第117話 銀月祭①

 「うわ!なにこれ、可愛い!」


 ヴェスタ農業管理会、婦人会が経営する食堂の調理室。

 甘い匂いに誘われてドアを開けて入ってきたキアラは、調理台にずらっと並んだ白いヘム・ホルツの形をしたスイーツに歓声をあげた。


 「これ、食べられるの?ふわふわ~」

 キアラの声に婦人会の若手の少女たちが、窓やドアから顔をのぞかせている。

 ビビは泡立て器を片手に、ふう、と額の汗をぬぐい彼女たちに微笑んで見せた。

 「お菓子ですから食べられますよ?メレンゲつくるの結構大変ですけど・・・。良かったら一緒に作りませんか?」


 *


 ビビが作っていたのは、明日に迫った初秋のイベント【銀月祭】で、子供たちに配るお菓子だ。

 普通は各家庭でパウンドケーキを焼くか、イレーネ市場で祭り用のクッキーの詰め合わせを買って配るケースが多いようだ。今回はタイミング良くヴェスタ農業管理会から、お菓子の材料になる"ゼラチン粉"を提供してもらった。

 どうせお菓子を作るなら一般的ではない変わりモノ・・・即興でマシュマロを作ることにしたのだ。

 そうプラットに伝えると、"マシュマロ"というお菓子に興味をもったプラットに、是非婦人部のキッチンで作ってみてほしいと依頼された。

 レシピは隠すものでもないし、魔術師会館のキッチンでは手狭だったのでお借りすることにしたのだ。


 「"ゼラチン粉"って、カテン魚のコラーゲン部分を粉にしたやつですよね?」

 「通常、ゼリー寄せの料理で使うと思っていたんですけど・・・」

 言って、キアラは白いスイーツ・・・マシュマロを指先で突っつく。マシュマロはまだこの国では目にしたことがないようで、その白さとふわふわした感触は、まさにヘム・ホルツそのもので一同は興味深々である。ビビに指示され、竹串をペンかわりにして、湯煎したチョコレートで目と口を書き込んでいく。

 めいめい表情も変えたりと、気づけば大所帯でわいわい絵付けをしているうちに、次々と人が集まってきて・・・。


 「こらこら。あなたたち、お仕事はどうしたんです?」

 呆れたように現れたのは組合長のプラット。

 そういうプラットも、ずらっと調理台に並んで、一斉にこちらを見ているヘム・ホルツのスイーツを前に、笑いを堪えるのに必死のようだった。


 *

 

 「これが、マシュマロ、ですか」

 

 感心したように手のひらに乗せられた、ヘム・マシュマロを眺めるプラット。

 「このままだと、ゼラチンの食感だけ強調されて、味はイマイチなので・・・」

 ビビは注射器に似た注入器具を取り出す。レッド・ビーツのジャムを入れて、ヘム・ホルツのお尻の部分に突きいれ、注入する。

 「あら!甘酸っぱくて美味しい!」

 ぱくっと口に入れ、婦人部婦人会のマダムが声をあげる。

 「他に、チョコレートとか、果実系のジャムとか入れると美味しいですよ」


 はい、どうぞ?とジャムを注入したヘム・マシュマロをプラットの口に差し出すと、プラットはやや躊躇しながらも口を開ける。

 ビビが手づからプラットにマシュマロを食べさせる光景に、周囲の婦人会のマダムや女子たちが、あらあら!とほほ笑ましい視線を送った。


 「どうですか?」

 「これは、食感が斬新なスイーツですねぇ」

 少し顔を赤らめ、口をもぐもぐさせながら唸るプラットが妙に可愛らしいのに、ビビは思わず笑みをもらす。

 「しかも、ビビさん手づから食べさせてもらったなんて、愚息に知れようものなら恨まれますね」

 皆さま、このことは内密に、と冗談ぽく告げるプラットに周囲は笑いに包まれる。

 ビビは赤くなって、あわてて残りのヘム・マシュマロたちのお尻にジャムを注入したのだった。


 ああ、無意識にまたバカなことやってしまった。

 新婚さんじゃあるまいし・・・


 *


 子供たちへ配る用に、個別に開発したてホヤホヤのフィルム袋に入れて、リボンでかわいらしくラッピング。初めて見る、透明なフィルム袋に、婦人会の面々は興味深々で。

 ビビはカイザルック魔術師団が試行錯誤で開発した、これらビニールやフィルム袋を売り込むことも忘れない。

 驚くことに、これらの原材料は植物で、燃やしても有害物質は出ないし、土に埋めればそのまま自然に帰化する。食料保存や梱包にも使える、まさに理想的で画期的な天然素材といえた。


 気づけば調理室はビビを講師とする講習会へと移行され・・・調理室には溢れんばかりの管理会のメンバーが仕事そっちのけで集まり、プラットは苦笑するしかない。

 講習会も無事終了し、プラットと真空装置に使うビニールの打ち合わせを済ませて、ようやくビビはヴェスタ農業管理会を後にした。


 *


 外に出ると、もう日も暮れていて。

 仕事を終わらせ、自宅へ戻る人々が王都へ向かう郊外通りを行き交っている。

 アパートメントが立ち並ぶ通りからは、明日の【銀月祭】に配るのだろう、甘いお菓子を焼く匂いが風に乗って漂ってくる。


 ビビは雑踏に流されないよう、マシュマロの入った籠を守るように歩く。

 王城近くのガドル王立学園の前を通りかかると、数人の子供たちがわいわい声をあげながら走って行くのが見えた。

 明日の銀月祭を前にして、もうお祭りの仮面をかぶっている子供もいて、ビビは思わず笑みを浮かべる。

 その仮面の後ろ、留め金に下げられた青い小さな星型の石の飾りが見えた。


 よかった、無事子供用GPSは普及されたようだ。


 「明日銀月祭だ~!楽しみ!!」

 「俺、お菓子いっぱいもらう!」

 「マリア・モローでは、飴配るんだって~」

 

 「・・・20個で足りるかな?」

 学園の門を出ていく子供たちの数が、想像以上に多いのにふと心配になり・・・やはり、マリア・モローでクッキーを補充するか、魔銃師会へ行って今からキッチンで何か作ろうか。もっとマシュマロ貰ってくればよかったなぁ・・・

 そう考えあぐねている時だった。


 ふわり、と何かが視界に入りこんだ。

 

 「えっ?」

 反射的に手を伸ばし、目の前にひらひら舞い落ちてくるものを手に取った。

 「…これ、羽…?」


 不思議な光沢を放つ黒い羽、だった。

 目を瞬かせビビは顔をあげると、周囲を、そして空を仰ぎ見る。

 ざわざわと賑わう市場の街灯の上に広がる夜空には星がまたたいている。そのどこを見ても鳥や、この羽の持ち主であろうものの姿は見えない。


 再度羽に目を落とし、ビビは眉を潜めた。


「…この羽、鑑定できない…?」


 羽には生命反応が感じられなかった。人口で作られたものにしても、ビビの鑑定スキルをもってしても何の素材が使われているかわからない。


 と、


 「ルナ、見つけた!」


 背後に小さな衝撃を感じ、びっくりして振り返ると。

 神獣の緑の仮面をかぶった小さい男の子が、ビビの腰にしがみついて見上げている。


 「・・・?」

 ビビは首を傾げる。仮面をかぶっているので、顔はわからなかったが・・・多分会ったことのない子供、のような気がする。

 男の子はガドル王立学園の生徒の証でもある、紺色の制服を着ていた。仮面からのぞく、ちょっとくせのある黒髪は、必死で走ってきたのか汗で濡れている。


 「どうしたの?君、迷子?」

 しゃがんで男の子と目の高さをあわせ、ビビは尋ねた。

 「ルナ、僕の事、・・・わからないの?」

 男の子はビビの上着の袖をつかむ。その口調は真剣で切羽詰まっているようで。ビビは困惑してしまう。

 「えと・・・ごめん、誰だっけ?」


 ルナ、って月の女神のルナ?ってことはこの子、太陽神ソルだとか?でもかぶっているお面は神獣だし・・・それともお菓子ほしいのかな?

 戸惑うビビに、男の子は目に見えて落胆したようにしょんぼりしていた。それにさらに慌てて、ビビは手にしていた籠からヘム・マシュマロの包みをひとつ取り出し、男の子に差し出す。


 「あの、これ・・・」

 男の子は顔をあげる。

 「その仮面、神獣ユグドラシルでしょ?よくできているよね。はいお菓子をどうぞ。これからも女神ノルンと共にガドル王国をお守りください」

 「・・・」

 男の子は黙って、差し出された包みを手に取る。


 「ルナ、」

 男の子の手が伸び、そっとフードの中のビビの髪に触れる。

 そして、


 「違う・・・ルナ、じゃない」

 呟き、髪から手を離すと、ビビから一歩下がる。

 「あの・・・?」

 「ルナは・・・どこにいるんだろう・・・迎えに行くって約束、したのに」

 ぽつり、と男の子はつぶやき、くるりと身体の向きを変えると、そのまま走り出す。

 子供の足なのに、あっという間に夜の雑踏の中へ消えていった。


 立ち上がり、首を傾げるビビ。

 「・・・人違い、だったのかな?」


 気づけば、手にしていた黒い羽はいつの間にかなくなっていた。

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