第121話 女神テーレの御子コンテスト②

 「さっすがビビー!!️」


 ジェマやアドリアーナが万歳して歓声をあげる声が飛び込んできた。

 続いて、ステージ下や観客席からも拍手が湧き起こる。

 ビビは呆然として、目を瞬き、立ち尽くしていた。


 え、ええ・・・??


 「ランドバルドさん?」

 巫女に声をかけられて、慌てて足を前に踏み出す。がくがくしてうまく歩けない。


 なんで、わたし?


 確かにコンテスト候補者は、独身の青年男女となっているが、仮にも自分は旅人でここの国民ではないのに。

 「おめでとうございます。賞金と賞品をどうぞ」

 「あっ、あの・・・何かの間違いでは・・・?」

 「いえ、ちゃんと国民の投票であなたが選ばれたんですよ?」

 巫女はやさしい声でそう告げた。

 差し出された綺麗な包みを受け取り、促されるままステージを振り返ると、ワアッと歓声がわきあがる。


 「・・・っ、」

 見知った顔がたくさん、みなビビを見て嬉しそうに笑いながら手を叩いている。

 「珍しいケースですが・・・あなたは、旅人でありながら皆に愛されているのですね」

 「・・・ありがとうございます」

 漸く、ビビは笑みを浮かべる。視線を感じて首をめぐらすと。ステージ下でフィオンが、拍手しながら頷いていた。

 それに笑顔で返す。


 「では前年度の女神テーレの御子から、祝福の花束を」

 進行役の声に、会場から黄色い歓声が。

 隣の男性受賞者が、エリザベスから花束を受け取っている。

 エリザベスが美しい笑みを浮かべて何か言うと、男性は真っ赤になっていた。

 罪な女だなぁ・・・と見ていると、ふいに目の前が陰る。


 「おい」

 低い声が頭上から聞こえた。

 「よそ見、してるな」

 慌てて顔をあげると、目の前に無表情のカリスト。その手には王家の温室でしか見られない綺麗な花束が。

 あ、そうか。前年度の御子、だもんね・・・

 あわてて顔を引き締め、カリストと向かい合う。

 目を合わせた瞬間、ステージ下から、

 いや~!見つめあわないで~!とか、なによ生意気!!とか怒りの金切り声が聞こえ、容赦なく背中に突き刺さる。ビビは顔を強張らせた。

 

 なにこれ。こ、こわい・・・


 早く逃げたい、と花束を差し出されるのを待つが、カリストは動かない。

 ・・・ちょっと、ここにきてなんの嫌がらせ?

 ビビはカリストを急かすように見るが、カリストはじっ、とビビを見下ろし、そして。

 

 「女神テーレの御子に祝福を」

 そう告げる。

 ああ、エリザベスが男性受賞者に言っていた言葉ね。

 納得して

 「ありがとうございます」

 と無難に微笑みを返すと、カリストは僅かに目を見開いた。

 ようやく花束を差し出し、受け取ったビビの両肘に、流れるような動きで手を添えた。


 ・・・え?


 そのまま、軽く引き寄せられる。

 ふわり、とこめかみに唇が押し当てられる感触。


 ・・・!?


 「女神ノルンと神獣ユグドラシルの加護が共にあらんことを」


 耳元で声が聞こえ、すっ、とカリストはビビから身体を離す。


 ・・・

 ・・・・・・

 !!!!!


 ビビが口を開く前に、

 キャーッ!!!とステージ下から黄色い歓声が沸き起こる。

 びっくりして、我に返り見渡すと、目を見開いて固まっているステージ上の面々。

 ステージ下に目を向けると。

 フィオンはもちろん、ジェマもアドリアーナも口をあけたまま固まっている。


 カリストは軽く肘に添えた手を離し、今度はビビの手を取る。

 茫然とするビビをエスコートしながら、ステージを降りた。


 *

 

 「・・・」

 そのまま手を引かれながら、ビビはカリストの横顔を見上げた。

 相変わらず無表情だったが、どこか不機嫌そうで。でも、自分に対して、ではないのはなんとなく感じたので

 「あの・・・」

 「・・・なに?」

 無視されなかったのに、ホッとする。

 「手、離してくれて、いいです・・・よ?」

 言うと、カリストの足が止まる。ゆるく手を引かれ、上半身のバランスをくずしたビビを、そっと抱えるように背中へ手をまわす。

 気づけば壁に押しつけられていた。

 ステージ裏の狭い通路。離れた場所ではガヤガヤ喧噪が聞こえる。

 胸元で花束を抱えていたので、その花束ぶんより距離が縮まることはなかったが、まっすぐ自分を見つめる青い目に、ドキリと心臓が跳ねる。


 「おめでとう」

 いきなり言われ、ビビは目を瞬く。

 「あ、ありがとうございます・・・?」

 「あと」

 カリストはふ、と目線をビビの胸元へ落とす。鮮やかな花のコサージュに視線を向けた。

 「それ・・・」

 「え?」

 「父さんからだろ?」

 「あ、はい」

 「似合っている」

 「え・・・あの、」

 「この前、呼び出されて・・・一緒に選んだから」

 「えっ?」

 「コンテストに出るお前に、贈りたいからって」

 「・・・・」


 コンテストにエントリーされるということは、独身男性、女性にとって一種のステータスのようなもので。

 女性に関しては、その後の良縁に結びつく意味で、その親親戚一同はりきってお金をかけ飾りたてる。

 ビビは旅人だから、親はもちろん手をかけてもらえる身内も、ドレスを贈ってくれる恋人もいない。

 そこでカイザルック魔術師団のリュディガーを始め、日ごろビビに目をかけている面々は、まるで自分の娘にするように、あれこれ衣装や装飾品を選び始めた。

 プラットもその一人のようで、カリストに連絡を取り、イヴァーノ総長に秘蔵ワインを贈る代わりに、衣装のデザインや色を報告させる予定が、そこで子供たちからビビとカリストが知り合いで、思いのほか親密であることを知った。

 ならば、とカリストに見合う飾りを"一緒"に選んでほしいと持ちかけたのだった。


 イヴァーノの用意した衣装が、思いのほか胸元を強調したデザインだったのが気に入らなかったプラットは、カリストと相談して胸元をカバーする大ぶりのチョーカーを選んだという。


 エントリーされたことはビビに黙っていよう、知られたらきっと自分はそんな資格はない、と遠慮し、辞退するだろうから。

 それが皆の暗黙の了解だったという。


 「もう・・・皆さん、わたしに優しすぎ、です」

 ビビは息を落とし、花束に顔を伏せるようにする。

 知らなかった。

 皆、なにも言わなかったし、そぶりもみせなかった。

 温かい気持ちに包まれ、自然ビビの表情が和らぎ・・・ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。

 カリストはその笑みをじっと見つめた。


 「・・・お前、ヴァルカン山岳兵団に行くの?」


 突然問われ、ビビは顔をあげる。

 「えっ・・・?」

 「軍人貴族ミラー一族の、ファミリーに入るのか?って話」


 「・・・っ、」

 なぜ、と言いかけたビビの唇が震える。

 突然現実に引き戻されて、真っ暗な闇の中に立たされたような感覚が襲う。

 「わ、わたし、ここの国民じゃない、し・・・」

 同じような質問を、以前カリストに言われたような記憶がよみがえる。

 そして、同じような返答をした、と。


 「うん。でもだからってミラー一族の、ましてや兵団長に就任した長子のそばにいていい理由にはならないよな」

 カリストは目を細める。


 「そして、逃げる理由にも・・・できないよな?」


 ビビは目を見開く。わずかに震える頬をカリストの指がそっとなぞる。

 冷たい指先に、ひやりとした。指先は頬からゆっくりと顎へすべり、くい、と軽く持ち上げられる。

 目線があがり、カリストの視線がじっと自分にそそがれ・・・ビビはこくり、と息を飲んだ。


 「近いうちに、兵団長になったミラーは、嫁をとる。それが山岳兵団の掟だから」

 「・・・・!」


 「お前に、覚悟はあるの?」


 少し首を傾け、カリストがささやく。

 「ミラーの妻になって、子供を産んで、夫であるミラーを支え。一族のため、山岳兵団のだけに生きる・・・その覚悟はある?」

 今の自分を捨てて、その胸に飛び込む覚悟があるのか?


 そう暗に告げる声には、以前、酒場で向かい合った時のような、責めるような激しさも、イラつきも、冷たさもない。

 感情を押し殺しているような・・・なにを考えているのか、訴えているのかわからない瞳はどこまでも無表情で。

 だが、その声はどこかふわふわしておぼつかなかった心に絡みつき、現実へと引き戻す。

 ビビはこくり、と息を飲みカリストを見返した。

 まっすぐに向けられた眼差しから、目を逸らすことができなかった。


 "フィオンは自慢の息子だけどね。ミラー一族を護る人間でもあるんだ。誓いの通り、何よりも優先するのはファミリーであり・・・君はその中の一人でしかない"


 "フィオンの一番を求めるなら。それは無理、なんだよ"


 アナクレトに言われた言葉が、そのままビビの脳内に響く。


 「さ、サルティーヌ様・・・わたし、は」

 ふらつく身体をカリストの腕が支える。


 「ビビ?」


 声がかかって、はっと我に戻る。

 顔をあげると、ビビを探していたのだろう。少し息のあがったフィオンが立っていた。


 「フィオン・・・君」

 カリストはビビを支えたまま、フィオンに向き直る。

フィオンはビビの顔いろが悪いのに、眉を顰め、カリストに問うような視線を向けた。それを無視して、軽くビビの背中をフィオンに向かって押しやる。

 「サルティーヌ・・・様?」

 

 「行って」

 言葉短く、カリストは告げる。

 「賞金と商品、ジュノー神殿で受け取れるから、忘れずに」

 そう言って背を向けるカリスト。

 「・・・」

 唖然として、歩き出したその後ろ姿を見送り、駆け寄るフィオンを見上げた。

 「どうした?なんか・・・あったの?」

 問われても、ビビは答えることができない。首を振り、花束をぎゅ、と抱きかかえた。

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