第116話 山岳兵団一族継承式②

 その夜は、ミラー一族のお祭りで。

 屋敷の庭が解放され、多くの人たちが新たに兵団長となったフィオンへの祝福と、無事引き継ぎを終えたドミニクをねぎらうために集まり、大賑わいだった。


 少し前、ビビがはじめて山岳兵団に泊まった時、オスカーの屋敷の庭でもこのような集まりがあったが、今回はその比ではない。

 特に父親のアナクレトは鍛冶職人でもあったため、ミッドガル街からもお祝いに駆けつける職人も多い。


 ビビは最初はカルメンや他の山岳兵団の若い少女たちとの交流を楽しんでいたが、さすがに人酔いをしたらしく・・・少し離れた場所で目立たないように座り、夜風に当たって休憩をしていた。


 「ビビちゃん」


 声をかけられて顔をあげると、細目にそばかすが印象的な・・・

 「アナクレトさん」


 フィオンの父親であり、ヴァルカン山岳兵団の中でも随一と言われている鍛冶職人である、アナクレト・ミラーが立っていた。


 ヴァルカン山岳兵団の戦士は、皆鍛え抜かれた強靭な肉体をしていたが、技術職と生産職と呼ばれる一部の人間は、アナクレトのように中肉中背である。そのせいか、独特の威圧感もなく親しみやすい。


 「どうしたの?こんな隅っこで。フィオンのところ、行かないの?」

 「あ、すみません」

 ビビは苦笑する。

 「今日の主役は、フィオン君ですから。わたしは部外者ですし・・・あまり出しゃばるのも」

 「部外者、なんてずいぶん他人行儀じゃない?フィオン聞いたら泣くよ?」

 アナクレトは笑う。

 「でも、気持ちはわかるよ。ヴァルカン山岳兵団は独特だからね。外から来た人間はやはり輪の中に入りづらいというか、戸惑うよね」

 「独特・・・ですか?」


 そういえば、アナクレトも元々は一般国民で。ドミニクと婚姻を結んで、ヴァルカン山岳兵団に入ったと聞く。

 「うん。婿や嫁に入るとね、少なからず子供が生まれるまでは、なかなか一族の一員として認めて貰えない雰囲気なんだよね」

 「・・・・」

 アナクレトはテーブルからジョッキを二つ手に取り、一つをビビに手渡す。

 ヴァルカン山岳兵団では、ワインよりエールが主流のようだ。乾杯して、ビビはアナクレトを見返した。


 「アナクレトさんも・・・そうだったんですか?」

 「別に風当たりが強いってわけじゃないよ?気持ちの問題ってやつかな。ドミニクは結婚当時まだ兵団長を継ぐ前だったからね」

 エールを飲みながら、アナクレトは笑う。

 「僕はただでさえ非力だったから、最初から兵団兵として期待はされていなかったし。どっちかっていうと、ドミニクのほうが長老から言われていたみたいだね。なんであんなひょろいの捕まえてきたんだって」

 「それは、ひどい・・・」

 「だから僕は戦力としてではなく、技術や生産で認められようと、鍛冶職人に早々に弟子入りしたんだ」

 そっちの下積みの方がきつかったな~とアナクレトは思い出したように、クスクス笑いを漏らす。

 ビビはその隣で、エールをちびちび飲みながら、離れた場所でミラー家一族の人間に囲まれ、笑顔で話をしているフィオンを見る。


 ビビの記憶では・・・オリエや自身のことにかかりきりで。いつフィオンがドミニクから兵団長を継いだか知らなかった。

気づけばドミニクもアナクレトもすでに亡くなっていて。婚約者でありながら、葬儀にも出ていなかった。


 いくら母親が高名な国民の英雄で、諸事情で国から婚姻に待ったをかけられていた、とはいえ・・・婚約者の実親の葬儀より、生きている肉親を優先している、と思われても仕方なかったし、そう簡単にフィオンの嫁として受け入れてもらえるとは、今思えば甘かった。もし現実的にあのままミラー一族に嫁入りをしていても・・・あの時点のビビの立場であったら、そうとう風当たりも強かったに違いない。

 そしてなによりアナクレトの時以上にフィオンは、長老や他の一族の人間に責められただろう。

 それでも、フィオンはビビの気持ちを優先してくれ、待ち続けてくれていたのだ。


 誰よりも自分を理解してくれ、護ってくれた優しい幼馴染み。

 そのフィオンと、今ここにいるフィオンが同じ、・・・ではないのはわかっている。

 カリストと同様・・・。自分が介入することにより、従来の歴史の流れにゆがみが生じているのは確かだ。

 それでもフィオンに・・・現に今、ドミニクやアナクレトも存命だとしても。どこか申し訳ない気持ちがあって・・・。


 「ビビちゃんなら、大丈夫だよ」

 

 アナクレトに言われて、ビビは顔をあげる。

 目が合い、アナクレトは細い目をさらに細め、にっこりと笑う。

 「君は腕もたつし、発想も柔軟だ。なんといってもオスカー兵団顧問や陛下を始め、並みいる上層部の人間たちのお気に入りってのは、すごい後ろ盾になるんだよ?」

 「あの」

 ビビはあわてて言葉を遮る。

 

 「わたしが兵団に介入してしまって・・・アナクレトさんはご迷惑じゃなかったですか?」

 うん?と首をかしげるアナクレトに、ビビは目を伏せる。

 「あの・・・兵団の貴重な技術を・・・外部に出してしまって。その・・・迷惑じゃなかったのか、と」

 「ああ」

 合点がいったように、アナクレトは頷いた。

 「まぁ・・・正直、鍛冶ギルドはいい顔をしていないな。実際君をよく思っていない輩もいる」

 「やっぱり・・・」

 「でも、僕はいい機会だったと思っているし、ビビちゃんに感謝しているんだ」

 アナクレトは笑う。

 「いい機会、ですか?」

 

「うん。ヴァルカン山岳兵団は・・・あまりにも孤立しすぎているからね。考え方も古い。オスカーさんが兵団最高顧問になってからは、だいぶ改善されてはきたけど・・・酷いもんだったよ。前はね・・・子供はガドル王立学園に通うこと、王国について学ぶことすら禁じられていて、ほとんどの人間は砦から出ることなく一生を終えて、封鎖的だったと聞いている。同じ国の人間なのにね」

 アナクレトはふう、とため息を落とす。

 

 「だからね、君が考案してくれた真空装置の魔具がね、山岳兵団だけでなく、カイザルック魔術師団や、ハーキュレーズ王宮騎士団、食材に関してはヴェスタ農業管理会まで関わってきて、国をあげての一大事業になって。ずいぶん風通しが良くなったんだ」

 「アナクレトさん・・・」

 「僕は・・・ビビちゃんみたいな新しい流れを吹き込んでくれる存在を、ずっと待っていたんだよ」

 そう言って笑うアナクレトの目に嘘はなく。ビビはほっと肩の力を抜く。

 安堵した表情にアナクレトは驚いたような顔をした。

 

 「・・・もしかして、ずっとそれを気にしていたの?」

 「ええ、まぁ・・・」

 「そうか。優しいね、ビビちゃんは」

 さすがよく見ている、と言われてビビは恐縮する。まさか自分もカリストに指摘されるまでは、浮かれて気づきもしなかったのだ、とは言えず・・・ごまかすようにエールを飲んだ。


 *


 「ねぇ、ビビちゃん」

 

 唐突にアナクレトは口を開く。

 「はい」

 ビビはアナクレトを見上げる。

 

 「僕は・・・フィオンの父と、ヴァルカン山岳兵団の一員としての立場であれば、君の兵団入りは歓迎する」

 でも、とアナクレトは言葉を切る。

 

 「元、一般国民でヴァルカン山岳兵団の長子に婿入りした立場なら・・・君へ簡単にフィオンのお嫁さんになって、ミラー一族の・・・僕たちと家族になってほしいとは、言えない」

 「・・・アナクレト、さん」

 

 「君は・・・閉鎖的なこの兵団の世界で生きていく人間じゃない、と僕は思う。よく、考えて?フィオンは自慢の息子だけどね。ミラー一族を護る人間でもあるんだ。誓いの通り、何よりも優先するのは一族であり兵団であり。・・・君はその中の一人でしかない」

 ビビは目を見開く。

 「だからフィオンの一番を求めるなら。それは無理、なんだよ」

 ドミニクもそうだった、とアナクレトは少し寂し気にほほ笑む。

 「わたしは・・・」

 「ごめんね、変なこと言って」

 アナクレトは立ち上がり、ビビの頭を撫でる。

 「君はまだ帰化すらしていない旅人なのに。フィオンがやっと兵団長を継いで、気持ちが舞い上がっちゃっているんだ、きっと」


 「ビビ!」


 少し離れた場所でフィオンが笑顔で声をかける。

 「こっちおいで!他のファミリーの紹介するから!」

 「フィオン君」

 「父さん、悪いけどビビ借りるね」

 「はいよ」

 アナクレトも笑顔で返し、ビビの背を軽く押す。

 

 「いっておいで」

 「あ、はい」

 戸惑いながらも立ち上がり、アナクレトに頭をさげると、ビビは手を差し伸べるフィオンに向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る