第109話 神託

 収穫祭の当日。


 早朝6時のジュノー神殿で


 「本日は創造神ジュピター様に、豊かな実りへの感謝を捧げる収穫祭です。

大地に光を灯し、我らを導いてくださる運命の女神ノルン様、豊かな実りの慈愛をくださる神ヴェスタ様、

そして我らに知恵を授けてくださった、調和の女神テーレ様に選ばれしふたりの御子の故事に則り、それぞれ大地の託宣を賜ります」


 祭壇で祈りを捧げた司祭は、その両脇に控える男女を促す。


 女神テーレの神託を告げるエリザベスは・・・まつ毛もジャンルカの錬成した解毒と薬のおかげで、綺麗に生えそろい美貌を損なうことなく、眩いほどで。さすが毎年"女神テーレの御子"に選ばれるだけはあるな、とビビは素直に感動した。

 同じく、司祭を挟んで立っているカリストもまた、騎士団の正装である白と金糸の団服姿に濃紺のマント。超絶美形な二人並ぶとまるで絵画のようだ。


 「うん、カッコいい・・・」

 ほう、と思わずビビはため息を漏らす。


 「調和の女神テーレ様のありがたきお言葉、大地の神託。王国の民を代表してお礼申し上げます。これからも神々の御心に背くことなきよう、日々の務めを果たすことをガドル王国国王ソルティア・デル・アレクサンドル、ここにお誓い申し上げます」


 祭壇に向かい、礼をとるソルティア陛下の穏やかな声が響く。いつもの簡易的な王族の衣装ではなく、どっしりとした煌びやかな祭典用の王族衣装。片肩にかけられた毛皮をふんだんに使った見事なマントは見るからに重そうだ。


 王族の背後に控える武術団のカイザルック魔術師団の師団長リュディガー・ブラウン、ハーキュレーズ王宮騎士団総長イヴァーノ・カサノバス、ヴァルカン山岳兵団の兵団最高顧問オスカー・フォン・ゲレスハイム。そしてヴェスタ農業管理会の組合長プラット・サルティーヌ。ベロイア評議会の長老・・・他それぞれ、普段とは違う正装をしている。

 そこだけ世界が違うような、神々しい雰囲気にすっかり飲まれ、ビビは息をするのも忘れて見惚れていた。


 儀式も終盤になろうという時。

 キラキラと周囲に光が舞い降り、儀式を見守っている参拝席から声があがる。

 光は緑と金色に輝きながら、辺りに降り注ぐ。


 あ・・・


 ビビは胸元の神獣ユグドラシルの魔石が、明るく光り輝いているのを感じて、手で握りしめる。


 「おお、神獣ユグドラシルの聖なる創生の加護が・・・」

 壇上の司祭が驚きの声をあげた。


 *


 「ビビさん」

 祭壇に並べられた一般席の隅でぼーっと余韻に浸っていたビビに、エリザベスが声をかけてきた。

 「おはようございます。女神テーレの神託、見に来てくださったのね」

 「おはようございます。はい!すごく綺麗でした!神々しくて感動しちゃった!」

 頬を染めて興奮気味に答えると、エリザベスは美しい笑みを浮かべ、ビビの手を取る。

 

 「これも、ビビさんのおかげです。あなたが過ちに気づかせてくれなかったら、わたくし今日この日、無事に神託を受けることはできなかったでしょう」

 その笑みにビビはぼうっと見惚れる。

 「どうかしまして?」

 「い、いえ。エリザベスさんって・・・やっぱり綺麗だなって」


 まつ毛事件があってから、エリザベスは化粧の厚塗りはやめたらしい。天然素材に目覚めたのか、自然派化粧品にはまっているのだと先日会った時に聞いていたが、それがよくなじんでいるらしく、肌に透明感があって透けるように美しい。

 エリザベスは頬を赤らめた。

 「うふふ。ありがとう!でも残念ながら肝心の意中の殿方の心は、射止めることは無理みたい」

 言って、祭壇の下、女性ファンに囲まれて不機嫌オーラ全開のカリストに目を向ける。

 「・・・あら」

 まぁ、カリストの騎士団正装姿なんて、滅多にお目にかかれないから、貴重なんだろうなぁと苦笑するビビ。


 「ビビさんは、丸太斬りのイベント、どちらを応援しますの?」

 エリザベスに聞かれ、ビビは首を傾げる。

 「どちらって?」

 「嫌だわ、カリスト様と、フィオン・ミラー氏よ」

 「ああ・・・」

 そういえば、先日カリストが参戦表明していたことを思い出す。

 

 「ここ数年はヴァルカン山岳兵団が優勝しているのよ。その筆頭がフィオン・ミラー氏。今回はハーキュレーズ王宮騎士団からカリスト様が初参戦するから、かなり白熱しそうで、的屋も出ているらしいわ」

 エリザベスの言葉にビビは思わず首を傾げた。

 

 丸太落とし・・・聞いた限りでは、腕力がモノをいう競技な気がするのだが。

 確かに騎士団所属だけあって、鍛えているのはダンジョンで同行しているからわかってはいるけど。

 「サルティーヌ様って、そんな腕力あるように見えないんだけど?」


 「馬鹿にすんなよ?あいつ、腕力は山岳兵に劣るかもしれんが、体内の"気"使いはトップレベルだ」


 後ろから声がかかり、振り返ると正装姿のイヴァーノが腕を組み、相変わらず悪人顔の笑みを浮かべて、こちらを見下ろしていた。

 「・・・イヴァーノ総長、おはようございます」

 「おはよう、ビビ」

 ひょい、とイヴァーノの後ろからリュディガーも顔をのぞかせる。久々顔を合わせる養父?の笑顔に、ビビはパッと顔を輝かせた。

 「リュデイガー師団長!おはようございます」

 なんだ、俺とは態度が違うな、とブツクサぼやくイヴァーノを無視して、リュディガーはさらに笑みを濃くした。


 「さっきの神獣ユグドラシルの聖なる創生の祝福、すごかったねぇ。あれだけの光の洪水は、ここしばらくはなかった気がする」

 それだけ神獣ユグドラシルと女神ノルンの祝福が今年は色濃いのだ、と司祭は興奮気味にベロイア評議会の長老たちに熱弁しているのを見やり、ビビは無意識に胸元の魔石を握りしめる。ふと不安そうな表情を浮かべたビビに、リュディガーは安心させるようにポンポンと肩を叩いた。

 

 「いいね。幸先の良いスタートってことだよ?そんな顔をするんじゃない。外は大騒ぎだったらしいね。今日はきっと良い一日になるよ」

 「・・・はい」

 頭を撫でられ、ビビはほほ笑む。

 

 「通常なら、もうベティーロードの酒場で一日飲んだくれる予定だけどな。今年はなかなか丸太落としのイベントが白熱しそうだから、酒場で籠っているのがもったいない」

 ニヤニヤ意味ありげで言うイヴァーノに、リュディガーは不機嫌そうながらビビの肩をだく。

 

 「言っておくがな、どっちが勝ってもうちの娘はやらないからな!」

 「なんか・・・その丸太落としのイベント、かなり注目されているんですね?」

 今年の優勝者は??と闘技場の前や、市場の広場では的屋も出ていると、先ほどエリザベスも言っていた。

 

 「おう。騎士団と山岳兵団、今をときめく若手独身ツートップが、嫁を巡っての世紀の対決だからな」

 「??」

 首を傾げるビビに、エリザベスとイヴァーノとリュディガーは、え?と顔を見合わせる。


 「おい、ビビ、なんだその他人事のような顔は?」

 さすがのイヴァーノも、まじか?という呆れたような表情でビビを見下ろす。

 他人事、って他人事では?


 「・・・・まぁ、ビビだからね」

 リュディガーもまた苦笑い。

 なんだ、リュディガー師団長までその残念な子供を見るまなざしをして。


 「え、でもちょっと信じられませんわ。あんなに騒がれているのに?」

 エリザベスさん、なぜそんなムッとした顔しているんですか?

 本気でわからない。

 

 「??全然話が見えていないんですけど」

 

 「「「いいよ、わからなきゃ」」」

 

 何故か三人の声がマモり、うろたえるビビ。

 ・・・解せぬ。


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