第133話 触れてみてわかること

 「喧嘩したの?カリストと」


 背後からいきなり声がかかり、ビビはビクッと肩を震わせた。

 恐る恐る振り返ると、呆れたようにファビエンヌが腕を組み、ビビに視線を送る。

 「・・・なぜ、」

 「逃げているじゃない。言っておくけど、バレバレよ?」

 ダンジョンの討伐から第三騎士団が帰還した、とベティーから聞いていたが・・・ビビはカリストには会わずにいた。


 先日のベティーロードの酒場での件で、デリックからお礼をしたい旨の連絡を受けたが、仕事を理由に断り・・・なるべくガドル王城と騎士団管轄エリアには近づかぬよう、カイザルック魔術師団管轄のダンジョンにラヴィーを同行させて探索採集をして数日が経過。

 そして今日、捕まらないビビに業を煮やしたのか、カリストが魔術師会館を訪れたらしいが、ビビは居留守を使って裏の花壇に隠れていて・・・ファビエンヌに見つかる、という。


 「表向きは、回復薬の補給らしいけど。どう見てもあなたへ会いにきたんでしょ?長期遠征でずいぶんくたびれていたわよ?お疲れさまくらい言ってあげればいいのに」

 「・・・」

 ファビエンヌは口を閉ざしたまま黙り込む、その頭をポンポンと宥めるように叩く。


 「喧嘩は・・・していません」

 ビビはポツリ、と呟く。

 「わたしの気持ちの整理ができていないだけで・・・」

 「気持ちの整理?」

 「これ以上、深入りするのやめるべき、と思って。その、サルティーヌ様には・・・この国で然るべき女性と出会って・・・」

 「あらあら」

 ファビエンヌは噴き出した。

 「何を深刻に悩んでいるのかと思えば・・・まさか、"フジヤーノ嬢"になにか言われたのかしら?」

 あまりの図星に、ビビはぐっ、と言葉に詰まる。

 「カリストがあの女子にまったく興味ないことくらい、あなただって見ていてわかるでしょう?何をそんなに気にするの?」

 「それは・・・」

 良かった、とほほ笑み、ファビエンヌはビビの背後に目を向ける。


 「なに拗れているかわからないけど?あなたたち、ちゃんと話なさい?会話が足りなさすぎるわ」

 あなたたち、と言われ、ビビはびっくりして慌てて後ろを振り返る。


 「さ、サルティーヌ様・・・」

 裏庭の入口の柱に寄りかかり、カリストが腕を組んで、こちらを見ている姿が飛び込んでくる。

 今日は休みなのか、いつもの鎧は身に付けておらず。目新しい白い団服姿だ。

 ビビと目が合うと、不機嫌そうに眉をわずかに寄せた。それにヒヤリとして縋るようにファビエンヌに視線を戻す。

 「ファビエンヌさん、」

 「あのね、ビビ」

 ファビエンヌは軽く肩をすくめ、そっとビビの耳元で囁く。

 「わからないなら、触れてみなさい?そうしたら案外見えてくるものよ」

 「え・・・?」

 見返すビビにキツネ顔の笑みを見せ、ポンと肩をひとたたきしカリストへと振り返る。

 「あとはよろしくね?一時で師団長がお戻りになるから、見つからないように、出ていって」

 「ありがとうございます」

 カリストは軽く会釈をした。


 *


 ファビエンヌに諭されては、逃げるわけにもいかず。

 ビビは観念してカリストに連れられて、魔術師会館を後にした。


 「あの・・・」

 カリストに手を引かれ、戸惑いながらビビは声をかける。

 「なに?」

 「その、手・・・離していただけると」

 「駄目。お前、逃げるから」

 即、却下される。すれ違う人たちは、手をつないで歩く二人の姿に、驚いたように振り返る。若い女性は声をあげ、恨めしい視線を遠慮なくビビに飛ばしてくる。それを背中にひしひし受けながら、ビビはため息をついた。


 もう、これ以上目立ちたくないのに・・・


 「あの、怒っています・・・?」

 「何に対して?」

 カリストは足を止める。振り返り、ビビを見下ろす。

 久々に目を合わせ、ビビは戸惑う。

 相変わらず表情は乏しいが、怒っているようではない。

 ファビエンヌの言う通り、少し痩せただろうか?ずいぶん大規模な討伐だった、と聞いている。見たところ、特に怪我をしている様子はないけど・・・思いふと、端正な顔のこめかみを走る薄い傷に気づく。ビビは思わず手を伸ばした。

 

 「怪我を」

 え?と首を傾げるカリストの手を引き、治療の為に人混みを避けて路地裏へ向かい、ベンチに座らせる。

 「じっとしていてください」

 言って、そっとこめかみに指先をあてる。

 ポウッと指先に薄い光が灯り、傷口がみるみるふさがっていく。

 カリストは目を細め、真剣な顔をして集中するビビの顔を見つめた。

 

 「・・・珍しいですね。サルティーヌ様が怪我、なんて」

 魔獣からではなくて良かった、と息を落としビビは呟く。ハーキュレーズ王宮騎士団管轄のダンジョンの魔獣は、全身凶器であり。牙や爪や体液に至るまで猛毒が含まれているという。

 スキルで視る限りは、傷口は単なる植物か枝の擦り傷のようだった。

 

 「大げさだな。魔獣ならもう壊死している」

 可笑しそうにカリストは言う。

 「それでも!その傷口からなにが感染するかわかりませんから、注意してください」

 何かあったら、どうするんですか!と口調を強めるビビに、カリストは更に笑みを深くした。

 「もう、なに笑って・・・」

 「いや、お前に心配されるなら、怪我も悪くないな、と・・・」

 「・・・っ、」

 思わずビビは赤くなり視線を逸らす。引きかけた手をカリストの手が素早く捕えた。

 立ち上がりざま、そのまま手を引かれてバランスを崩し、ビビはカリストの胸にぶつかる。

 「きゃ・・・、」

 背中に腕を回され、抱きしめられた。


 「さ、サルティーヌ様・・・っ、」

 「おまじないの補給」

 ぎゅ、と腕に力がこもり、カリストはビビの頭を自分の胸に押し当てて囁く。

 「うっ・・・」

 思わず身を固くするビビの背を、カリストの手がゆっくり撫でた。宥めるように、安心させるように。ぽんぽん、と軽く叩かれて目を見開く。自分ばかりパニックになっているようで、なんとなく気恥ずかしい。

 

 「もう、子供あつかいしないで、」

 「してない」

 言って、改めてカリストはふわり、とゆるくヒオリを抱き締め直した。

 「こうしてお前に触れて・・・無事戻れたんだなって実感して、感慨に耽っているとこ」

 ふう、と頭上で落とされるため息に、ビビは身じろぎをする。

 「・・・大変だったんですか?」

 「うん、今回は・・・ちょっとしんどかったかな」

 「そう・・・ですか」


 髪を撫でてくれる指先が気持ち良い。

 ほ、と緊張していた息を吐き、ビビの身体の力がぬけていく。気づけば自らカリストの背に腕をまわし、抱きしめ返していた。


 "わからなかったら、触れてみればいいのよ"

 ファビエンヌの声が脳裏を過ぎる。

 わからない、でもこの胸の中は心地良くて、安心する・・・。


 ・・・あったかい


 「あの・・・」

 おずおずとビビはカリストに声をかける。

 「ん?」

 視線を感じたが、顔をあげる勇気がなくて。ビビはそのままその広い胸に顔を埋める。

 「・・・おかえりなさい」

 無事で良かった。

 バツが悪そうに告げるビビのくぐもった声に、頭上のカリストが小さく笑う気配がした。背中に回された腕に、わずかに力がこもる。

 「ただいま」


 暫く二人で抱きあったまま、じっとしていた。

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