、ガタガタ震えるビビの身体を護るように、カリストはもう一度抱きしめ直す。

 「私は、その輪廻から解放してあげられる存在なのに」

 「黙れ」

 カリストはフジヤーノ嬢を睨みつける。

 「カリスト君、聞いて、私は・・・」

 「うるさい!」


 バシッ!


 カリストの"気"が爆発し、フジヤーノ嬢の足元の地面が弾ける。

 小さい悲鳴をあげて、フジヤーノ嬢は後ずさった。


 「ひどいわ!カリスト君、何を」

 「それ以上口を開いたら、次はお前の顔を狙う」

 「・・・!」

 「やめて、サルティーヌ様、駄目!」

 本気でフジヤーノ嬢を害そうとせんばかりの気迫に、ビビは正気に戻りあわててカリストの袖を引く。

 

 「相手は一般国民です。騎士団が手をあげては・・・」

 「もう、邪魔ばかりね!あなたって」

 イライラしたように、フジヤーノ嬢が割って入ってくる。驚いてビビが視線を向けると、綺麗に弧をかいた眉を盛大に寄せて、美少女とはいえない形相でこちらを睨んでいる。


 まさか、この人ワザとサルティーヌ様を怒らせて・・・?


 「あなたを手に入れられるなら、こんな顔どうなったっていいわ」

 うってかわりカリストに目を向け、ふふっ、と可憐な笑みを浮かべたフジヤーノ嬢に、ビビは心底恐怖を覚えた。


 こわい・・・

 こわい、この人、底が知れない・・・


 これが、強制力、というものなのだとしたら。


 パアアッ!

 ビビの胸元の魔石が強い光を放つ。


 「・・・え?」

 ビビとカリストは驚いたように、魔石に目を落とす。

 フジヤーノ嬢はチッ、とわかるような舌打ちをした。


 「ほんと、邪魔な神獣・・・こんな女、護る価値すらないのに・・・!」


 ビビにだけ届くその声に、ビビはギョッとしてフジヤーノ嬢に目を向ける。

 フジヤーノ嬢は忌々しい一瞥をビビに返し、そしてカリストを見ると


 「いいわ、どちらにしろ時間が解決することだもの。私、今日は帰るわね?カリスト君、またね?」


 そう告げて、ほほ笑む。

 でもその笑みは・・・最初会った、ガドル波止場で見せた、オリエそのものだった穏やかな優しいほほ笑みとは違い、

まるで毒婦のような禍々しい妖艶な笑みだった。

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