第108話 閑話 売られた喧嘩

 それは先月開かれた、ベロイア評議会の少し前。

 

 「カリスト」


 背後から声をかけられ、振り返ると。後ろにアドリアーナを従えた、イヴァーノ総長が執務室から出てくるところだった。

 「総長」

 「これから東のダンジョンの討伐か?ご苦労」

 労われてカリストは軽く頭をさげる。

 ここの所、立て続けに魔獣の討伐に駆り出され、ロクに休みも取れていなかった。今朝も午前中は待機で、午後は討伐・・・と過密スケジュールを組まれていて。カイザルック魔術師団から特別に提供される、ヒール回復薬でなんとかしのいでいる、という状況だ。


 「お前、午後つきあえ」

 「・・・え?」

 イヴァーノ総長はどこか意味ありげな笑みを浮かべ、カリストの肩を叩く。カリストは首を傾げた。確か今日の午後は月に一度のベロイア評議会があるはず。後ろで控えたアドリアーナに目を向けると、彼女も聞いていなかったのか、驚いたような視線を上官に向けている。

 

 「総長?」

 「アドリアーナ、悪いがカリストを午後の評議会に連れて行く。討伐の代理を第三騎士団から選出して、調整してくれ」

 「あ、了解しました」

 行くぞ、と目で促され、慌ててイヴァーノの後を追うカリスト。

 いつもながら突発すぎる上官に振り回されながらも、もう慣れたのか。アドリアーナは敬礼して踵を返し城の中へ戻って行った。


 「突然、悪かったな」

 歩きながらイヴァーノは言う。

 「いきなりソルティア陛下が、評議会の前に例のダンジョンに設置した転移ゲートの報告を希望されてな」

 「あ、はい」

 「ハーキュレーズ王宮騎士団とヴァルカン山岳兵団管轄のダンジョン責任者を同行させ、登城するように、とのお達しだ」

  「え?」

 振り返り、イヴァーノは人の悪い笑みを見せる。

 

 「ヴァルカン山岳兵団管轄の責任者は、フィオン・ミラーだな」

 「・・・」

 カリストはわずかに眉を寄せる。

 「まったく、陛下は何を考えているんだか」


 本来なら今日の評議会は、ヴァルカン山岳兵団で開発中の真空装置の報告のはず、だった。

 このため、開発責任者であるアナクレト・ミラーがオスカー兵団顧問に同行する話だったが、今朝になっていきなりその息子のフィオン・ミラーを同行させる連絡が入った。

 なんでも、フィオンが自らオスカーに申し入れたのだという。

 元々アナクレトからも、報告にもう少し猶予が欲しい旨の連絡が前々からあがっていたので、次回の議題に持ち越しとなり。フィオンを伴うのであれば、せっかくだからダンジョンに設置する転移ゲートの報告を受けたい、と陛下が言い出し。ハーキュレーズ王宮騎士団管轄のダンジョン同行の責任者であるカリストにも召集がかかったのだった。

 

 「・・・報告といっても、毎回総長にあげている情報以外は特にありませんが」

 怪訝そうなカリストに、イヴァーノ総長はニヤリとする。

 「まあ、そう言うな。恋敵をじっくり拝む機会なんぞ、そうないぞ?」

 「・・・」

 「ドミニク・ミラーは今年中に、息子のフィオンに家長を譲るそうだ。ビビがどう受け止めているか知らんが、あちらさんは本腰入れてビビを山岳兵団へ引き込むつもりのようだな」


 *


 思えば、自分はビビの事を何も知らないのだ、とカリストは思う。

 あの強い者にしか興味を示さないジェマが、異常なほど執着を見せる旅人の少女。

 お互い、第一印象はお世辞にも良かった記憶はない。最初は、どこにでもいる苦手な女の部類だと、そう思っていた。

 すっぽりフードで表情を隠し、でもはじめて目を合わせた時、その深い不思議な緑の瞳は・・・どこか懐かしく感じた。


 視線を感じて顔をあげると、少し離れたテーブルの向こう、オスカー兵団顧問の後ろに控えて立っている男と目が合う。

 少し吊り上がり気味の青い瞳は、カリストと目が合うと、僅かに細められる。

 

 フィオン・ミラー。

 ヴァルカン山岳兵団で軍人貴族ゲレスハイム一族の次に勢力を持つ、ミラー一族の長子であり、次期兵団長。

 がっしりとした体躯に、日焼けした肌の色。すっきり短く刈り上げた若草色の髪型が、端正な顔によく似あっていた。

 王都から離れているヴァルカン山脈。エセル砦に居を構えている山岳兵団の日常の噂は、ほとんど城下まで降りてくることはない。

 元々、カリスト自身もゴシップには全く興味がなかった。それでも、ヴァルカン山岳兵団のフィオン・ミラーの話はたびたび耳にしていた。

 

 六年連続で、収穫祭のイベントである丸太切り落とし競争の優勝記録保持者だとか。

 その母親である一族の兵団長ドミニク・ミラー。ゲレスハイム一家の兵団長に継ぐ実力者で。なかなか長子のフィオンに家督を譲らないのは、その強さ故にフィオンの実力がなかなか追いついていないから、との話だ。


 ーーー噂では、フィオン・ミラーは、ビビの大切な人と似ているらしい。

 初対面で、フィオンと顔を合わせた時、泣いたビビの話はカリストも聞いていた。その泣くほど大切な人、とは誰なのだろう?

 ざわり、と胸の中を冷たいものが蠢く。


 フィオン、とオスカー兵団顧問に声をかけられ、フィオンはカリストから視線を外し、落ち着いた口調で応対している。

カリストもまた視線を戻し・・・そこで今度は正面に座るリュディガー・ブラウン師団長と目があった。

 いつもの温和な雰囲気はどこにもなく、全身からにじみ出る不機嫌なオーラ。固く閉じた口元は何か堪えているように歪んでいる。

 その正面、自分に背を向けてドカリと座っているイヴァーノ総長の表情は、こちらからは伺えない。だがちらりとイヴァーノに視線を向けたリュディガーが、ますます憮然とした表情を浮かべるところを見る限り、どうやらイヴァーノはこの状況を面白がっているようだ。

 再度カリストに目を向け、リュディガーの片眉がわずかに上がる。


 「おい、ビビはどうしたんだ?ダンジョンの転移ゲート設置の立役者、だろう?」

 揶揄うようなイヴァーノに、カリストから視線を外し、リュディガーはジロッとイヴァーノを睨みつける。

 「この案件に関しては、ビビ個人ではなく、カイザルック第二魔術師団が請け負っていることになっている。口を慎め」

 「おお、コワ」

 イヴァーノが肩をすくめると、リュディガーの後ろに控えていたファビエンヌが小さく噴き出すのが見えた。

 

 「残念でした!ビビは本日お休みよ。総長」

 くすくすファビエンヌは笑う。

 「ファビ、」

 リュディガーが顔をしかめて、背後のファビエンヌを咎めるように見やると、キツネ顔を思わせる笑みを浮かべたまま、首を傾けた。

 「あら、師団長。いいじゃないですか。わざわざここまでご足労いただいたことだし?彼らが一番欲しい情報、じゃない?ねえ」

 言って、ちらり、とフィオン、そしてカリストに目をやるファビエンヌ。

 

 「そういえば、第二魔術師団の代表なら・・・ジャンルカ氏が出てくると思っていたけど?ファビが代理ってことは、ジャンルカ氏も?」

 リュディガーはむすっと押し黙ったまま、口元をへの字に歪めているため、回答をもらえそうにないと判断したのか。オスカーが顎に手をあて、ファビエンヌに尋ねる。

 

 「今日は、ヴィンターの結婚式なんだよねぇ」

 

 代わりに答えたのが、ソルティア陛下。相変わらずニコニコ楽しそうに笑みを浮かべ、テーブルを囲む面々を見渡す。

 この人物だけはきっとどんな時も動じず、変わらないのだろう。

 「ヴィンターって、ジャンルカ氏の?」

 「そう息子だよ。ビビはジャンルカ氏の愛弟子だし、ヴィンターとも父親と師弟関係除いても"仲良し"だからね。見ていて妬けちゃうよ、僕」

 会いたいなら、報告終わってからジュノー神殿に行ってみたら~?と手元の書類をまとめながら何気に爆弾投下。面白いくらいに、フィオンとカリストの肩が反応を返す。緊張感のない間延びしたその声を聞きながら、リュディガーは密かにため息をついた。


 *


 ひと通りの報告を終わらせ、ソルティア陛下以下三名はこのままベロイア評議会へ参加するために、場所を移動することとなった。

 付き添いのファビエンヌ、フィオン、カリストはここで解散となる。

 席を立ったリュディガーに、フィオンは声をかけた。

 

 「ブラウン師団長」

 

 リュディガーは足をとめ、長身のフィオンを見上げるようにする。

 「なにか」

 「ビビを今晩ヴァルカン山岳兵団の砦に招待したいので、許可を」

 言って、胸に拳をあて礼を取る。

 

 「そんなの、いちいち俺の許可なぞいらんだろう」

 前もって聞いていたのだろう。不機嫌そうにリュディガーは背後に立つオスカーを、じとっと見やる。

 オスカーはやれやれ、といったように肩をすくめた。フィオンもまた困ったように眉をさげる。

 

 「確かにビビは成人していますが、カイザルック魔術師団に保護されていますし、師団長は養父だと聞いていますので」

 「養父?」

 「はい。自分にとって父親のような大切な存在だと」

 「・・・そうか」

 一瞬、リュディガーの口元が喜びに緩む。それを目ざとく見て、オスカーとイヴァーノは互いに目を合わせ口元を押さえる。

 

 「び、ビビの好きにすればいい。だが、ちゃんと送り届けるように」

 背中を向け必死に笑いを堪える二名に気づき、あわてて顔を引き締めリュディガーは咳払いをした。フィオンはほっとしたように大きく頷く。

 「ありがとうございます。責任もって送り届けます」


 クックックッ・・・


 「その緊張感さぁ。なんかまるで、嫁入り前の娘を巡る父と彼氏との攻防戦、を思わせるねぇ」


 背後で聞いていたソルティア陛下が爆笑するのに、ピシリ、と一同の表情が固まる。

 あ~言っちゃった、とファビエンヌは苦笑い。イヴァーノは頭を抱え視線をあらぬ方向へ彷徨わせ、オスカーは俺は知らね、と口笛を。

 リュディガーは石のように固まり、それを見て慌てるフィオン。

 カリストに関しては無表情のまま、少し離れた場所で彼らを見守っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る