第107話 ごほうび

 作業用のワンピースから、普段着に着替えて、周囲に挨拶しながら牧場を後にする。牧場を出たところで、カリストは立っていた。

 目立たないところでビビを待っていたようだ。

 「サルティーヌ様、お待たせしちゃってすみません」

 ビビが頭をさげると、カリストは軽くうなずき歩き出す。バスケットを持ち直し、ビビはその後を追う。


 「・・・・」

 「・・・・」


 無言が気まずい。

 黙々と歩き、ビビはちらっとカリストに目をやる。

 彫りの深い、相変わらず整った綺麗な横顔。

 思えば、あの初キス以来・・・だ。


 「あの・・・」

 ビビは恐る恐る声をかける。

 「久しぶり、ですね」

 「・・・ああ」

 「何を・・・されていたんですか?」

 「ダンジョン探索」

 「そうですか・・・」


 駄目だ、会話が続かない。

 ビビは肩を落とす。

 そもそも、共通話題がないのだ。手合わせをしている時は、会話は必要なかったし、ダンジョンで探索していれば・・・魔獣や素材などそれなりのネタは出てくるのだけど。


 「この前のクッキーだけど」


 突然カリストが口を開く。

 「あ、はい」

 「ありがとう。美味かった。総長やデリック達に半分以上食われたけど」

 ビビは顔をあげる。カリストは相変わらず無表情だったが・・・いや、無理やり無表情を装っているようにも・・・見える?


 「また、焼いてくれる?今度は取られないよう、うまく隠すから」

 「隠すって・・・」

 「あいつら、遠慮がない」

 憮然としているカリストに、ビビは思わずクスッと笑った。

 「ふふふ、喜んでいただけたなら、よかったです。また差し入れますね?」

 「うん」

 再び歩き出すカリストの後に続くビビ。


 結局ダンジョンの同行は、カリストが担当続投することに落ち着いた、とイヴァーノから伝えられた。とはいえ、第三騎士団の管轄するダンジョンの討伐も日々増えてきてはいたので、タイミングが合わないときは、第一騎士団からオーガストとアドリアーナが同行してくれるらしい。


 カリストはあれからイヴァーノに拉致られ、散々飲まされて、ことの経緯を全部吐かされたそうで。あのキスのことも聞き及んでいたらしく・・・

 "カリスト相手に、お前も苦労するな"とニヤニヤしながら、"ま、うまくやれよ?"との不明な励ましもいただいた。

 茶化されて恥ずかしかったけど・・・イヴァーノがいてくれて良かった、とビビは思った。


 「お前、よく作るの?」

 続く会話にホッとしながら、ビビはカリストを見上げた。

 「お菓子ですか?そうですね。プラットさんがたまに果物とか、海外の変わった食材や材料を届けてくれるんです」

 ビビの言葉に、カリストは目に見えて不機嫌そうな顔になる。

 「ったく・・・物で釣ろうって魂胆かよ」

 つぶやいた言葉が聞き取れなくて、ビビは首を傾げる。

 「商品化しないかとか、お誘いいただいているんですけどね。これっていうレシピもないので。いつも行き当たりばったり、思いつきで作っていますから」

 「へぇ」

 それにしては、味や質のレベルも高いような。

 

 「それに・・・正直言いますとね、皆さんには実験台になってもらっているんですよ?」

 「え?」

 カリストがビビを見返すと、ビビはにこっと笑い返す。

 「この前のクッキーも、ヒール草の再利用の実験で焼いたんです。もちろん、ちゃんと鑑定してお渡ししているから、安心してください」

 「お詫びといいながら、実験台かよ。お前ってホントいい性格している」

 呆れたようにカリストは肩を落とした。

 「まさか、いつも食わせてもらっているサンドウィッチも?」

 「まさか!あれは正真正銘ノーマル食材を使っているので安心してください!・・・体力回復するおまじないつきですが」

 「結局は混ぜ込んでいるんだ?」

 カリストは噴き出した、ま、美味いからいいけど?と言われ、ビビは顔を赤らめる。

 褒められるのは相変わらず慣れないけど。カリストに褒められると、心がほんわりと温かくなる。

 良かった、こんなふうにまた会話できるようになって・・・。


 *


 そのままプラットの家に到着する。

 カリストは慣れたように鍵をあけ、中に入って行った。

 一軒家に、今はプラット一人で住んでいるらしく、平屋のその家は、日当たりがよく、家具も調度も必要最低限。

 掃除も綺麗に行き届いていて、几帳面なプラットらしい。

 

 カリストは部屋の奥の地下室の階段を降りていく。

 「へぇ・・・二階建じゃないと思ったら、地下室があるんですね?」

 後に続くと、地下室はどうやらワインセラーになっているらしく、棚にはぎっしりワインボトルや樽が整頓され並んでいる。

 少し涼しい室内には、醗酵したビーツの実の香りと、樽の香りが混じって漂っていた。

 「・・・居るだけで酔いそう」

 ふう、とビビが息をはくと、カリストが笑う気配がした。

 「イヴァーノ総長なんて、ここに住みたいって言っていたな。どれだけ酒好きなんだか・・・」

 コツコツと石畳の床を歩く音が奥から聞こえる。

 

 「悪い、手伝って」

 「あ、はい」

 バスケットをテーブルに置き、声のするほうへ。

 カリストが奥の棚の上のワインボトルを数本抜き、ビビに差し出す。それを受け取ろうとして手を伸ばすが、埃で瓶が滑った。

 「うわ・・・きゃっ!!」

 あわてて瓶を抱えるビビ。勢いで両手を棚に伸ばしているカリストに体当たりをしてしまった。

 「ぐっ・・・!」

 呻き声をあげてカリストは腰を折り、ビビに覆いかぶさる。

 受け止めきれなくて、そのまま床に尻もちをつくビビ。


 ゴトン、とワインボトルが床に転がる。


 「サルティーヌ様!」

 バン、と棚に並べた樽に手をつき、カリストはビビに倒れこむのをなんとか堪えた。

 「・・・いって」

 鳩尾に入ったのか、カリストは樽につく腕を震わせ、顔をあげられずにいる。ビビはオロオロして無意識にうつむくカリストの顔に手を伸ばし、両頬を包み込んで覗き込む。


 「だ、大丈夫で・・・」

 すか、言いかけて、ビビは息を飲んだ。

 上の階の階段から地下室へ差し込む光が、向き合う両者の顔を明るく照らしている。

 鼻がつきそうな近距離で、お互い視線を合わせたまま動けずにいた。

 ビビにそそがれるカリストの深い青い目の色が、あまりにも綺麗で、そのまま溺れてしまいそうな感覚が襲う。


 ・・・湖の底みたい。こんな青ってあるんだ・・・綺麗・・・


 「あ・・・」

 固まって動けないビビに、カリストはびっくりしたように目を見開いていたが、やがて困ったような表情を浮かべる。

 「お前って・・・ほんとトロい」

 「・・・うっ」

 赤くなり、そこでビビは自分の両手がカリストの両頬に触れていたのに気づき、小さく声をあげて両手を振り上げ・・・

 

 「狭いから暴れるな。危ない」

 と、すばやく伸びたカリストの両手に、両手首をそのまま拘束される。

 狭い通路に向かい合ってしゃがみこみ、まるでカリストの胸に抱え込まれているようで、ドクドクと心臓がうるさいくらいに高鳴っている。きっと顔は真っ赤にちがいない。暗い地下室に感謝してうつむいた。


 しばし、沈黙が続く。


 ・・・でも、嫌じゃない?

 沈黙も、触れられる指先も。

 吐息が触れるくらい、近い距離も。


 前は・・・あんなに苦手だったのに。


 「収穫祭、だけど」

 頭上でカリストの声が聞こえる。


 「毎年イベントで丸太斬り落とし大会があるんだよね」

 「あ、はい」

 ややびっくりして、ビビは顔をあげた。

 カリストはビビと目が合うと、意味ありげにニヤッと彼らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。


 「今年、俺も出るから」

 「・・・・え?」

 「毎年ヴァルカン山岳兵団に持っていかれているからね」

 両肘に手を添えられ、支えられながら立ち上がる。足元に転がったワインの瓶を拾い、ビビに手渡す。

 唖然としているビビの髪を指先に絡め、カリストは笑った。


 「もし優勝したら・・・ミラーに勝てたらご褒美よろしく」

 「ええええ???」

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