第130話 心が満たされる①

 フジヤーノ嬢が帰化してから、少なくともビビの周囲はそれほど影響はなかった。

 というのは、フジヤーノ嬢絡みで問題がおきるのは、独身の若い青年が対象で。元々、ビビが身を置くカイザルック魔術師団には、壮年か熟年組みばかりで、独身の若い青年は在籍していない。

 ただでさえ魔術師会館に引きこもって、必要以上外部とは接触しないビビは、巷でそのようなトラブルが起きていることも、その中心にカリストやジェマがいる、なんてことは知る由もなかった。

 なので、たまたまイレーネ市場にお遣いへ行ったとき、なんとなく市場の人たちの視線を感じるというか、指さされて何か噂されている?程度で。それほど気にはしていなかったのだが。


 「ビビ、おかえりなさい」


 ベティーロードの酒場に戻ると、閉店前の店内はガランとしていて、でも奥には数人の人だかりが。

 ビビはカウンターのベティーに挨拶をすると、その人だかりに目をやる。


 「・・・あれ?ガリガ様?オーガストさんも・・・」


 顔見知りの面々に、ビビが声をかけると、彼らは振り返りビビを見るとホッとした表情を浮かべた。


 「ああ、ビビちゃん!帰ってきた!よかった」

 「お帰り、待っていたよ~」


 「?どうしたんですか?」

 首を傾げて歩み寄り。そしてテーブルに突っ伏している意外な人物を見て、目を見開く。


 「・・・サルティーヌ様?」

 あわてて駆け寄り、そして思わず足を止める。


 「すごい・・・酒くさい、んですけど?」

 びっくりしながらも、顔をしかめ彼らに目を向けると、バツの悪そうな顔をして目を逸らされた。


 「まったく、夕方からずっと呑んでいたのよ、この子たち。カリストなんて荒れて手がつけられなかったわ」

 カウンターから出てきたベティーが呆れたように言う。ビビの知るハーキュレーズ王宮騎士団のメンバーはそろいもそろって、酒豪ぞろいのイメージが強い。少なくとも、カリストが酒に弱いという話は聞いたことがなかった。ここまで酔いつぶれるまで飲むなんて、一体何があったのか。

 「ビビ、悪いんだけど・・・二階の空いている客室、用意してきてくれる?」

 「あ、はい」

 「ベティー、ごめん」

 「仕方ないわ。こんな状態で帰すのも心配だし。あなたたちも帰らなきゃいけないでしょ?」

 彼らの会話を聞きながら二階へあがり、空いている部屋・・・自分の借りている隣の部屋しか空いていなかった。へ入ると、窓をあけ換気をして、ベットを整える。階段を上る足音が聞こえ、デリックがカリストを背負って部屋へ入ってきた。


 「いい?」

 「あ、はい。こちらに」

 ベットの掛布団をあげると、デリックはやや乱暴にカリストをベットに座らせる。

 ギシッ、とベットがきしみ、アレクシスカリストは苦し気にうめき声をあげた。

 「おい、しっかりしろ」

 軽く肩をゆすり、デリックが声をかけるも、

 「・・・気分悪い」

 とつぶやき、目を開ける気配はない。

 「ったく、世話のやける・・・」

 「ほら、腕あげろ」

 デリックとオーガストが二人がかりで、身にまとった鎧を外し、下に着こんだインナーを脱がせる。

 ビビは剣を椅子の背もたれにかけ、少し離れた位置でそれを見守った。

 あっという間に身ぐるみはがされ、ベットに横たえられ掛布団をかぶせられると、カリストは安心したのかそのまま意識を手放したようだった。


 「大丈夫?水、ここに置くわね」

 ベティーが水差しとコップがのったトレイを持ち、部屋に入ってきた。

 「服、洗っておきますね。明日着替えに帰る時間ないでしょうから」

 床に投げ捨てられた衣服を拾い集め、ビビが言うと、デリックとオーガストは申し訳なさそうに頭をさげた。

 「ビビちゃんも、ほんとごめん。今度お詫びするから」

 「あなたたち、コーヒーでも飲んで帰りなさい」

 ベティーに促され、下に降りると、ベティーはコーヒーを淹れるためにカウンターへ。

 ビビは抱えた衣類を籠に入れ、外へ出ようとしたところを二人に呼び止められる。


 「悪いけど、あいつ、頼むね?」

 デリックに言われ、ビビは首を傾げる。

 「朝、ひよっとしたらフジヤーノ嬢の奇襲があるかもしれないから」

 オーガストに苦笑され、ビビは目を瞬く。

 「奇襲??」

 「うん。ここんところ、毎朝毎昼毎晩つきまとわれて、あいつ精神的に参っているんだ」

 「えええ??」

 

 「何故か知らないけど、彼女、犬の嗅覚並にカリストの居場所突き止めるの上手いんだ。どんなに避けていても見つけられて、絡まれる」

 それは初耳だった。本気でなにも知らなかったかのように驚くビビに、デリックもオーガストも驚き、顔を見合わせる。

 ため息まじりに、フジヤーノ嬢が帰化してからの出来事や、もめ事の一連を話して聞かせた。

 さすがのビビも絶句して、言葉に詰まる。

 

 ベティーがコーヒーと茶菓子を運んできた。

 「ずいぶん切羽詰まっているみたいだけど、騎士団ではなにも対策とらないの?勤務妨害に当たるんじゃない?」

 「他の人間に対しては、ただ、笑顔で差し入れてくるだけだからね。食べても問題なさそうだし。カリストだけだよ、あんなしっつこいのは。未だに手料理、玄関に置いていくらしいし」

 「うわぁ~・・・」

 「あ、もちろん口にしないけどね。フジヤーノ嬢じゃなくても、差し入れは頻繁にあるからねぇ・・・基本、なに混入しているかわからないし、鑑定されているとはいえ、気持ち悪いから」

 「・・・・」

 「どうかした?」

 デリックに問われ、ビビは顔をあげる。

 「えと・・・ってことは、フジヤーノ嬢は・・・サルティーヌ様の家にまで押しかけているんですか?」

 「うん。だから今日はここに避難させてやりたいんだ。あいつ、一人暮らしだし」

 なるほど、とビビはちらり、と二階へ目を向ける。

 

 あの、想いが詰まった手料理か・・・と以前カリストが持ってきて鑑定した時のことを思い出す。

 確かに鑑定上は、実害はなかった。だが、あれは・・・口にするとその想いの強さで食べた人間に、なにかしら影響を与えそうな気がする。根拠と聞かれたら答えられないが・・・勘、だった。

 あれは、下手な毒薬や媚薬よりタチが悪いというか、厄介な気がする。そう伝えると、カリストは顔をしかめて、絶対口にしないと言っていた。それを話すと、二人は顔を見合わせる。

 

 「なんか、それって・・・」

 「調べる必要、ありそうだな」

 コーヒーを飲み干し、二人は立ち上がる。

 「明日、もしカリストの家に料理が届けられていたら、確保するから。ビビちゃんもう一回ちゃんと鑑定してもらえる?カイザルック魔術師団に再依頼出しておくから」

 「え・・・でも」

 ビビは慌てる。あくまでも根拠のない推測なのだ。それに人を動かすというのは・・・。

 「ビビ、俺たちもいい加減参っているんだよね。フジヤーノ嬢に」

 「天真爛漫といえば聞こえはいいけど、ありゃ単なる好意の押しつけだよ。」

 デリックはビビの頭を撫でる。

 「ビビちゃんも気を付けて。カリストやジェマと関りが強いってだけで、本当なら十分嫌がらせされていいレベルなんだから」

 「・・・・」


 コーヒーごちそうさま、とベティーに挨拶をし、二人は店を後にした。

 二人を見送り、カウンターに戻ると、ベティーの片づけの手伝いをしながら、ビビは先ほどの会話を思い返す。

 しばらくとりとめのない話をしていたが、


 「・・・不思議なのよね」


 ベティーの呟きに、ビビは顔をあげる。

 「不思議?」

 「ええ。通常、国外から入国した旅人は、まずここに来て・・・大抵は間をあけて再出国するか、もしくは帰化するまでここの宿か他の宿に長期滞在するのよ」

 ビビはうなずく。GAMEではベティーの指示をあおぎ、ある程度一人で国を歩けるようになるまで、ベティーや王立図書館の司書のアランチャから依頼を受けてこなしながら、お金を貯めていくのが一連の流れだ。

 

 「彼女ね、最初はこの宿に来たんだけど・・・なんか、この国のこと把握しているみたいで、全部"それ知っているので結構です""必要ありません"ってことごとく突っぱねられてね。宿だって一泊したきりで、帰化するまでどこにいたのかも不明だし・・・アランチャが言うには、そうそうに友人?を作って渡り歩いていたそうだけど。それにね、なんというか、随分早かったのよね、帰化するまで」


 ガドル王国に帰化するには高額なお金必要だ。その金額は、短期間日銭だけで稼げるような額ではないし、ましてや成人したての青年が懐にいれて持ち歩けるような額でもない。彼女が一体どうやってその額を準備できたのか。


 「聞けば、カリストを追って、探して旅をしていたって言うし。カリストを運命の人だ、とか言い切るところが不思議」

 「・・・」

 ビビはうつむき、カリストの衣類が入った洗濯箱を見つめる。水の魔石をつかって、クリーンのスキルを使って、汚れを落としていく様を眺め・・・あの日、フジヤーノ嬢と初めて出会った時のことを思い出していた。


 "会えた!やっと会えたわ!カリスト君、私、あなたに会うために旅してきたのっ!"


 オリエと酷似している、金髪の少女。

 まるで、GAME設定を把握しているような、言動。


 先見のスキルを持ち、女神ジュノーから与えられた魅了のギフトで次々と独身男性を射止める、美貌。

 いや、あれはギフトというよりも…手料理を鑑定した時に感じた違和感は、ビビも把握できぬ魅了のスキルのひとつが使われているのかもしれない。


 *


 綺麗になった洗濯物をたたみ、ビビはベティーに挨拶をして二階にあがる。

 そっとカリストの眠る部屋へ入り、椅子に洗濯物を乗せた。


 「・・・ず」


 かすれた声にビクリ、と肩があがる。

 「水・・・」

 振り返り、ベットをのぞき込むと、苦しそうに眉を寄せるカリストの寝顔。

ほ、と息を吐いて、ビビはコップに水を注ぎ、はっとした。

 「・・・って、どうやって飲ます?」

 起こすか?いや、でも・・・


 「水・・・」

 苦し気に催促する声に、ため息をついた。


 目、覚まさないでよね?


 ベットの前に膝をつくと、カリストの首の後ろに腕を通し、軽く抱き起した。

 わずかに開いた唇に、水を含んだ自分の唇を重ねる。舌で歯を薄くこじあけるようにして水を流し込んだ。

 「・・・・」

 こく、と喉が鳴る。

 ぴくっ、と伏せたまつ毛が震える。

 続けて二回、口移しで水を飲まし。ビビは身を起こすと、親指の腹で濡れた唇をそっとぬぐった。

 少し温度低めの、薄い唇。


 フィオンと別れて、身も心も荒んでいたビビに、そっと寄り添い不器用ながら慰めてくれた日を思い返す。

 あの時、不意をついて触れられた唇。

 びっくりして思わず涙が引っ込んでしまったビビに、見せた柔らかい笑み。

 あまりにも温かくて、優しくて。負けるな、と背中を押してもらえた気がして。


 「相変わらず、腹がたつほど・・・寝顔まで綺麗なんだから」

 つぶやき、唇をぬぐった指先をそのまま額まで滑らし、そっと前髪をかきあげる。

 少し癖のある黒髪が柔らかく指を通る感触に、笑みが漏れた。

 疲労の色が濃く、目の下にはうっすら隈も見える。少し痩せた頬のラインを指先でなぞり・・・

 普段の自分なら、こんなこと絶対しない自信はある。でも、今は・・・。


 こつ、と自分の額とカリストの額を重ね合わせ小さく呪文を唱える。

 ポウッと白いやわらかな光が灯り、カリストの額に消えていくのを見届け、ビビは立ち上がった。


 「おやすみなさい。いい夢を」

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