第129話 ペコ・フジヤーノという女②

 「カリスト君!このたび、このガドル王国の国民になりました!よろしくお願いします」


 北の森の討伐を終わらせ、デリックやオーガストと一杯やろうかと話をしていると、後ろからいきなり衝撃とともに、金色の髪の女が抱き着いてきた。

 最初こそ、その光景に騎士団の同僚はかなりびっくりしていたが、最近は見慣れたせいかスルーされる。

 不思議なことに。この女に関してはどうしても気配を読むことができない。

 毎度背後を許してしまう自身に、イラついて仕方が無かった。


 「そうなんだ、これからも頑張ってね」

 

 無視をきめこんでいるカリストに、デリックは苦笑いしてフォローを入れる。

 一方カリストは無言でフジヤーノ嬢を引きはがす。

 最初は"ひどい!"と泣いていたが、慣れてしまったのか、引きはがされても笑顔でそのままカリストの腕にしがみついてくる。

 

 本当に、どうにかしてほしいこの女。

 イライラしながら腕を振りほどき、歩き出した。

 

 「お仕事お疲れ様です!これから、飲みに行くんですよね?私もご一緒していいですか?」

 屈託なく笑うフジヤーノ嬢に、オーガストは苦笑い。デリックはため息をつく。

 「悪いけど。他にも約束しているんだ。遠慮してくれる?」

 「え~私は平気ですよ!人数多いほうが楽しいです」

 「いや、男ばかりだし・・・」

 「じゃあ、なおさら女の子いたほうが良くないですか?」

 駄目だ、言葉が通じない・・・デリックは無言を貫いている二名に視線を送るも、目をそらされる。こいつら・・・


 「お前、頭沸いてるの?言葉の意味、わかってる?」

 あまりのしつこさに耐えかね、カリストはフジヤーノ嬢を無表情に見下ろす。

 「え?」

 「迷惑なんだよ。ついて来るな。なれなれしく触るな。お前、気持ち悪いんだよ」

 「カリスト君・・・そんな」

 カリストに暴言を吐かれて、泣き出すのも日常茶飯事になりつつあり。それを無視してカリストはとっとと歩き出す。

 デリックが振り返ると、数人の騎士団の連中が集まって、慰めているのが見えた。


 *


 「疲れた・・・」

 

 思わずつぶやいた声に、オーガストが同情するように肩をたたき、グラスに酒を注ぐ。

 「なんだろうね?あの娘・・・変わっているというかなんというか」

 可憐で護ってあげたくなるような美少女、なのは認めるが。カリストに行き過ぎたあの執着はどこから来るのか。

 

 「毎度城の前で待ち伏せされて、抱き着かれて、通じない会話を交わして・・・ダンジョンで魔物とやりあっているほうが、はるかに気が楽だ」

 さすがに自宅まで押しかけてはこないだろうと思っていたが、考えが甘かった。

 毎日帰ると、玄関のドアの下に料理の入った籠が置かれている。

 気持ちが悪いので、即カイザルック魔術師団へ鑑定を依頼すると、さすがに薬の類のものは混入されていなかったようだが、担当してくれたビビ曰く"なんか想い?がつまりすぎて・・・鑑定するほうが切なくなります"と、きた。


 「ほんと、勘弁してくれ」

 「そもそも、彼女は元々旅人だろ?カリストとは初対面のはずなのに、しょっぱなから"あなたと結ばれるために来たのぉ♡"だぜ?ありゃ、なんか質の悪い予言かお告げに洗脳されて、お前を探して旅していたっぽくないか?」

 グラス片手にしなってみせるオーガストに、カリストから不機嫌オーラが全開する。

 「モノマネするな。お前でも本気で斬りたくなる」

 「おいおい」

 「どちらにしろ、これ以上暴走しないよう、なにか対策練らないとなぁ」

 冗談の通じないやつめ、とオーガストがため息をつく。

 

 「無駄に顔は可愛いから、あれで騎士団や近衛兵の独身連中から好かれているみたいだぜ?なんでもカリストを巡って、ビビに嫌がらせされているとか、タチ悪い噂までたっている」

 「・・・なにそれ」

 カリストは顔をあげる。

 「カリストに冷たくされているのは、ビビが良からぬことを吹き込んでいるからだって」

 

 チャキ、と片手でテーブルに立てかけた剣を手に取ったカリストの手首を、デリックがあわてて掴む。

 「ばか!剣から手を離せ!オーギュも刺激すんな!」

 「大体、お前がいつまででも手ごね引いているから悪いんだろ」

 珍しくオーガストが引かずに言葉を続ける。

 「さっさとビビをモノにしてりゃ問題ないのに、無関心なフリして中途半端な距離をとっているから!あれじゃフジヤーノ嬢にいいように噂広げられて、ビビの立場がどんどん悪くなるんだぞ?」

 「くっ・・・」

 カリストは言葉に詰まる。


 *


 「そうですわ!わたくしも、いい加減腹に据えかねていますの!」


 突然降ってきた声に、一同顔を上げる。

 テーブルの前に、手を腰にあて。参上!とばかりに視界に飛び込んでくるのは・・・

 

 「・・・エリザベス嬢」

 「ごきげんよう。皆さま」

 エリザベスは優雅に礼をとり、にっこりとほほ笑む。

 以前、不法な美容商品の輸入でひどい目にあったせいもあり、以前のような悪役令嬢風な気高さや、我儘な押しつけがましい雰囲気はない。が、自他共に認める美貌は健在のようで・・・微笑みは大輪の薔薇のごとく。登場とともに周囲の男どもの視線を釘付けにしている。

 がしかし、カリストは顔をしかめる。ここにきてまた更にこの苦手な女に絡まれたら、もうイライラMAXで自分を制御できる自信がない。


 「珍しいね。一人?」

 デリックに問われ、エリザベスは首を振った。ちらっと視線を向けた方向のテーブルに、見知らぬ若い男が座っていて、こちらと目が合うと軽く会釈をする。

 「まさかデート?」

 会釈を返し、オーガストが尋ねると、エリザベスは僅かに頬を赤らめ、綺麗な笑みを浮かべた。

 「うふふ。フィアンセです。このたび、婚約しましたの」


 「「「ええええ???」」」


 今やフジヤーノ嬢がぶっち切りでカリストにまとわりついているが、エリザベスも過去負けじ劣らずカリストに絡んでいた女性の一人だったため、そのいきなりの婚約宣言は彼ら、及び周囲の男どもに衝撃を与えた。

 動揺のあまり、あちらこちらでガシャン、とカップを取り落とす者、食べた物を噴く者、ショックのあまり雄叫びをあげて店を飛び出す者・・・。

 一瞬にして、店内は阿鼻叫喚状態となる。


 「そりゃまあ・・・おめでとう?」

 「何故、疑問形ですの?」

 「いや、変わり身が突然すぎて、びっくりしちゃって」

 オーガストはしどろもどろ、苦笑しながら首を振るのを、フォロー下手くそな奴め、とデリックは心の中で呟く。が、エリザベスはたいして気を悪くしていないようで、そりゃまあ、と美しくほほ笑む。

 

 「カリスト様の事をお慕いしていたのは事実ですわ。でも、人のふり見て・・・とは良く言ったものですわ。あの股ゆるクソ女見ていると・・・今までの自分が恥ずかしくなりまして」

 「股・・・って、何気にすごい暴言吐いているよね」

 「手に入らないものへ、いつまででも未練タラタラ縋るのは、わたくしの美学に反しますの。カリスト様と共に女神テーレの御子として過ごした美しい思い出を心に秘めて、嫁ぐ決意をいたしましたわ」

 「・・・そこは、秘めずに捨ておこうよ」

 「これからは、カリスト様の幸せを願って。人妻としてお力になれたらと思いますわ」

 「・・・いらないから、それ。大人しく人妻でいてくれ」


 ご一緒してよろしいでしょうか?と尋ねられ、戸惑うも・・・"クソ女のことで、フィアンセからお伝えしたいことがあるそうで"と言われ、実害はないだろうと判断し、承知する。エリザベスはフィアンセの青年をテーブルに呼んだ。


 *


 青年の名は、エルナンド・ウインターズ。ジュノー神殿で主に司祭のサポートと、住民管理をしている役人であるという。

 カリストがフジヤーノ嬢に絡まれて困っている、というのをエリザベスから聞いていますという前置きの元、エルナンドは語りだす。

 「突然すみません。実は他からも、フジヤーノ嬢のことを相談受けておりまして」

 「相談?」

 「はい。彼女と懇意にしている男性の恋人や、婚約者からです。お名前の公表は控えさせていただきますが」

 は?と三人は思わず顔を見合わせる。


 「まって、それって・・・相手がいる男と個人的に懇ろにしているってこと?」

 股ゆる、って真面目にそういう意味なのか、とデリックは唖然とするのに、エルナンドは苦笑した。

 「ええ、ただ食事に行ったり、友人の延長の行為であればまだ良いんですけど、何故かその後にそれが原因でお相手と不仲になるケースが多くて」

 婚約を交わしながら、既に何件も破棄されているのだとエルナンドはため息をつく。

 

 婚約は互いの人生に介入し、共に歩む覚悟を決める第一歩として、重要な意味を持つ。普通は婚約をしたら、婚約者以外の異性と誤解を招くような真似をすることは恥ずべきこととされている。

 婚約破棄で有責、ともなれば・・・この国の風習から、他人から白い目で見られ、後ろ指差されても文句は言えない。

 それを、フジヤーノ嬢がらみで何件も起こっている、とは。


 「都合のいいデマを吹き込んでいるってこと?ビビの時みたいに?」

 オーガストの指摘にチャキ、と剣を手にしたカリストの手首を、デリックが再度掴む。

 「だから、落ち着けって」

 「実際、ハーキュレーズ王宮騎士団内でも旅人のビビを特別扱いするのはおかしいって、声もあがっている。まぁ、ビビの功績は表沙汰にしていないから、仕方ないんだろうけど・・・」


 別に特別扱いしているわけではない。目的があってのダンジョン探索の同行だし、必要手順も踏んでいる。

 ただ、主だって関わる人間が、騎士団総長や国王陛下など・・・一般人や下々の人間から見ると雲の上の高名な人物が多く、どうしても注目をあびてしまうのだ。

 それでも、ビビはそれをひけらかしたりすることはなく、あくまでも目立たず控えめに、常に気を使っている。

 表沙汰にはなっていないが、彼女の残した功績は少なくとも皆の生活や、仕事に大きく貢献しているはずなのに。

 そこまで周囲からねたまれたり、悪くいわれる筋合いはない。


 「わたくし、あのクソ女に絡まれましたの」

 忌々し気にエリザベスが言う。

 犬猿の仲と言われているジェマを罵る時でさえ、そんな表情は見せなかった。相当腹に据えかねているのだろうか。

 「カリスト様とは運命で結ばれた半身、なんですって。その根拠をお聞きしたら、先見のスキルを持っているんだとか」

 ブッ、とカリストは火酒を噴き出しそうになり、思い切り咳きこんだ。

 

 「先見のスキル?」

 「ええ。女神テーレ様より賜った聖女のスキル、だそうですよ?将来カリスト様との間には、お子様も三人ほどお生れになるそうです」

 「やばい、それ。妄想が暴走するにもほどがある・・・」

 「そもそも、そんなヤバい加護やスキルなんてあるの?」

 オーガストの問いに、エルナンドは首を振る。

 「そんな、下手したら歴史を覆すような加護もスキルも、ただの人間が持っていいものではありません。ただ、フジヤーノ嬢が絡んだ異性に関しては、告げられた事があたっていて、すっかり信仰の対象になっているんです」

 「先見が当たっているんだ?」

 「主に、人間関係ですけどね。どうせなら他の・・・もっと役に立つことを予言してくれればいいんですけど」

 聖女のスキルにしてはショボいですよねぇ、とエルナンドは肩をすくめる。

 

 「だって、誰がひつつくだの、別れるだの、結婚するだの。それも彼女を取り巻く、一部の独身青年男性のみですよ?人間関係なんて、いつどうなるかわからないじゃないですか。それを決まったことのように言われて・・・ありがたいと思えますか?」

 「余計なお世話、だよなぁ」

 デリックはちらり、とカリストを見る。

 カリストは黙々と火酒をあおって、ひたすら現実逃避しているようだった。

 「おい、お前、ピッチ早すぎ」


 「問題は・・・フジヤーノ嬢がカリストと恋人になると信じ込んで疑っていないところ、なんだよな」

 どんなに冷たく突き放しても、あのめげずに絡む神経はすごいと思う。そのたび、カリストが頭痛に襲われ、体調不良に陥り・・・ここの所かなり不調である。

 実は、刺客なんじゃないか?と疑われてもいいレベルだ。

 「あのジェマさえ、根負けしそうですからね。深刻な問題ですわ」

 「えええ?あのジェマが!」

 確か・・・彼女はジェマと自分は唯一無二の親友になる運命なんだとか、カリスト同様追いかけまわしていると聞いていた。

 「今じゃ、関わりたくないと逃げ回っていますわ。魔獣相手でも一歩たりと引かない、あのクマ女が・・・」

 ふう、とエリザベスはため息をついた。デリックもオーガストも困惑気に顔を見合わせる。

 カリストはボトルを傾け、中身がすでに空になっているのに気づく。タン、とテーブルにボトルを置いた。


 最初、目の前に現れた時、奇妙な感覚に襲われた。


 少しくせのあるやわらかな金髪。

 大きな空色の瞳。

 そして口元の小さなホクロ。


 どこかで、見たことがある?いや・・・

 視界の記憶というよりも、過去の記憶に無理やり刷り込まれたような。

 なつかしい、というよりも違和感。

 水面に、たった一滴したたり落ちたインクが広がるように、それはじわじわと体中を浸食していくようで。

 正直、触れられるだけで、声を聴くだけで、視界に入ってくるだけで、身体は不調を訴え、頭痛が襲う。


 ああ、気持ちが悪い。

 なんだ、あの女は。


 でも、反面。

 どこかで、その女の面影を追い求めている自分もいるのだ。

 不快だ、と思いながら、差し伸べられた手を取りたくなるような。

 一体、自分はどうしてしまったのだろう?


 "嫌じゃ、ないです"


 ふいに浮かぶ、やわらかな声。


 "サルティーヌ様に触れられるの、嫌じゃないです"

 優しいから・・・

 そう、ふわりとほほ笑まれ、身をゆだねられた。


 そういえば、とカリストは思う。

 何故、ビビは自分のことを姓で様付けで呼ぶのだろう?

 オーガストや他のメンバーには普通に名前呼びをするのに。

 最初の印象が悪すぎて、距離を置かれているのかと思っていたが・・・それでも以前よりは多少関係は改善されているはず。

 ビビは・・・最初から良くも悪くも、他の人間と比べ自分に対してなにか抱えているような気がする。


 無性に・・・自分に対してだけそっけない、赤い髪の少女に会いたくなった。

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