第114話 祝賀会
「では、丸木落とし大会優勝を祝って!」
「「「「かぁんぱーーーい!!!」」」」
ガツ、ガツ、とジョッキが勢いよく重なり、零れる泡をものともせずエールを一気飲みした。
「う~め~ええええ!最高!!」
ぷはっ、とジョッキから口を離し、濡れた口元を乱暴にぬぐい、ジェマは思わず声をあげる。
その後に同じように一気飲みしたカルメンが、同感!とジョッキを掲げベティーにおかわりを求める。
アドリアーナは半分くらい飲んで、ほう、と息をはき。エリザベスは上品にハンカチで口元をぬぐうも、ジョッキは空。
「いや~爽快、爽快。初の総合優勝だよ!」
「ほんとですわね!二人ならいい線いけると思っていましたけど・・・まさかフィオン氏とカリスト様を押さえて優勝するなんて」
にっこにこのジェマの横で、エリザベスが満足そうに頷く。
「今日は、じっちゃんの驕りだから好きなだけ食べてね!もうオーロックス牛一頭いっちゃってもいいから!」
「え??オスカー兵団顧問、大丈夫なの?」
このメンツじゃ、勘定はそうとうな額いくのでは・・・
「へーきへーき。優勝するか賭けていたから。男に二言は許すまじ」
ビビの心配をよそに、おかわりのエールをぐびぐび飲みながら、カルメンは手を振って見せる。
「それに、たぶん丸木落としの参加は今年が最後になるから。こんなメンツで飲める機会もないだろうし」
「え?なんで?来年こそはサシで勝負するんでしょ?」
カルメンの言葉に、ジェマが驚いたように身を乗り出す。
「ん~多分来年は、家長継いでゲレスハイム家の兵団長になっているから・・・こういうイベントの参加はできないんだ」
「え・・・」
そういう決まりなの、とカルメンは眉を下げる。
「ふーん、決まりなら仕方ないけど・・・なんかつまらないなぁ」
「ヴァルカン山岳兵団って、制約多いんだ。兵団の中ならなんてことない普通のことが、こうやって国のイベントとか出るとね・・・理不尽だな、とか矛盾しているなって思う事あるし。まぁ、仕方ないことなんだけど」
国の年間行事のイベントに参加できるのは、子供と成人した一般の兵団兵のみで、家長にあたる兵団顧問や兵団長は、基本一線引くことになるのだという。
「フィオンも今年にはミラー家の兵団長になるから、来年からは出られないと思う」
「あら、あの筋肉は今年で見納めなのねぇ」
アドリアーナが残念そうに言う。
「カルメンには悪いけどさ、やっぱりヴァルカン山岳兵団にビビが嫁に行くの、反対だわ」
ふん、と鼻息荒くジェマは椅子の背もたれに寄りかかり、行儀悪く片膝を立てる。それを横目に眉をひそめ、エリザベスはビビを見た。
「・・・その話、本当ですの?ビビさんがミラー家の嫁に入る、って」
「本当もなにも・・・なぜそんな話になっているのか」
ビビはいきなり話題の矛先を向けられ、あわてて手を振ってみせる。
「有名よ?それ。本人を無視して噂先行で」
アドリアーナはエールのおかわりを頼みながら、肩をすくめた。
「って、あれだけ騒がれているのに、なぜビビが今日まで気づいていないのかが、理解できないんだけど?」
「ご自分にもう少し興味を持たれたほうが、よろしいですわよ」
エリザベスにまで言われてしまい、ビビは小さくなる。逆に聞きたい。
なぜ自分がこんなに注目され、担ぎ出されているのか。
「でも、ビビ、フィオンにプロポーズされたんでしょ?」
ゴフッ、
ビビはエールを噴き出した。
カルメンの爆弾発言に、ジェマが立ち上がる。
「ジェマ!落ち着いて!」
「あいつ、ぶっ殺す!!」
「やめなって!一人じゃ無理でしょ!あと三人は必要よ!」
「じゃあ、アントネラとニエヴェスを呼べ!!」
いや、アドリアーナ、そうじゃないから。って、誰よその二名・・・聞けばジェマの同僚の女近衛兵なのだという。
ゲホゲホ咳きこむビビの背中を、エリザベスがさする。
「いや、ほんと。この前のベロイア評議会の前に、じっちゃん、フィオンを同行させて、リュディガー師団長と話をしたって」
まったく悪びれなくカルメンはエールを飲み干し、バイト店員にお代わりを要求する。
「え?ひょっとしてカルメンがお泊りに誘ってくれた日?」
ビビは驚いて聞くと、カルメンは頷く。
「そうそう。ビビが白いワンピース着ていた日ね。本当は父親のアナクレトが真空装置の魔具の経過報告する予定だったんだけど、それが次回に延期になったとか?で。そしたらフィオンが同行を頼み込んだみたいで」
「それって・・・ビビに会いに?」
ジェマが思い切り顔をしかめる。
彼女の中で、フィオンはカリスト同様、敵と認定されたようだ。
「まぁ・・・わからんではないけど。ヴァルカン山岳兵団はそうでもしなきゃ城下に下りる機会ないもんね。ましてや、長子ともなれば・・・」
まあまあ、とジェマをなだめながら、アドリアーナは苦笑する。
「不便ですのね」
「しかも!その時合わせたように、イヴァーノ総長はサルティーヌ副隊長を同行させていたみたいで」
カルメンの言葉にあらまぁ、とアドリアーナは口に手をあてる。
ビビは思わずヒッ、と息を飲んだ。なにそれ、こわすぎる!
「それって、ちゃんと会合になったわけ?」
「さすがにソルティア陛下の前でやりあうわけにはいかないでしょうに」
エリザベスが呆れたように呟く。
「で?リュデイガー師団長は、なんて?」
「ん~、ビビの意思を尊重する、とかなんとか?・・・なんか聞いている?ビビ」
カルメンに問われ、ビビは勢いよく首を横に振る。
「師団長だって、今日久しぶりにお会いしたんだよ?そんな話聞いていないよ。なにそれ、こわすぎる」
でも、確かにベロイア評議会のあった日。リュディガーは朝から機嫌が悪かった。
その後、ベティーロードの酒場で見た時は、なんか落ち込んでいるというか荒れていたことを思い出す。
「だよねぇ?そもそもビビは帰化すらしていないのに。何故そんなに突っ走っているんだろ、じっちゃんったら」
ジョッキ片手に、カルメンがぼやく。
「そりゃ、ビビに帰化してほしいからでしょ?」
アドリアーナの言葉にエリザベスが首を傾げる。
「でも、ビビさん・・・」
「うん・・・帰化はしないつもり。予定通り来年の春には国を出る」
ビビは苦笑して、エールのジョッキについた水滴を指先でなぞる。ジェマは不満そうに口元を歪めた。
「なんでよぅ・・・」
ビビはジェマを見返す。少し考えて口を開いた。
「誓っているの。母さんの約束、果たさなきゃ」
「約束?ビビのご両親って?」
今までビビの口から帰化を拒む理由が語られることはなかった。一同驚いた表情でビビに視線を向けた。
「ん・・・詳しくは話せないんだけど。両親はもういないんだ。わたし、母さんの意思を継いで旅をしている。やめるわけには、いかないの。みんなのこと、大好きだけど、大切だけど。・・・ごめん」
困ったように告げるビビの言葉に、皆は顔を見合わせ・・・
そっか、とジェマはそれ以上追及することをせず、エールを飲み干した。
来るもの拒まず、去る者追わず。
実際半年生活してわかったが、ガドル王国はそういう土地柄だった。そこに住まう人間も同じで。
深く追求することも、強制することもしない。すべては自分の心の持ち方次第なのだろう。
オリエの娘として生きていた記憶でのガドル王国とは、ずいぶんイメージが違う。国王の記憶はないが、王家や評議会はオリエやその家族すら手中に収め管理しようとしていたから。記憶でのビビは…ガドル王国が嫌いだったようだ。
「フィオンにその話は?」
カルメンに問われ、ビビは首を振る。
「言わなきゃって、思っているんだけど・・・ついつい甘えちゃってさ」
「無駄に包容力はある男、だからね~」
カルメンはふう、とため息をつく。
「実際、私が長子じゃなかったら、ミラー家の嫁候補になっていたくらいだし。ちょっと前まで、弟に家督を譲ってミラー家に入る話もあったんだよ」
「ええ?それほんとですの??」
エリザベスが声をあげ、ビビも思わずカルメンを見返す。
カルメンはビビを見返し、慌てたようにフィオンとはそんな仲じゃないからね、と言う。
「まぁ、強い血筋を残すのが一族の使命だからねぇ。そこに恋愛要素はないわけ。ましてや長子はさ」
「それでいいの?カルメンは・・・」
「同じこと、フィオンにも言えるんだよ。言ったじゃん、兵団では普通なんだよ」
だからフィオンが自らの意思でビビを望んだことが、カルメンは嬉しかったのだという。
ビビはうつむく。
「フィオンは、父親のアナクレトが一般国民だったから、なかなか母親のドミニクとの婚姻の許可がでなくて・・・遅くにやっと産まれた念願の長子だから、期待も大きいんだ。彼自身、一般国民の父親の血を幼少時から馬鹿にされていたみたいで、相当努力してここまで強くなったから」
「思いのほか、苦労人だったのね、フィオン氏」
アドリアーナはつぶやき、エルザベスも眉をひそめうなずく。
「なのに、またもや長子のフィオンが選んだのは、一般国民どころか帰化もしていない旅人、ときた」
血は争えないねぇ、と少々茶化し気味の口調でジェマは肩をすくめ、ジョッキを掲げて見せる。
「ビビは違うよ~なんといっても、今回の真空装置の開発でミラー家をはじめ、兵団顧問の中では評価はうなぎのぼりだし。アナクレトの時よりはすんなりいくんじゃない?」
「だが、行かせないけどね!」
鼻息荒いジェマに笑いが起こる。
「カルメンは?男いないの?」
「え?いるよ。婚約者」
「おお、生意気だな!」
豪快に笑いながらカルメンとジョッキをぶつけ合うジェマは、ビビの記憶に残る上官時代の彼女そのままで。
ビビは眩し気に目を細め、腕の太さを競い合う二人を眺める。
「・・・この国に来て良かったな」
思わず呟いた言葉に、エリザベスが笑いかけた。
「わたくしたちも、ビビさんと出会えて良かったわ。この先もつつがなく旅が続くことをお祈りしますね」
「そうそう、来年の春までまだ時間あるわけだし!いっぱい楽しまなきゃね!」
アドリアーナの手がビビの髪をくしゃりと撫でる。
「その前に、連中を説得しなきゃだわねぇ」
「フィオンはいいとして・・・サルティーヌ副隊長は面倒くさそうじゃん?」
カルメンの言葉にジェマがニヤリと笑う。
「だよな~あいつ、粘着質だからな」
「ね、粘着??」
「うん。ああいう無駄に女嫌いなタイプってさ、本気になると感情コントロールできなくて暴走しそう」
「暗がりで押し倒したり?」
「あ、それありあり!気をつけなよ?ビビ」
「ちょっと、こわいこといわないでよ!そこ」
本気で慌てるビビに、彼女たちは笑う。
その後も、酒場の酒の在庫をすべて飲みつくす勢いは止まらず。
翌日ベティーに請求書を渡され、オスカーが真っ青になって頭を抱えたのは言うまでもない。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
個人的に好きなこの章も大詰めとなってきています。一気に進んでいきますので、一話の文字数が4000文字を越えてきます。なるべくダラダラ続かないよう頑張りますので、お付き合いいただけると嬉しいです。
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