第105話 夏の収穫祭二週間前
スペルト麦の収穫が終わり、日増しに暑さが厳しくなってくる。
ぼんやりと優しい春も好きだが、ビビは太陽が痛いくらいの夏が好きだ。
オーロックス牧場で牛たちにブラッシングしながら、ビビはふう、と空を仰ぎ息を吐いた。
「暑っつーい」
腕まくりをし、滲む汗を拭う。
「フード被って暑くないですか?」
隣で一緒にブラッシングしながら、農業管理会の女性が笑いながら声をかける。
「さすがに暑いですねー上着いらないなぁ~帽子でも被ろうかしら・・・」
言いかけた瞬間
バシャーン!
勢い良く水が頭から降り注ぐ。
「うわっ!なに??」
一瞬何が起きたかわからず、ビビは頭を抱える、
続けざまに、水が今度は背後からかかり
「こら!ホセ・マリア!」
悲鳴をあげる女性と、オーロックス牛の鳴き声と。
目をあけると、数人の男児がわらわらと走っているのが見えた。
「やったー!大成功!!」
男児を引き連れて走るのは、ここ最近知り合った・・・というか、一方的に悪戯をしかけてくるホセ・マリア。五歳になる少々元気すぎるわんぱく坊主。
「こら、待ちなさい!」
「いーじゃん、暑いんだろー」
「わーいわーい!」
どうやら数人がかりで、オーロックス牛に水をかけてびっくりさせて喜んでいるらしい。
確かに暑いから、水をかけてあげるのは優しさなんだろうが、牛はびっくりして走りだし、乳搾している作業員は突飛ばされ転倒している。
「ったく、ガキどもが」
フフフとビビは笑い、ぱん、と両手を重ねる。地面に手をつくと、一瞬牧場の草がザワリとうねった。
「えっ・・・?」
「うわ、」
「あれぇええ??」
次々に男児たちは、足をとられ転がる。そしてその場には・・・
肥料用に溜めている、オーロックス牛の糞の山。
「ギャー!牛の糞!」
「くっせぇえ!」
ビビは糞まみれで騒ぐ男児たちに、手にしたホースから水を放射した。
勿論、こっそり牛の糞が綺麗に取れるよう、クリーンのスキルを加えるのを忘れない。
男児たちは逃げようにも、糞まみれで逃げるわけにも行かず。ギャーギャー騒ぎながら水の洗礼をうけて、捕獲されたのだった。
*
「まったく、駄目じゃない。オーロックス牛がびっくりして誰かに怪我させたら、どうするの?」
オーロックス牛の小屋の前に、いたずら坊主を一列に正座させ、見下ろしながらビビは仁王立ちする。
が、小柄なせいか迫力に欠ける。
それでも一同神妙に正座をしているのは、ビビの後ろに農業管理会の組合長である、プラットが無表情ながら怒りのオーラを放ちながら立っていたからだ。
「ビビねーちゃん、ごめんなさい」
ホセ・マリア他、しおしおと頭をさげる。
「まぁ・・・暑いから、水を被りたくなるのもわかるけど、黒毛のオーロックス牛にかけちゃダメ!びっくりするし水が瞬時蒸発する熱で火傷しちゃうくらい熱いんだから」
「えっ?」
子供たちはびっくりしたように、顔をあげる。彼らなりに、暑そうなオーロックス牛を心配しての行動・・・悪戯兼ねてだが・・・だったようだ。
「そうよ?熱いフライパンに水をかけたら、蒸気で熱いでしょう?同じなのよ?なんなら、試してみる?ジュワーッって噴きあがって熱いし痛いんだから!」
ちょっと大げさだが、これくらい脅した方が良いだろう。
実際ホセ・マリアたちは青ざめ、泣きそうな顔をしている。
「・・・ごめんなさい。俺、そんなん知らなくて」
口々謝る子供たちに、雷を落とすわけにもいかず・・・背後でプラットがため息をつくのか聞こえた。
「まぁ・・・次はないですからね。水遊びをしたいなら、前もって言いなさい。牧場の水やりのお手伝いならさせてあげますから」
プラットの言葉に、子供たちはぱあっと表情を明るくする。
「ほんと?プラットおじさん!」
「やるやる!」
「はいはい、お願いしますよ。とりあえず濡れたままでは、ご両親が心配しますから、ちゃんと乾かしてから帰りなさい」
プラットが言うと、背後からタオルを抱えた女性が数人現れ、子供たちを誘導していく。
*
「災難でしたね」
ビビに向き直り、プラットは苦笑する。
「いえいえ、ちょうど水浴びしたい気分だったので。こちらこそ勝手に水を使っちゃってすみません」
タオルを頭からかぶり、ビビはにっこりする。
「ビビさん、着替えを用意しましたよ、こちらへどうぞ」
スキルを使えば一発で乾くのだが、人前で使うわけにも行かず、お言葉に甘えて借りることにした。
「まぁ!かわいい!」
用意されたのは、農業管理会の女性が着用している、作業用ワンピースだった。
提灯袖でサーモンピンクの裾の広がったワンピースに、白いポケットがいくつもついたフリルのエプロン。髪はひとつに束ねて後ろに垂らし、エプロンと同じ色のリボンで飾られたシンプルな麦わら帽子。
なるほど、これは軽くて通気性よくて、動きやすい。
・・・スパッツに慣れている分、脚が涼しくて落ち着かなかったが、久々歳相の装いにビビは鏡の前でくるり、と回ってみせた。
用意してくれた女性職員が手を叩いて誉めてくれる言葉に、すっかり気を良くしたビビ。
「テンションあがるなぁ」
ご機嫌で、プラットのいる農場へと向かう。
「プラットさん、着替えをありがとうございました!」
振り返り、作業着ワンピースの姿のビビに、プラットは目を細め、満足そうに頷いた。
「これはまた、思った以上にお似合いですね。びっくりしました」
「ほんと、ランドバルドさんもお年頃なんですから、もっとお洒落なさればいいのに・・・」
「いっそ、このまま農業管理会に就職なさったら?」
「そうしなさいな!婦人会はいつでも大歓迎ですよ~」
ヴェスタ農業管理会には、女性で組織されている婦人会、というものあるらしく。
食材を用いた新しいメニューの開発や、素材の開発、衣服やパッケージのデザイン、幅広い分野で男顔負けに活躍しているんだとか。
最近は真空装置の魔具の作成で、ずっとヴァルカン山岳兵団の砦にこもりきりだった。
ようやく完成の目処がたち、次は脱気と冷凍に耐えゆるプラスチックやビニール素材の開発。これは死者の樹海ダンジョンの植物系の魔物から採れる繊維で代用できることがわかり、ハーキュレーズ王宮騎士団とカイザルック魔術師団の協力を得て、現在試行錯誤を重ね開発している段階だ。
その話をプラットにして、真空及び冷凍保存に適した食材の相談をしたところ、食材の選定依頼に快諾してくれ、うち合わせを兼ねて2週間後に控えた収穫祭のメニューの試食に招待されたのだった。
久々顔を出したビビを、農業管理会の面々はとても喜んで歓迎してくれた。もちろん、オーロックス牛も、である。
*
夏の始まりに開催される収穫祭は、ビビも楽しみにしているガドル王国年間行事のひとつである。
ベティーが振る舞う、収穫祭しかふるまわれない特別料理や、イレーネ市場に出る大規模なバザー。城下一体を地図に見立てて、子供たちが謎解き宝探しをするオリエンテーリング。そして、全国民が競い合うガドル川や水源での釣り大会。
「この日はイレーネ市場の中心にワインバルの屋台が出るんですよ。食堂経営者がこの日の為にワインに似合うメニューを考えて、競うんです。上位入賞者は、秋の収穫祭で王城にて開かれる宴で、王族に料理をふるまう権利を得るんですって」
「へぇー楽しそうですね」
「あと、パン焼き大会や、丸木をノコギリで切り落とす速さを競うイベントもあります」
「あれは、ヴァルカン山岳兵団とハーキュレーズ王宮騎士団の対決で毎年盛り上がるんですよねぇ」
農場の一角にテーブルを出し、試食の料理を並べながら、さながらピクニックのようなのどかな時間。
髪と衣服を乾かした子供たちも呼ばれ、騒ぎながらテーブルに並べられたお菓子を食べている。
「そうそう、プラット組合長のご子息が、今年もジュノー神殿で女神テーレの神託を受けるんですよね?」
「今年で最後なのかしら?娘がとっても残念がっていますの」
年配の女性の組合員の言葉に、プラットはピクッと眉をあげる。
「ええ、まぁ・・・」
めずらしく言葉を濁すプラットに、ビビは目をやる。
そういえば・・・息子とは折り合い悪いって言っていたなぁ。なんでも、農業管理職なんて嫌だって家を飛び出して・・・
あれ・・・?まてよ??女神テーレの神託って・・・
「見くれは良いだけの、脳筋息子でお恥ずかしい限りですよ。イヴァーノ総長に目を掛けられているとか何とか・・・」
あまり息子の話題は取り上げてもらいたくないのか、プラットは曖昧に笑う。だが、婦人会の年配のマダムたちはお構いなしのようだ。
「まぁ!組合長ったら。うちの娘はカリスト副隊長の大ファンなんですよ??」
「すごいじゃないですか。【女神テーレの御子】に4年連続選ばれるなんて」
ブーッ!!️
聞き覚えのありすぎる名前に、思わずビビはジュースを噴き出した。
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