第111話 祝福のキス

 「"気功"、ですか」


 ベティーロードの酒場で、収穫祭限定のランチプレートの手伝いをしながら、ビビはカウンターで飲んでいるイヴァーノにおかわりのワインを注ぐ。

 先ほど神殿でカリストは"気"を使うのがトップレベル、と聞いて興味がてら聞くと、体内をめぐる"気功"と呼ばれる"気"を瞬時圧縮し、爆発させるのだそうだ。それは、時には物理攻撃倍増の付与より強いダメージを相手に与える。

 ジェマもまた、加護なしではあるが屈指の"気"使いだという。

 ただの鉄剣で、加護つきの剣でしか斬れないと言われる魔獣を簡単に寸断するのは、この"気"によるものだ。


 「総長の纏う、"覇気"ともまた違うんですね」

 「そうだな。体内の魔力と並行するものでもあるから、お前も使いこなせばいい線いくんじゃねえの?」

 ワインを飲み、イヴァーノはニヤリと笑う。

 「お前に剣を錬成されて、二刀流の"属性"使いになったあいつな、その魔量もスキルのレベルも、今では騎士団の中では抜き出ている。"気"のコントロールではたぶん俺と同等、もしくは上だ」

 「へぇ・・・」

 「確実に来年は、第三騎士団を率いる隊長に昇進するだろう」

 「総長もうかうかしていられませんね」

 くすり、とビビが笑うと、ジロッと睨みつけられる。

 カリストを語る時は、まるで自分の事のように嬉しそうで、誇らしげなのに。ツンデレだなとビビはクスクス笑った。


 「笑っている余裕なんてあるのか、お前は」

 イヴァーノに呆れたように言われ、ビビは首を傾げた。

 「そうよ~カリストもフィオンも、どちらが勝ったってあなたが担ぎ出されるのは確実なのよ?」

 ベティーが笑いながら声をかけてくる。

 

 「え?」

 

 「なんだ、聞いていただろう?優勝者には想い人からキスが贈られるって」

 「・・・・え?あ、あれ・・・??」

 神殿内の盛り上がりがすごすぎて、唖然としていただけに、経緯がまるで頭に入っていなかったことに気づく。

 「え、まさか、わたしがキスするんですか?」

 「流れから行くと、そうだろ」

 今更なに寝言言っているんだ?とイヴァーノは本気で呆れたようにビビを見た。

 

 「少なくとも、現時点、二人に一番近くて、指名を受ける可能性が高い女なら、間違いなくお前だろうよ」

 「表彰式で公開キスなんて、なんの罰ゲームかしらねぇ」

 「う・・・わ」

 真っ赤になり、真っ青になり、白くなるビビに、イヴァーノは忙しいやつだなと呟く。

 「言っておくが、お前に拒否権はないからな。恨むなら陛下にしろ」

 「いやあああああ!」

 ビビの叫びは、店の外まで聞こえたという。


 *


 「ジェマ!!」


 ビビは半べそ状態で、釣りをしているジェマに縋りつく。


 「ん?どした、ビビ。誰かにいじめられたの?」

 得意の"気功"を使っているのか、ジェマの足元のバケツにはすでに大量の魚が、中でビチビチ跳ねている。

 

 「ジェマ!どうしよう??公開処刑だよ!羞恥プレイだよ!なんで人前でキスなんてしなきゃ、いけないの??」

 「まさか、今気づいたなんて言わないでよね」

 隣で竿をふっていたアドリアーナが笑う。

 

 「私もやすやすあいつらに、ビビの唇を奪われるかと思っただけで、腸が煮えくり返るんだけど」

 ピキッ、と握る釣り竿にヒビが入る。

 ざわっ、と水面が揺れ、サーッとさざ波が流れていく。

 「ジェマ、抑えて。"気"が駄々洩れで魚が逃げる」

 「あ、ごめん」

 アドリアーナに指摘され、ジェマはあわてて竿を持ち直し、深呼吸をする。

 「さすがに、通年のチャンピオンと、その候補相手に勝てる気はしないのよね」

 元々狙いは女子の部の優勝だし、とジェマはため息をつく。ビビはしゅん、と肩を落とした。

 

 「まぁ・・・ジェマの感情はとりあえず置いておいて」

 アドリアーナがビビの頭を慰めるようにやさしく撫でる。

 「別に、あの二名にキスするのは嫌じゃないんでしょ?人前ってのが・・・問題なんでしょ?」

 確かに濃厚な一発を強制しているわけじゃないし、親しい男女で挨拶程度に軽く頬にするくらいなら、良くみかける光景ではあるけれど。

 「ううう・・・」

 「フィオン氏とも、付き合っている以上は、キスくらいしているでしょうし。カリストとだって不可抗力でキスした仲だって、デリックに聞いたけど?」

 かあっ、と赤くなるビビに、ジェマの怒気が膨れ上がる。

 「あの野郎、やっぱり殺す!」

 「ジェマ!魚が逃げる!!」

 両手で顔を覆い、羞恥に悶えるビビに、アドリアーナは純情すぎだわ、と眉を寄せた。


 *


 「良い方法がありましてよ!」


 突然聞こえる声に、三人は振り返る。

 そこには、長い金髪をなびかせ、悪役令嬢参上!と言わんばかりのポーズでエリザベスが立っていた。

 そして、その横には何故かカルメンが。

 

 ジェマは関わりあいたくないツートップの登場に、露骨に顔をしかめる。

 「・・・なにしに来た?」

 「ご挨拶ですわね、ジェマさん。さきほどぶり」

 つん、としながらエリザベスは余裕の笑みを浮かべる。

 「エリザベスさん、カルメン・・・」

 「話は聞いたわ」

 カルメンはニヤリと笑う。

 

 「本心は・・・ビビの祝福のキスはフィオンに捧げてほしいところなんだけど、今回は分が悪いというか」

 「は?」

 「万が一、サルティーヌ第三騎士団副隊長が優勝しようもんなら、ミラー家の顔がたたないわ。・・・ってか、オスカー兵団最高顧問、まぁ、じっちゃんでもあるんだけど。両者に優勝させたくないんだって」

 「・・・オスカー兵団顧問が?」

 でも、先ほど神殿では、優勝はヴァルカン山岳兵団がもらう!と宣言していたのに。

 

 「今回初参戦のサルティーヌ第三騎士団副隊長、"伏兵"って兵団内でかなり警戒されているの。なんたって、あのイヴァーノ総長のお手つき・・・じゃない、目をかけられているからね。参戦歴もないから前情報もないし、油断ならないわけ」

 そこで、とカルメンはジェマの前に進み出る。

 

 「今回、手を組まない?私たち」

 「は?」

 ジェマは目を見開く。その後ろで、アドリアーナがあ、そうか!と手を叩いた。

 「ジェマとカルメンでチーム参戦すればいいのよね?」

 「そう、そのとおり」

 エリザベスがうなずく。

 「斬り落とす丸木の本数は、シングルとくらべてカウント数にハンデがかかるけど。あなたたちなら、男性チームより断然強いし。充分あの二人と戦えるくらいのパワーはあるはずよ!」

 

 ビビはジェマを見る。

 そうだ、ジェマは屈指の"気"使い。カルメンも次期兵団長だけあって、パワー実力共に申し分ない。

 ジェマは縋るようにこちらを見るビビを見返し、カルメンに視線を向け・・・ニヤッと笑った。

 

 「乗った」

 

 手を出すジェマ。

 「そうこなきゃ!」

 がっちり握手を交わし、サムズアップするカルメン。

 

 「こうなったら、優勝するわよ!野郎どもに、ビビの唇を奪われてなるもんですか!」

 「任せて!ギャフンと言わせてやるんだから!」

 

 オーッホホホ!と甲高い雄たけびに似た笑い声が響く。

 気づけば、釣り場には人影もなく。川岸には気絶した魚が大量に打ち上げられていた。


****

このコンビ、最高にして最強(笑)元気の良い女子は大好きです^^

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