第115話 山岳兵団一族継承式①

 巨神ミッドガル族ヴァルカン山岳兵団の頂点に君臨するのは山岳兵団最高顧問、オスカー・フォン・ゲレスハイム。

彼を筆頭に兵団の軍人貴族は5大貴族で構成されている。( )は現在各兵団を取りまとめている兵団長。


第一軍人貴族 ゲレスハイム一族(ウシュエ・フォン・ゲレスハイム)

第二軍人貴族 フィッシャー一族(アントン・フィッシャー)

第三軍人貴族 ミラー一族(ドミニク・ミラー)

第四軍人貴族 バルベルデ一族(マクシミリアン・バルベルデ)

第五軍人貴族 ヴァグナー一族(ハインツ・ヴァグナー)


 各一族は更に数十の兵団に枝分かれをして、一兵団は1000人を超える大所帯となっている。

 ミラー一族は、戦闘スキルに秀でた血族であったが、兵団長のドミニクに婿入りしたアナクレトは、抜き出た鍛冶スキルの持ち主でもあり。今では軍人貴族の中ではベレスハイム一族に次ぐ勢力を持っていた。


 収穫祭が終わり、本格的な夏の太陽が照り付ける日々が続く。

 そんなある日、ビビはフィオンから手紙を受け取る。

 いよいよ、母親のドミニク・ミラーが家長をフィオンへ譲るという。その引き継ぎの継承式には、是非ビビにも参加してほしい旨が書かれていた。そして、しばらく不在となるので、ダンジョンには同行できないことの謝罪が。


 収穫祭の後、ビビは真空装置の魔具の最終打ち合わせ、で数回ミラー家を訪れていたが、フィオン不在のため、オスカーに頼まれたのだろう。代わりに、カルメンがダンジョンには同行してくれた。

 フィオン不在の理由を尋ねると・・・どうやらこの継承式が関係していたらしい。


 未だ、プロポーズの返事をしていないビビは、その継承式に参加することをためらったのだが、

 「返事はどうであれ、参加してあげて?フィオンのやつ、ビビに継承式を見てほしくて、会うのも我慢してドミニクとダンジョンに籠っているんだから」

 と、カルメンに言われ、驚く。


 「引き継ぎでダンジョン?」

 「うん。"巨人の廃墟"ってね、ヴァルカン山岳兵団管轄の中では超難関ダンジョンで、私もまだ数回しかじっちゃんの同行で潜ったことないんだけど・・・そこの上級魔人を倒して、魔石をとるの。それに一族の家長である証明としての加護を付与してね、扱う武器に埋め込むんだ」

 これを引き継ぎの"試練"とするらしい。

 ドミニク・ミラーは兵団トップの実力者であったため、その力を引き継ぐフィオンはそれに相応しい魔人の魔石を得なければならない。


 「"巨人の廃墟"って・・・大丈夫なの?フィオン君」

 確か"死者の樹海"のダンジョンに匹敵するレベルだったはずだ。

 「大丈夫だよ。過去、命を落とす輩もいたけど・・・ドミニクが一緒だもん。ただ、ドミニクが納得する魔人を仕留めるのは、相当大変だと思うよ?かれこれ、二週間はブッ通しで潜っているからね」

 「うわ・・・なんという、スパルタな」

 素直に背筋が寒くなり、ビビは身を震わせた。


 ドミニク・ミラー・・・かなりの実力者で、息子にですら妥協を一切許さないのだろう。

 ビビが回復薬を差し入れを申し出ても、"試練"だから多分受け取ってもらえない、と気の毒そうにカルメンに言われた。

 リュディガーから借りた"通信"の魔具を使って、毎晩カルメンとやり取りをして、

 ようやくフィオンがダンジョンから帰還した、と連絡をうけ。ビビは思わず安心のあまりその場にへたり込んでしまったのだった。


 *


 そうして無事にフィオンが帰還して間もなく。引き継ぎの儀式の日程が決まった、とオスカーから連絡を受け。ビビはリュディガーの許可を得てヴァルカン山岳兵団のエセル砦に向かった。


 久しぶりに見るフィオンは、少し痩せたようだったが顔色は良く、以前は感じられなかった風格・・・家長になるのだ、という責任からきているのだろうか?が備わっていて。継承の儀の前だから声をかけることはできなかったが、ビビの姿を見ると軽く手をあげ、笑顔を見せた。

 その、変わらぬやさしい笑顔に、ビビも思わず笑顔を返す。


 フィオンを取り巻くミラー一族の重鎮は、そのふと見せたフィオンの気を許した笑みに驚き、視線の先にいるビビへと視線を向ける。

 その中、目があったのは母親であり、兵団長でもある、ドミニク・ミラー。


 白髪まじりの藍色の髪を後ろできっちりひとつに束ね、きりっとした目元と、引き締められた口元。

 夫のアナクレトは職人気質だったが、彼女の持つ雰囲気は完全たる武人そのもので。

 同じ女性で武人でも、ジェマやアドリアーナたちとは全く違う。目があっただけで、背筋がピンと伸びそうな緊張感を漂わせていた。


 反射的にビビが会釈すると、あちらもわずかに厳しい表情をゆるめ、会釈を返す。そのままミラー一族の長老を従え、オスカーの元へ歩いて行った。


 「・・・こわい」

 思わずつぶやいたビビに、隣にいたカルメンは軽く噴き出す。

 「わかる」

 ぞろぞろと兵団の男たちを引き連れて歩く、その後ろ姿を見送り、カルメンは肩をすくめる。

 「じっちゃんがね、ドミニクが一般国民で、しかもあんな温和なアナクレトをどうやって捕まえたのか、兵団の七不思議のひとつだって」

 懐に入れば、それほど怖い人じゃないんだけどね~と続くカルメンの言葉に、ビビは緊張を解き、思わず息を落とす。


 ヴァルカン山岳兵団へ嫁に入れば、必然的に家族同居となる。

 GAMEの時は、30歳を迎えた時点ですでに両親は亡くなっていて、フィオンは大きな屋敷に一人暮らしだった。

 15年も待たせて申し訳なかった、と思っていたが・・・もしあの時、即嫁入りしたらあの姑と同居?と考えると、少しだけ助かったかな・・・と不謹慎にも思ってしまった。


 *


 青空が澄み渡る、ヴァルカン山岳兵団の武術鍛練場。


 兵団兵が試合を行う闘技場にあがるフィオン。

 いつも身に着けている、作業着や山岳兵の衣装とは違い、ミラー一族を象徴とする朱色と青の団服に、背中には大斧を下げている。

 斧の柄の装飾には、大きな赤い魔石が光り輝いていた。

 

 「・・・すごいね、あれ」

 カルメンが囁く。

 「あの魔石、多分"ロングホーン"の魔石だね。18エリアのボス魔人のやつだ」

 「・・・えええ?」


 フィオンの前に立つのは、ドミニク・ミラー。その後ろには見届け役の兵団最高顧問であるオスカー・フォン・ゲレスハイムと、ミラー一族の長老らしき男が数人。


 *


 「フィオン・ミラー」

 ドミニクの張りのある声が闘技場に響く。

 「ヴァルカン山岳兵団の誓い、を」


 フィオンは頷き、身を正す。


 「我らが始祖、巨神ミッドガルの崇高な魂を胸に、我が身の全てを一族のために捧げ」

 

 フィオンの声もまた、広く闘技場に響き渡る。

 

 「謙虚であり、誠実であれ。礼儀を守り、裏切ることなく、欺くことなく

 弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく。

 己の力を高め堂々と振る舞い、一族を守る盾となり。

 一族の敵を討つ矛となり。ミッドガル族たる誇りを胸に生きることを誓います」


 フィオンの言葉に、ドミニクは頷く。

 

 背中に下げた大斧を外し、フィオンとの中間へ。フィオンもまた、下げた大斧を同じように向い合せに置いた。

 向き合ったふたつの大斧の刃と。その柄に埋め込まれた魔石が太陽の光を浴びて、光り輝く。

 その美しさと華やかさとは真逆に、向かい合う二人の間に走るピリリとした緊張感。


 「我が子に問おう」

 ドミニクは視線をまっすぐフィオンに向け、口を開く。


 「私利私欲を捨て、一族と兵団に身を捧げる覚悟はあるか」

 「はい、あります」

 フィオンは力強く頷く。


 「その命に替えても一族と兵団を護る盾となる覚悟はあるか」

 「はい、あります」


 「始祖たる巨神ミッドガルの高潔な魂に、その言葉に偽りがないと誓えるか」

 「はい、誓います」

 フィオンはドミニクの前にひざまづく。


 「誓いの言葉を胸に刻み、始祖と先祖に恥じぬよう務めます」


 ドミニクはひとつ頷き、大斧を目元に掲げる。

 「よろしい。ドミニク・ミラー。ここに、我が息子フィオン・ミラーに一族を束ねる役割を譲ろう」

 

 言って、立ち上がり、同じく大斧を目元に掲げたフィオンへ笑いかけた。


 「これより、私もその指揮に従う。ミラー一族の長として、その責務を果たされよ」


 ワアッ!!


 固唾をのんで儀式を見ていた兵団の人間が、一斉に歓声をあげる。

 「おめでとう、フィオン!」

 「お疲れ様!ドミニク!」

 「よくやった!」

 「ミラー一族、万歳!!」


 ドミニクはうって変わって、驚くほどやわらかい笑みを浮かべ、フィオンの肩を叩き何か声をかけている。それは一族を率いる兵団長ではなく、一人の息子を祝福する母親のあたたかなまなざしそのもので。

 フィオンも少し赤くなって、でも泣きそうに口元をゆるませうなずいている。

 そして舞台へあがったアナクレトに抱きしめられると、ついに感極まったように、頭ひとつ低い父親の首筋に頭を埋め、身を震わせる。

 そんな三人を、周囲は拍手と歓声で祝福し、闘技場はあたたかな雰囲気に包まれていた。


 ここまで来るのに・・・相当苦労したんだろうな。

 ビビは思わず涙腺がゆるんで、目を瞬かせた。

 「すごいな・・・」

 つぶやく声に、カルメンが首を傾げる。

 「何か、言った?ビビ」

 「うん、すごい・・・家族っていうか、一族の絆の強さに・・・感動しちゃった」

 声を詰まらせるビビに、カルメンは満面の笑みを浮かべ、ビビの背中を撫でる。

 「でしょ?一族の絆の強さは・・・武術団の中では一番なんだ。それこそ、理不尽って言われていることもね、受け入れられるくらい」

 「・・・そうだね」


 フィオンの弾ける笑みを見ながら、ビビは頷く。

 婚約者となってからも、ダンジョンにこもり、鍛錬を欠かせなかったフィオン。

 子供の頃から親の血を馬鹿にされ、彼なりにそれこそ血を吐く努力をしてきたことを考えれば、その理由も頷ける。

 第一、フィオンはそんなそぶりは見せなかった。

 弱音すら吐いたこともなかった。

 いつも、城からの重圧と、親の間に挟まれているビビを抱きしめ、労ってくれていたから。

 そんな苦労を何も知らず、知らされず、知ろうともせず、甘えていた自分の情けなさを痛感する。


 今までの苦労が報われ皆に認められて、笑顔を見せるフィオンを見て、心から良かったと、祝福する気持ちに嘘はない。

でもそれと同じくらい・・・心を過ぎる、痛みにもにた寂しさがあった。



 やはり、過去でも現在でも。自分はよそ者なのだと。

 あの固い血の絆で結ばれたファミリーには、立ち入ることはできないのだ、という寂しさだった。


※※※※※

ドミニクは好きです。強いから(*´▽`*)

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