第132話 働く強制力
秋も深まる夕暮れ。
陽もだいぶ短くなり・・・夕方になると急に冷え込んでくる。
秋は寒いけど、実りの秋と言うだけあって、メイジという魚をすり身にして鍋にして煮込んだ料理や、ホットワインが美味しい季節だ。
イレーネ市場にも、新カオカの実をローストして作られたチョコブロックが並びだす時期でもある。
甘いものに目がないリュディガー師団長にチョコナッツタルトのリクエストを受けて、イレーネ市場でチョコブロックと、ココの実を購入。
なんとなく海が見たくなって、そのまま市場を抜けてガドル波止場へ足を延ばした。
ふいに人々が行き交う雑踏で、ハーキュレーズ王宮騎士団の団服の色が見えると、無意識に目で追ってしまう。
最近、騎士団管轄のダンジョンで、魔界ゲートが頻繁に解かれて魔獣があふれている情報が入り、カリストが所属する第三騎士団は討伐に駆り出されているらしく、ここ数日姿を見ていない。
このまま増える傾向ならば、カイザルック魔術師団やヴァルカン山岳兵団からも、支援討伐部隊が派遣される可能性がある、とファビエンヌが言っていた。
数日前に会ったカリストは、トラブル?に巻き込まれてだいぶ疲れていたようだが、大丈夫なのだろうか。
「・・・回復薬渡せばよかったな」
おまじない、なんて気休めなことしないで、ちゃんとケアしてあげればよかった、とビビは思う。
カリストは強い。わかってはいるけど・・・。
クッキー焼いてまた差し入れようかな。
それとも、チョコナッツタルトの方がいいかな。
欄干に手を乗せ、ぼんやり夕日の沈む地平線を眺め、ため息をついていると。
「こんにちは」
後ろから声がかかり、振り返ったビビは思わず目を見開いた。
「フジヤーノ、さん」
そこには、見慣れたガドル国民服を身にまとった、ペコ・フジヤーノ嬢が立っていた。
「こんなところでぼやぼやして、一体いつになったら出国するんですか?」
目があうと、フジヤーノ嬢はにっこりとほほ笑む。
あまりにあどけない笑顔と、突き放したような物言いのギャップに、ビビは一瞬思考が止まる。
「出国って?」
「言葉通りです。あなた、旅人でしょ?帰化するつもりもないくせに、いつまでここに滞在されるのかと思って」
「・・・あなたになんの関係が?」
ビビはわずかにこみあげる不快感を押さえ、冷静にきつい口調にならないよう気をつかいながら答えた。
フジヤーノ嬢は困ったように笑う。
「あるわ。だって私、迷惑しているんだもの」
「??」
「あなたがいつまででも未練がましくズルズルこの国にいてくれるおかげで、計画が狂っているの。本来なら、私はもうカリスト君とデートしている仲になっているはずなのに、」
「待ってください、・・・すみません、言っている意味が」
戸惑いながら遮るビビに、フジヤーノ嬢の口元が歪む。ビビはその表情を見て、不快感を押さえることができなかった。
オリエの顔で・・・オリエの声で。
そんな蔑んだ表情で、相手を見下すような言い方をするなんて。
「・・・あなた、何者?」
気づけばそう問いかけていた。
オリエじゃない。
《アドミニア》であった自分が育てたオリエは、そんな顔はしない。
「わからないの?」
ふん、とフジヤーノ嬢は吐き捨てるように言い、ビビを見据えるようにする。
「私は、カリスト君と結ばれるために旅をしてきたの。それは、あなたも望んだことでしょう?」
「・・・え?」
「オリエ・ランドバルド」
告げられた名前に、ビビは息を飲む。
「私は、オリエ・ランドバルドの望んだ人間よ。私は、彼女の代わりに・・・もう一度カリスト君とやり直すために来たの。以前の彼女は・・・"龍騎士の始祖"なんて称号を受けて、女として妻として生きることを許されなかった。その不幸で愚かな人生を、もう一度やり直すことが、私の使命」
「何故それを・・・」
「それを私に聞くの?"
呆れたように言われ、ビビは息を飲む。フジヤーノ嬢は馬鹿にしたようにビビを一瞥する。
「私の存在は、オリエ・ランドバルドに望まれたのよ。彼女の望みで作られたのが私。そしてこの箱庭なの。だから、邪魔しないで?いくらあなたが彼女の娘だからって。カリスト君とあなたは血のつながった父娘じゃない。見ていて気持ち悪いわ」
「・・・っ、」
ずきり、と胸を刃物でえぐられたような痛みが走り、突き付けられた現実に息が詰まる。
父、娘。
そうだ、わたしは・・・
(こんな力、いらなかった・・・)
(もっと普通に恋して、結婚して、子供育てて・・・成長を見守りたかった)
目の前のオリエの姿そのもののフジヤーノ嬢に、魔力はまったく感じられない。
普通の、18歳の少女だ。まさに、オリエが望んだ・・・。
ズキズキ・・・
「もう一度言うわ。私の邪魔はしないで、おとなしく国を出て行って?あなたがいると・・・この国の、時のレールが歪んでしまうの。いいえ、もうかなり歪んでしまっているわ。早く正しい位置に戻さないといけないの」
フジヤーノ嬢はビビに近づき、真っ青なその顔をのぞき込むようにすると、にっこりとほほ笑みかけた。
「あなたも"母親"であったオリエ・ランドバルドの願いを叶えたいんでしょう?私の言っていること、わかってくれるわよね?」
「・・・」
ふふふ、と可憐に笑い、踵を返すフジヤーノ嬢。金の髪が揺れて、帰り道を急ぐ人々の雑踏の中へ消えていく。
ビビはその場に立ち尽くし、しばらく動くことができなかった。
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