第128話 ペコ・フジヤーノという女①

 いきなりカリストに抱き着いて「会いたかった!」と感泣する少女は、ペコ・フジヤーノと名乗った。


 ペコ・・・不二家?


 ビビは前世アドミニアであった世界で、聞きなれた単語を口中で繰り返す。

 不二家のペコ。偶然だろうか。


 「良かった!全然会えないんだもの。ジュノー神殿で妹さんの結婚式に出ているはずなのにすでに結婚しちゃっているし、ジェマやオーガストはそっけないし・・・王宮騎士団の錬兵場に行っても、追い返されちゃうし」

 うふふふ、と天使という言葉がぴったりの可憐な笑みで、少女は言う。

 カリストは無言で自分の身体にまわされた華奢な腕を、バリッと無遠慮に引きはがし、そのまま乱暴に突き飛ばすと距離をとった。

 小さい悲鳴をあげて後ろに倒れこむ身体を、ビビは咄嗟に支える。


 「・・・なれなれしく抱きつくな。気持ち悪い。ってか、お前誰だよ」


 「えっ?」


 あ、相変わらず馴れ馴れしい女性には容赦がない。

 ビビはあちゃーと苦笑する。ふるふる震える少女の肩を、後ろからそっと揺すった。

 

 「大丈夫ですか?」

 「あ・・・」

 今ビビの存在に気づいたように少女・・・、フジヤーノ嬢は顔をこちらへ振り仰ぐ。

 澄んだなアクアマリンの瞳に、苦笑している自分が映っている。こうして見ると、驚くほどオリエに瓜二つだ。

 が、

 ばっ、とフジヤーノ嬢はビビの腕を振り払い、距離をとる。振り払いざま一瞬見せた表情にビビはえっ?と目を見開く。


 それは嫌悪、だった。

 

 憎悪にも似たそれを正面からぶつけられ、ビビは息を詰まらせる。

 はっとして、フジヤーノ嬢はあわてて取り繕うように首を振り、頭をさげた。

 「あ、あの、すみません、私・・・」

 「いえ、」


 「ビビ、行くぞ」


 カリストは我関せず、といった態度で歩き出す。

 ビビは慌ててその後を追おうとするが、素早く伸びたフジヤーノ嬢の手に腕を掴まれた。

 

 「あの!あなたは・・・」

 「はい?」

 「カリスト君のなんなんですか?!」


 はい・・・?


 *


 「何だったんだ?あれ」


 廃墟の森のダンジョンで、先ほど絡まれた鬱憤を晴らすように魔獣を相手に暴れ・・・一息ついたところでカリストはぼやく。

 ビビはカップにお茶を注ぎ、カリストに手渡しながら、首を傾げた。

 「ですね。お知り合いでは?」

 「国外に知り合いはいない」

 「ですよね・・・」


 フジヤーノ嬢がカリストに懸想しているのは、その言動から一目瞭然で。取り巻きの女性たちにもよく見られるから、さほど珍しいことでもない。だが、彼女はほんの先日入国した旅人で。その彼女が、何故カリストにいきなり懸想するのか不明だった。

 それに・・・彼女は名前が違えど、自分が《アドミニア》として作成した初期の若かりし"オリエ・ランドバルド"の顔に酷似している。というか、そのままだった。

 纏う雰囲気は全然違っていたけれど。

 

 「綺麗な娘、でしたね」

 

 ビビの言葉に反応がない。視線を向けると、カリストは何か考えているように黙り込んでいる。

 珍しい。女性に対し・・・特にあのようななれなれしい態度で触れてくる女性には、容赦がないし、褒めたたえてもバッサリと切り捨てる受け答えが多いのに。

 

 「サルティーヌ様?」

 「いや・・・知り合いじゃないはず、なんだけど。なんか引っかかるんだよな」

 「引っかかる?」

 「あんな女、知るわけない。だけど・・・赤の他人と言い切れないような」

 記憶を探っているようにこめかみを指先で押さえながら、カリストはため息を落とす。


 ドクン


 心臓が鳴る。


 そうだ・・・。


 唐突に思い至る。オリエとカリストは・・・夫婦だったじゃないか、と。

 名前は違えど、あのオリエの容姿をした美しいフジヤーノ嬢に、カリストが惹かれないとは言い切れない。


 嫌な予感がする。

 フジヤーノ嬢は、カリストへ会いに来た、ずっと探していた、と言っていた。

 何か・・・思いもよらない力が動いているような。

 

 そう、箱庭の管理者である《アドミニア》が思うようにGAMEを進行させるための、理不尽ともいえる調整力が働いているのかもしれない、と。

 もし、《アドミニア》であったわたしが、この箱庭に転移して・・・誰かがわたしの代わりに、この箱庭を管理していたとして。


 じゃあ、それって・・・

 

 他の《アドミニア》による、カリストとフジヤーノ嬢が結ばれるための、強制シナリオってこと?

 でもこの世界は、GAMEの世界とは違うはずで・・・そう、大地の守護龍アナンタ・ドライグも言っていた。

 龍騎士オリエ・ランドバルドの願いにより、《アドミニア》の管理から切り離された世界だと。


 「ビビ?」

 

 カリストに声をかけられ、ビビはあわてて考えを打ち消し、顔をあげる。

 「どうした?顔色が悪い」

 「・・・あ」

 ビビはカップを包む手が震えているのに気づく。

 「すみません、大丈夫ですから」

 「大丈夫、って感じじゃないんだけど?」

 立ち上がるカリスト。ビビに手を伸ばすと、引き上げる。


 「今日はもう、戻った方がいいな」

 「・・・すみません」

 素直に提案を受け入れうつむくビビを見下ろし、カリストは眉を寄せる。いつもなら平気だ、と無理を押すところを素直に引き下がるビビに違和感を感じ、そっと頬に手をやると、ぴくりと肩があがった。

 

 「ビビ」

 「・・・っ、」

 ビビは何かを堪えるように眉を寄せ、目を伏せるとゆっくり首をふった。

 

 「大丈夫です。ちょっと気分悪くて・・・少し休んでいきますから、どうか先に」

 頭の中を思考がぐるぐる回っていて、吐きそうになっていた。

 カリストは息を吐いた。

 「・・・なんで、そうなのかな。お前って」

 呟くように言い、そのままビビをひょいと横抱きにする。

 「きゃ・・・」

 ビビは小さな悲鳴をあげて、あわててカリストにしがみつく。

 「ちょ、サルティーヌ様・・・っ、」


 「倒れそうな顔色した人間を放置して、とっとと帰るような冷酷な男のつもりはないんだけど」

 お前の中の俺って、一体どういう評価なんだ?

 告げて、スタスタ歩き出す。ビビは申し訳なくてカリストの腕の中で縮こまった。

 

 「すみません・・・」

 「少し、我慢して。あまり俺に触れられたくないんだろうけど」

 カリストの言葉に、えっ?とビビは顔をあげる。間近でカリストと目が合い、ドキリとする。

 「違うの?俺に触れられると、お前いつもびくついているから」

 「・・・いきなり触るからです。慣れていないって言っているじゃないですか」

 「ジャンルカ氏には警戒しないくせに」

 「なぜそこで師匠の名前が・・・」

 「わからなきゃいいよ」

 

 なんとなく不機嫌そうなカリストの横顔を見つめる。その視線に、バツが悪そうにそっぽを向くカリスト。

 「こっち見るなよ。大人しく寝とけ」

 くすっ、とビビはほほ笑んだ。言われた通り、カリストの首に腕をまわし、身を寄せると身体の力を抜いた。

 密着度が増して、一瞬身体をこわばらせたカリストに

 

 「・・・です」

 「なんか言った?」

 「嫌じゃないです。サルティーヌ様に触られるの、優しいから・・・。いちいちビクついて、ごめんなさい」

 告げられた言葉に、カリストは息を吐く。さりげなく盗み見ると、ビビはカリストの肩に頭を乗せ目を閉じていた。フードからこぼれるやわらかな髪が、ふわふわとカリストの頬をくすぐる。

 まったく、人の気も知らないで・・・


 「・・・お前のそういう無神経なとこ、本気で嫌になるよ」


 *


 「ってか、私、あんたのこと何も知らないし。いきなり友達になりたいって意味わからないんだけど」


 聞き覚えのある声に、カリストは足を止める。

 カリストの腕に抱かれたままうとうとしていたビビも、その声に目を覚ます。


 「・・・ジェマ?」


 カリストにおろしてもらい、声のするほうへ近づいていくと。

 そこにはダンジョンの討伐帰りなのだろうか?満身創痍状態で疲れ切った表情のジェマと、数人の見慣れた近衛兵の姿。彼らの前に立ちふさがっている見覚えのある後ろ姿。

 カリストに続き、今度はジェマに突撃しているのだろうか。


 「また、あいつか」


 ボソリとカリストは呟く。

 ドキリとして見上げると、その横顔は面倒くさそうにしかめられている。


 「突然ごめんなさい、でも・・・私、あなたとお友達になりたくて」

 オロオロしながら、フジヤーノ嬢はジェマに食い下がるも、ジェマはため息をつき、手を振る。

 「悪いけど、そういうの押しつけがましいの迷惑。間に合っているから」

 「ひどい・・・」

 後ろ姿から、フジヤーノ嬢がどんな表情をしているのか伺えないが、向かい合っている同僚は困ったように二人を見比べ、

 そしてその一人がこちらに気づく。

 

 「あ、ビビちゃん。サルティーヌ副隊長も」

 「えっ?ビビ??!!」

 ぱっ、と顔をあげるジェマ。ビビと目があうと、ぱあっと表情を明るくしてフジヤーノ嬢を押しのけ、駆けつけてきた。

 

 「ビビ!久しぶり!!」

 がばっ、と両手を広げビビに飛びつく。その勢いによろめいた背中を、カリストが無言で支えた。

 「ジェマ、元気だった?なんかボロボロだけど・・・」

 ビビもぎゅ、とジェマを抱きしめ背中を撫でる。


 ジェマと会うのは本当に久しぶりだった。聞けば北の森のダンジョンで、例のごとく魔界ゲートが開いた形跡があったため、周囲の森を人海戦術で捜索し、魔物を討伐していたのだとか。

 「小物相手でも、も~二週間連続休みなし!よ。ブラックすぎるわ。騎士団の連中、人使い荒すぎ!」

 ブツブツ文句を言いながら、背後のカリストに視線を送る。

 

 「あ~ら、そのハーキュレーズ王宮騎士団第三騎士団副隊長様。優雅にビビとダンジョン探索なんて、羨ましい限りで」

 「北の森の小物ごときでそんなんじゃ、騎士団近衛兵もまだまだだな」

 「はぁ?相変わらずエリートぶりやがって、むかつく男っ!ビビから離れなさいよ!」

 「体当たりかましたお前を支えきれていないのに気づけよ。体術の的と勘違いしてるんじゃねえの?クマ女」

 「なんですってえ?!」

 「はいはい!ジェマそこまで!」

 

 いつもフォローしてくれるアドリアーナもデリックも不在なのだ。犬猿の仲の二名を仲介する気力は、今のビビにはない。

 カリストはため息をつき、支えていたビビから手を離す。

 

 「こいつ、ダンジョンで具合悪くなったから。あまり無理させるな」

 「えっ?そうなの?ごめん、大丈夫?」

 ジェマはあわててビビを離し、顔色を伺う。

 「うん。探索も途中で切り上げたから大丈夫。ジェマもお疲れ様。皆さんも・・・」

 言って、背後の近衛兵の同僚にも声をかけると、彼らもにこりと笑顔を見せて手を振る。

 「ビビちゃんが持たせてくれた、魔よけと栄養ドリンクのおかげで、二週間乗り越えたよ~」

 「そうそう、効きすぎて今になって反動が・・・」


 「ずるい!」


 澄んだ声が響きわたり、彼らの会話を遮る。


 えっ?と一同顔を見合わせ、視線を声の主へ向けた。

 「・・・あんた、まだいたの?」

 容赦ないジェマの一言に、フジヤーノ嬢の目が大きく見開かれる。


 「まだって・・・ひどい、ジェマ」


 ぶわっ、という表現がぴったりな・・・大粒の涙が盛り上がり、ボロボロと零れ落ちる。

 ああ、泣いてしまった。

 ってか、このくらいで泣けるなんて逆にすごいな、と感心する。


 「わたっ、私だって、ジェマの心配しているのに!その子ばかり・・・っ」


 「・・・こいつ誰?」

 ジェマに"女の涙"攻撃は効果ないらしい。心底嫌そうな顔でカリストを見る。

 カリストもまた、嫌そうな顔をして首を振る。

 「知らない」


 「カリスト君!あなたまで、ひどいわ!」


 うわーん、とついにフジヤーノ嬢は泣き出した。

 「ひどい!私、あなたに会うためこの国へ来たのに!あなたと結ばれるために・・・!」


 カリストとジェマは思わず顔を見合わせた。

 大丈夫かこいつは、と目線で会話しているのがわかる。

 実はこの二人、仲がいいんじゃないかとビビはふと思った。

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