そして動き出す時
第127話 夢の女
それは、晴れやかな春の午後。妹のマリアの結婚式のジュノー神殿でのこと。
"おめでとう!ニコ"
"マリアと幸せにね!"
鳴り響く祝福の鐘の音。中庭に姿を現した新郎新婦に、待ち構えていた観衆が盛大な拍手を送り歓声をあげる。
新郎に寄り添うように中央に敷かれた赤い絨毯を歩き、両サイドを埋め尽くさんばかりの友人たちに応えるように手を振る、新婦である妹のマリアは、兄のひいき目から見ても庭園を咲き乱れる花に劣らず綺麗だった。
ふわりと優しい風が頬をなで、甘い花弁の香りに視線をめぐらすと、神殿入口のそばの花壇に立つ少女と目が合った。
見慣れた旅人の装いをした、まだ若い少女。
目が合うと、びっくりしたように目を見開いた少女は、次の瞬間顔を赤らめ、あわてたように視線を反らされた。
続く風にフードを取られ、綺麗な金髪が零れ落ちる。あ、と思う間に零れた髪がそばの青い花を咲かせた木の枝に絡まるのが見えた。少女は焦ったように頭を振るが、逆にさらに髪が枝に絡まる。
気づくと傍に歩み寄り、無理やり髪を引こうとした手に自分の手を添えていた。
(・・・あ、)
(駄目だよ。無理に引っ張ったら)
びっくりしたようにこちらを見上げる瞳は、晴れ渡る綺麗な空を溶かし込んだような澄んだ水色。
(せっかく綺麗な髪なんだから、切ってしまってはもったいないよ)
言って、絡まった髪をほどいてあげると、恥ずかしそうに頬を染めてほほ笑んだ。
艶やかな赤い唇と口元の小さなほくろが印象的な、愛らしい顔立ち。
春の陽射しのような温かなその笑顔に・・・目を奪われ、心臓を鷲掴みされた気がした。
(ありがとうございます。わたし、今日入国したばかりで・・・)
(そうなんだ?ようこそ、ガドル王国へ)
妹の結婚式だったことを告げると、目をきらきら輝かせてお祝いの言葉を贈ってくれた。
数日後に森で偶然に再会し、ガドル王国の催し物やイレーネ市場のことを聞かれ・・・次の国民の休日に案内をする約束をした。
自分が30歳で、彼女は成人してから旅をしていたそうで、18歳になったばかり。
西の森での長期討伐の遠征から戻ると、彼女は帰化して国民になっていた。
ヴェスタ農業管理会に就職したらしく、サーモンピンクの作業用ワンピース姿がとても似合っていて、可愛かった。
国から与えられた彼女のアパートの部屋が騎士団の寄宿舎から近かったので、たまに会って食事したり一緒に出かけたりしているうちに親しくなり・・・。自然に恋人となり・・・家族になった。
(カリスト君!)
華が咲くような笑顔で、自分を呼ぶ声が好きだった。
そのしぐさも、触れると真っ赤になって恥じらうところも、はじめてキスした時も、プロポーズした時に見せたうれし涙も。
全てが愛おしく・・・この騎士の剣にかけて彼女を生涯かけて愛し、護ると誓った。
(ーーーー)
カリストの口が、その愛おしい彼女の名を告げる。
愛しているよ。
永遠に、君だけを・・・。
*
「・・・・夢?」
カリストは目を開け、天井を眺めながらぼんやり呟いた。
「なんだ、ずいぶんリアルな」
起き上がり、髪をかきあげる。窓から差し込む朝日に、眩し気に目を細め、あくびをひとつ漏らした。
最近、夢をよく見ている気がする。
自分の夢、というよりも、他人の夢を自分が見ているという妙な感覚。
なんだろう?懐かしい、というより違和感。
夢だから気にするまでもないが、妙にリアルでありながら、現実味に欠けていて・・・。
*
今日は昼前からビビを連れて、廃墟の森のダンジョンへ潜ることになっていた。
廃墟の森には第8エリアまでは転移ゲートを設置済みで、あとは第9エリアとボスエリアのみである。今日は第9エリアと・・・場所があればどこかに休息できる結界を張るのだという。
ビビの魔術や魔法陣に関しては、一切関心を持ったりしてはいけないと言われているので・・・いつもの通り見守る予定だ。
正直魔術のことはわからない。だが相変わらず、規格外なことをこなす人間だ、というのは桁外れに展開する魔法陣を見ていてもわかる。
最近は例年にも増して、魔界のダンジョンのゲートが開き、頻繁に魔獣があふれ出てきている。しかも、中~上級ダンジョンのため、否が応でも戦闘、討伐に秀でた第三騎士団が駆り出される。
同時進行で来年のアルコイリス杯をかけたトーナメント戦もあるので、勝ち残っている第三騎士団のメンバーの疲労の色は濃い。
その中で差し入れされるビビの回復薬の効果は素晴らしく、重宝しているのだが(実は実験台に使われていると知ったのは最近)それなりに魔力のレベルを持っていない人間が下手に接種すると、後々効果が切れた時の疲労感が半端ない。
このため、実際恩恵を受けられているのは騎士団の上位の者、のみで騎士団の中では厳重に管理されている、と聞いていた。
まぁ、実際この回復薬が外に出て、しかも錬成しているというのが未だどの国にも帰化していない少女、であったなら国内外問わずひと騒動おきるのは目に見えている。上層部の判断は正しいことは理解していたが・・・。
*
「お世話になります。今日もよろしくお願いします」
礼儀正しくビビはいつものように、ぺこりと頭をさげた。
相変わらずフードをすっぽりかぶって表情はうかがえないが、緊張しているのが伝わってくる。
やはり、先日隙を狙ってキスしたのはまずかったか?
「うん」
短く答えて、カリストの目線は、自然フードからのぞくビビの唇へ。
以前重ねただけの唇は、柔らかくて弾力があって・・・あのまま勢いで舌をねじ込まなかった己の理性に感謝する。
そして、ビーツの実をシャリシャリと齧っていたビビを思い出した。
あの仕草は、小動物が餌を食べているみたいで可愛かった。反して、果実に白い歯をたて、果汁がその唇を濡らしているのが、妙に色っぽくて。
ふと、その赤い唇は・・・きっと果実のように甘いのだろう、なんて盗み見ながら考えて・・・
「・・・ッ、」
口を手のひらで覆い、カリストはうつむく。
カリストの反応がないので、不審に思ったのかビビは顔をあげる。
目があって、
「・・・・」
慌てて二人そろってうつむく。
な、なに二人してやっているんだろ。
ビビは顔に熱が上がるのを感じ、動揺する。
あの丘でのキス・・・唇の横だったけど!
あれは多分、びっくりさせて涙を止めさせようとした行為からからで、他意はないはずで・・・
わたしの泣き顔はうっとおしい、と言っていたし!
一種の嫌がらせ??
やだ・・・なんだろう、すごく気まずい。
と、
「カリスト君!」
背後から声がかかり。
え?と二人が同時に足を止めるのと同時に、誰かがビビの傍を横切って行った。
ふわり、と金色の髪が視界を流れていく。
どん、と音がして我に返ると、目の前のカリストに躊躇なく抱きつく旅人姿の少女の背中が飛び込んできた。
「・・・は?」
咄嗟のことで、カリストは固まっている。
「・・・誰?」
「カリスト君!」
声をさえぎり、少女はぱっと顔をあげる。
その顔を見て、カリストは目を見開いた。
「お前・・・」
"カリスト君!"
金色の髪に、アクアマリンの澄んだ大きな瞳。口元の小さなホクロ。
何より、夢の中と同じこぼれるような笑顔で、自分の名を呼ぶ声。
鮮やかに蘇る、夢の女。
「会えた!やっと会えたわ!カリスト君、私、あなたに会うために旅してきたのっ!」
****
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ転換の章に入ります。進行上不可欠なゆるい大人向け表現が出てきます。タイトルの※と冒頭の注意書きにご配慮ください。
尚、一話の文字数もキリのよい場面で終わらせるため、バラバラです。長かったり短かったりしますことをお許しください><。
一人でも多くの方に、楽しんでいただけますように!
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