第126話 閑話 オリエの面影
彼女に出会ったのは、転生何回目だったのか覚えていない。
金の髪をなびかせ、白銀の鎧を身にまとい。
大地の守護龍アナンタ・ドライグの試練に打ち勝った、満身創痍の一人の女騎士。
建国して間もないガドル王国の、二代目の龍騎士の誕生の瞬間。
その強さに、美しさに、一瞬で心を奪われ・・・記憶がよみがえる。
降りしきる雨の中。
泥と血にまみれながらも、彼女のその美しさは損なうことはなく。
動かぬその身体を強くかき抱き、咆哮をあげた記憶。
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守護龍アナンタ・ドライグが飛び去り、残された女騎士は闘技場の割れんばかりの大声援の中、金色の頭をもたげ周囲を見渡すようにしていた。
片手には守護龍アナンタ・ドライグより眷属の証、として与えられた"龍騎士の銃"を。
そしてもう片手には・・・
一枚の黒い鳥の羽を。
ああ、
見つけた・・・
君、だったのか。
外見は違えど、惹きつけてやまぬ輝く魂は、見違うはずもない。
「ーーーー」
目が合い、女騎士の唇が自分の名を告げる。
見つけた、
僕だけの半身。
*
「ビビちゃん」
声をかけられ、振り返ると、ソルティア陛下が穏やかな笑みを浮かべて手を振っているのが見えた。
「ソルティア陛下、おはようございます」
足元のラヴィーもピョンピョン跳ねて挨拶をするのに、笑顔で返す。
「早いね?どうしたの?」
「陛下も早起きですね。ちょっと早く目覚めちゃって・・・なんか海を見たくなって」
以前からビビが一人ガドル港の波止場を訪れ、船の出入りする防波堤に立ち、ぼんやり船を見ている姿を見かけていた。
それが最近は、港に足を運ぶ回数が増えているような気がする。
ヴァルカン山岳兵団のフィオン・ミラーと別れた話は、オスカー兵団顧問から聞いていた。
やはり・・・あの男では一族の掟の呪縛を解くことは叶わなかったか、というのが正直な感想だ。
ビビがフィオン・ミラーの手を取らなかったことを、ハーキュレーズ王宮騎士団や、カイザルック魔術師団の主だったメンバーは胸を撫でおろしているようだった。
ビビがガドル王国民と結婚して、帰化することは誰もが望んでいたが・・・不可侵誓約が結ばれた閉鎖的なヴァルカン山岳兵団ともなると、話は別らしく。近衛兵で義妹にあたるジェマは荒れて手がつけられない、と王弟で彼女の夫でもあるレオンが泣きついてきていたほどだ。
別れた当初のビビは、見ていて痛々しいほどだったが・・・立ち直りも早かった。
その後真空装置の開発も滞りなく進み、ヴェスタ農業管理会の協力の元、冷凍保存できる食材のピックアップも終わり、あとはカイザルック魔術師団で錬成する保存フィルム素材の納品を待つのみになっている。
考えてみると・・・ガドル王国建国以来だ。武術団や農業管理会が協力して、ひとつの事業を成し遂げるというのは。
武術団間や農業管理会との隔たりも緩和されたのか、酒場や農場で彼らが入り混じって語り合う光景も珍しくなくなった。
これは、すごいことではないだろうか。
その中心にいるのが・・・まだ帰化していない、成人を迎えたばかりの少女である、と誰が想像しただろう。
ビビの存在に関しては、武術団と農業管理会のトップが暗黙の了解で表沙汰にならないよう、ベロイア評議会や各学会に接触させないよう細心の注意を払っている。彼らが結束するのは非常に好ましい。
ビビは・・・自分がどれだけ人を動かし、愛され、護られているか・・・知らないんだろうなぁ、と思う。
まぁ、そこがまた自然体の彼女らしいんだろうが。
ビビにはいつまででも幸せに笑っていてほしい。
*
「海は・・・いいですよね」
さざめく波の音を聞きながら、ビビは地平線を見つめ呟く。
「広大で、どこまでも続いていて。見ていて飽きません」
ソルティア陛下はビビの横に立ち、眩し気に目を細めるその横顔を眺める。
「海、好きなんだ?」
「わたし、元々の属性が"水"なので。水辺にいると安心するんです。川とか海とか湖とか。雨の日も好きです」
ソルティア陛下を見返し、ビビは笑みを浮かべる。ほんのわずかに感じる違和感に、ソルティア陛下は眉を寄せる。
「ビビちゃんは・・・この国を出たいの?」
その問いに、ビビの肩がわずかに反応を返す。
しばらく言葉を選んでいるように間をあけ、ビビは少し困ったような表情で視線を再び海に戻す。
「・・・いずれ出なくては、と思っています。来年の春、には」
手すりを握る手に、わずかに力がこもったように見えた。
「わたし、陛下には感謝しているんですよ?」
「感謝?」
「だって・・・こんなワケわからない加護持ちの、危険な人間の滞在を許してくれるんですもの。今回の共同開発や事業も、陛下がわたしを表舞台に出さないよう押さえてくれていると、リュディガー師団長が教えてくれました」
「秘密とか、隠し事が得意なだけだよ」
ソルティア陛下は茶目っ気たっぷりに言い、肩をすくめてみせると、ビビはくすくすと笑った。
「そうやって、本心を出さず、なに考えているかわからないって、愚痴ってもいましたよ?気づいたらいつも巻き込まれているって」
「勝手なこと言うなぁ。なんでも顔に出たら、あっという間に臣下に足をすくわれて傾いちゃうでしょう」
心外だな、とブツブツ文句を漏らす横顔をビビは見つめる。
「わたし、この国が好きです」
言って、見返すソルティア陛下と目が合うと、穏やかにほほ笑んだ。
世界樹の森を思わせる、深い緑の瞳。
「この国に生きている人が好きです。だから・・・この国の役に立ちたい。相変わらず周囲を巻き込んじゃってますけど・・・わたしに生きる場所と生きる意味を教えてくれた人たちに、今は恩返ししたい。その機会と時間を与えてくれた陛下には・・・ほんと感謝しているんです」
「・・・この国に帰化して死ぬまで恩返しするって、選択もあると思うんだけど」
ソルティア陛下は眉をさげる。
「少なくとも、この国には君を苦しませるものも、悲しませるものもない。皆、君がこの国に帰化してくれることを望んでいる」
目を伏せたビビ。
「この国が・・・君の還る場所であればいいと、願っている」
「陛下・・・」
きゅぴいい~と、足元でラヴィーが力なく鳴く声に、ビビはハッとして慌ててしゃがむと、笑ってラヴィーの頭を撫でた。
「そうだね、お腹すいたよね?そろそろ戻ろうか」
屈託なく笑うその顔を眺め、ソルティア陛下は小さくため息をついた。
*
「あ、船が入港しますね」
ビビの声にソルティア陛下は顔をあげる。
早朝きっかりの時間に、船が一隻港に寄港する。
一人、旅人の装いをした人間が船を降りるのが見えた。
「・・・え?」
キラリ、と朝日に金色の髪がきらめく。
見た感じ小柄な若い女性のようだ。女性はきょろきょろ周囲を見渡し、防波堤に立つビビとソルティア陛下に気づいて、ほっとした表情を見せた。背中のリュックを背負いなおし、こちらに向かって歩いて来る。
「おはようございます」
声をかけられ、ビビの目が大きく見開かれる。
ビビと同じ背格好で、歳も同じくらい。肩よりすこし伸びたやわらかな金の髪・・・こちらをまっすぐ見つめるアクアマリンのまなざし。
色白で、きれいな弧を描いた眉、すっと通った鼻筋と、柔らかな笑みを浮かべた口元の、ちいさな黒子の位置も同じ。
ぱっと見たら忘れられない、鮮やかな印象を与える美少女。
「良かったです。私、船乗ったの初めてで・・・かってがわからなくて」
船員さんには、入港したらベティーロードの酒場に行けって言われたんですけど、と少女はほほ笑む。
その笑みに感じる魅了のスキル。
・・・ああ、そういえば。彼女も人々を惹きつける"女神ジュノー"のギフト持ちだったな、と思い出した。
オリエ・ランドバルド
かつて《アドミニア》であった自分が育てあげたキャラクターと瓜二つの少女が、目の前に立っていた。
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お読みいただきありがとうございます。
おっと、これは波乱の予感・・・?
次回より新章となります。
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