第106話 百人斬りvs三股?

 「うわ、ビビねーちゃん、きたねっ」

 

 ホセ・マリアが慌ててタオルでビビの口元を覆う。

 「??大丈夫ですか?」

 プラットに背中をさすられ、ビビは咳こむ。


 そうだ、サルティーヌ!プラットさんと同じ?!


 「あの、プラットさんの息子さんって・・・」

 「はい。カリスト、ですが・・・ビビさん、ご存知なんですか?」

 驚いたようなプラットを見返し、ひきつり笑いをするビビ。

 「ご存知、って嫌だわ組合長!」

 「ビビさんの年頃なら、カリストを知らないわけないでしょう!」

 「あら、ビビさんもファン?」

 口々にはやし立てる、婦人部のマダムたち。


 と、


 「ビビねーちゃんは、カリスト兄ちゃんのコレ、なんだよな!よく2人で森行っているの、俺知ってる!」

 小指を立てて、得意げに爆弾投下したのは、バートルミー・デル・アレクサンドル王子殿下五歳。

 ソルティア陛下の3番目の息子にあたる。


 「ちげーよ!ビビねーちゃんは、フィオン兄ちゃんの嫁になるんだぜ!オスカーさいこーこもんが内緒だからねーと言っていたし!」

 反論するのは、ヴァルカン山岳兵団の子供たちである。というか、内緒の話ならこんなところで暴露しないでほしい。


 「ちょ・・・なに言って、君たち?なんの話をっ、」

 ビビは飛び上がる。

 プラットは目を丸くし、周囲の女性職員や婦人会のマダムたちは、あら、とか、まぁ!とか目を輝かせている。


 「だって、父上言っていたもん。ビビねーちゃんを娘にしたいから、カリスト兄ちゃんからリャクダツしろって」

 「リャクダツってなんだ?」

 「必殺技じゃね?」

 わいわい騒ぐ男児に、ビビは頭を抱える。


 ソルティア陛下・・・息子になにバカなこと言っているんですか、あなたは


 「ビビねーちゃんは、山岳兵団に来るの!負けないからな!」

 何故か当事者のビビを無視して、カリスト派とフィオン派に分かれて言い合いを始める男児。

 そこに牧場へ遊びに来た女児もくわわり、さながら動物園のような騒がしさ。


 「カリストにーちゃんは、【女神テーレの御子】なんだぜ!」

 (そうね、四年連続なんて確かにすごい)

 うんうん、と大人たちはうなずく。

 

 「フィオン兄ちゃんは、丸木切り競争の連続チャンピオンなんだぜ!」

 (そうね、あの筋肉は伊達じゃない)

 うんうん、と大人たちはうなずく。

 

 「切るならカリストにーちゃんだって負けていないからな!"おんなひゃくにんぎり"、ってじいじが言っていた!」

 (・・・女百人斬りって、何)

 大人たちは顔を見合わせる。

 

 「おんなならフィオン兄ちゃん、ミマタかけていたんだからな!」

 (・・・ちょっと、)

 大人たちは慌てて言い合う子供の口を塞ごうと立ち上がる。

 

 「みまたってなんだ?」

 (あああっ、良い子は聞いちゃいけません!)

 

 「おんなを三人ぶらさげている得意技だ!兄ちゃんの筋肉は最強なんだ!」

 (なんだそれ~!!!)


 思いもよらず、ハーキュレーズ王宮騎士団とヴァルカン山岳兵団の人気をわかつ男二名のプライベートを、あどけなく暴露され、周囲の大人たちは大爆笑である。

 置いていかれたビビは魂が抜けたような状態で、ぐったりと座り込んでいた。


 「ビビさん、どうぞ」

 声をかけられ、よろよろと振り返れば。満面な笑みのプラットがジュースを手渡してくれた。

 「まぁ、子供の無邪気なたわごとですから。お気になさらず」

 「ううう・・・サルティーヌ様とはダンジョンでたまにご一緒させていただいていますけど!そんな関係じゃ・・・」

 ああ、でもあなたの息子さんの初キスは、わたしがいただいちゃったんです。ごめんなさい!

 真っ赤になって慌てふためくビビに、プラットは声を出して笑った。

 あ、やっぱり親子だな。笑う顔が似てる・・・かも。

 周囲は、日頃あまり表情の変えないプラットが、声を出して笑っているのに、びっくりしているようだった。


 「あの・・・プラットさん・・・?」

 「ああ、すみません」

 笑いながらプラットは頷く。

 「良いですよ?ヴェスタ農業管理会だって、いつでも歓迎しますとも。勿論、私自身としては、愚息の嫁なら、さらに大歓迎です」

 しかしまさか、息子とビビさんがそんな親しい間柄だったとは・・・とプラットは笑いが治まらないらしい。意外に笑い上戸のようだ。

 「嫁って・・・」

 あわあわして言葉を失うビビ。


 「なに、バカなこと言っているの?」


 背後からかかる声に、文字どおり飛び上がる。振り返り、不機嫌マックスな顔で、こちらを見ている青い瞳と目が合い・・・


 「さっ、サルティーヌ様」


 周囲はさらに色めき立ち、子供たちは

 騎士さまーとか、にーちゃんだー!とか、バートルミーやホセ・マリアは、必殺技!リャクダツーと連呼して走り回る。


 ・・・それやめて。お願いだから


 *


 収穫祭に出されるメニユーの試食会に、突然現れたカリスト・サルティーヌに、農業管理会の女子たちは仕事も放りだして駆けつけてきて、一時は騒然となった。

 カリストを囲んできゃあきゃあ騒ぐ女子たちを見て、ビビはカリストの人気の凄さを再確認する。

 カリストは無表情で彼女たちをあしらい、プラットとなにやら会話している。

 ビビはなんとなく気になりながらも、別なテーブルで婦人会のマダム達と料理をつまんで談笑していた。


 「珍しいわね、カリストがここに来るなんて」

 マダムの一人が言う。

 「あまり親子仲、良くないんですか?」

 「そうねぇ~カリストが騎士団に入団した当時は、険悪で寄り付かなかったけど、今では組合長が根負けして認めているというか・・・」

 「そうそう、あの第三騎士団副隊長になった時なんて、かなり喜んでいたものね。表面上関心なさそうに見せておいて、酒場でお祝いして、ワイン片手に小躍りしていたって噂よ?」

 「な、なんですか?そのシュールな図、ぜひ見たいんですけど!」

 

 あの、ダンディーなプラット氏がワイン片手に小躍り・・・ビビは知らず顔がにやけてしまう。

 「愛されているんですねぇ~」

 「奥様のエレクトラさんも、農業管理会の婦人会に在籍していましたけど、結婚する前はハーキュレーズ王宮騎士団所属でしたからね。ずいぶん前にお亡くなりになりましたけど・・・お綺麗な方だったんですよ」

 「そうねぇ、カリストはエレクトラさん似なのかもしれないわね」


 ビビは目を瞬く。母親のことは全然知らない情報だった。妹が一人いたような記憶はあるのだが。

 ふと視線を感じて顔をめぐらすと、こちらを見ているカリストと目が合う。

 カリストはふい、と視線をそらし、プラットになにやら伝えるとそのまま背を向けて歩き出した。

 

 「あら?もう行っちゃうのかしら?」

 取り囲んでいた農業管理会の女子たちが、プラットに注意されたのか、不満そうに持ち場へ戻っていくのを見ながら、婦人会のマダムが首を傾げた。

 「行かなくていいの?ビビさんは」

 「あ~・・・えっと」

 口ごもっていると、プラットがこちらに歩いて来る。


 「ビビさん、申し訳ないんですけど・・・カリストに収穫祭用のイヴァーノ総長のワインを頼まれましてね。家の倉庫まで取りに行かせたんですが、ガドル王城まで運ぶのを手伝ってもらえませんか?」

 「へ?あ、はい。いいですけど・・・」

 プラットの後ろから、農業管理会の女性がビビにバスケットを手渡す。

 

 「これ、今日の試食のサンプルです。よかったら持って帰って、カイザルック魔術師団の皆さんで食べてくださいね」

 「わあ、いつもありがとうございます」

 「ワインはちゃんとカイザルック魔術師団用にも準備させますから、持って行ってください」

 笑顔でプラットに言われ、ビビは頭をさげるとカリストの後を追った。


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