第98話 恋の駆け引きと男ごころ

 ガドル王家と巨神ミッドガル族との間で結ばれた不可侵誓約とは。


 ガドル王国建国にあたり、旧機械帝国の礎であったカイザルック魔術師団と、ヴァルカン山脈を居としていた巨神ミッドガル族・・・現在のヴァルカン山岳兵団の協力が不可欠であった。3つの異なる組織がひとつの国を建国するにあたり、結ばれた誓約のひとつである。

 

 ガドル王家は、巨神ミッドガル族に対して 侵略行為を行わない。


 元々、ヴァルカン山岳兵団は王都から孤立していて、年間の主だった行事以外は砦から人々が降りてくることは、ほとんどなかった。

 誇り高き巨神ミッドガル・グリフィスの血を継ぐ、ガドル王国の【盾】ヴァルカン山岳兵団。

 軍人貴族間の結束は強く他所からの介入を拒み、いまでこそ子供は成人するまでガドル王立学園に通い、学ぶことを義務づけられているが、建国当時はそれすら禁止されていたという。


 ビビが真空装置の開発をヴァルカン山岳兵団の職人に依頼したのは、彼らのもつ匠の技術の高さと、妥協しない部族性を見込んで、だった。実際打ち合わせで顔を合わせるミラー家の職人は、みな愛想はないながらも、こちらの要望には熱心に耳を傾けてくれていたし、要望以上の結果を出してくれていた。

 責任者であるフィオンの父親であるアナクレト・ミラーが実は元一般国民だった、というのも大きい。

 

 ・・・確かに自分は、国民ではない旅人であったけど、彼らには受け入れてもらえていたと思っていたのに。

 わたしのしていたこと、って・・・


 *


 カリストの言っていることは、間違っていない、と思う。

 

 ビビは魔術師会館の調薬室で、薬を調合しながら、ため息をついた。

 ビビが情報を提供せずとも、そのうち違法薬剤の販売元は摘発されるだろう。

 今朝、リュディガーから依頼されて、ビビは渡された薬剤の成分表を見ながら、例の付け睫毛の接着剤と美容液を再現していた。

 既に数件被害も出ていて、ジャンルカが中和剤の錬成にあたっている。


 「元気ないわね。どうしたの?」


 ファビエンヌが声をかけてきた。

 集中が途切れるので調薬中は基本、私語は禁止である。余程心ここにあらず、だったのだろう。


 「・・・わたし、ほんとうにいたらないな、って」


 ビビは手を止める。

 「自分が普通じゃないことを、自覚しろって言われちゃって・・・」


 「そりゃまた、ずいぶんとストレートね」


 ファビエンヌはどこか可笑しげに、口元に笑みを浮かべる。


 「さしずめカリスト、あたりかしら?」

 「・・・なんでわかるんですか?」

 「言われてそこまで落ち込む相手なら、ジャンルカ以外なら、あの坊やくらいしか思い浮かばないわ」

 ファビエンヌは笑う。ビビは何かを堪えるように口元を歪めた。

 

 「わたし・・・自惚れていました。自分の力に。なんでもできるんだって。自分のやることが、皆の助けになるんだって・・・」

 でも、とビビは息を吐く。

 「普通の人が見たら・・・わたしって畏怖の対象に成りかねないんですよね。前にそれでリュディガー師団長にも言われていたのに」

 カリストに指摘されるまで、知らなかった。知ろうともしなかった自分が恥ずかしい。


 「大事に思われているのね」

 ファビエンヌに言われ、ビビはびっくりしたように、そのキツネを思わせる笑みを見返す。

 「・・・そうでしょうか?」

 「言い方はどうであれ。彼なりに、ビビを護りたかったんじゃない?もし、あなたが思うがまま人前でスキルを披露していたら・・・今こうして居られなかったと思う」

 「・・・」

 ビビは俯く。


 「ビビ。あなたはいい子だわ」

 ファビエンヌの手が、ビビの頭を撫でる。

 「機転もきくし、発想も柔軟だし。あのプライドの塊のエリザベスが、魔術師団ではなく・・・恥を忍んであなたのところへ相談に行ったのは・・・納得できる」

 でもね、とファビエンヌは続ける。

 

 「あなたはあなたの優しさで、エリザベスを治療したんでしょう?でも、あなたは決められた場所以外での"調薬"の錬成は禁止されているのは、わかっていたわよね?あなたはそれを破ったの」

 「・・・はい」

 「あなたはカイザルック魔術師団が保護している。あなたに対しての責任がある。それを忘れちゃだめ。わかるわよね?」

 「もうしわけ・・・ありません。軽率でした」


 「まぁ、カリストの気持ちもわからんではないわ」

 ファビエンヌの瞳が興味深げにきらめく。

 「え・・・?」

 「恋の駆け引き、のレベルまでは望まないにしろ、ビビ、あなたもう少し男心を学んだほうがいいわね」

 「男ごころ??」

 なぜ、そこで恋の駆け引きが?男心が??

 目を瞬かせるビビに、ファビエンヌは噴き出した。


 「今まで自分が独占して、一緒にダンジョンの探索に同行させて、やっと懐いたと思ったら。いきなり毛色の違う男に持っていかれ、あまつさえ嫁候補、なんですもの。面白くないのは当たり前でしょ?意地悪の一言でもいいたくなるわ」

 「フィオン君とは、そんなんじゃありません!」

 真っ赤になって反論するビビに、ファビエンヌはますます笑う。

 「もう、あなたったら!親父キラーだけに飽き足らず、やっかいな独身男にばかり絡まれるんだから」

 なんなら、魔石でスペシャルな魔よけでも作りましょうか?と茶目っ気たっぷりに言われ、ビビも思わず笑みを浮かべた。


 「わたし、恋人はいりません。ここで、こうやって自由に研究したり、錬成しているのが好きです」

 「あらあら」

 「いいんです。恋愛なんて・・・必要ないもの」

 「ふふふ。まぁ、ここにいてくれた方がこちらは助かるけど。リュディガー師団長が面倒くさいから」


 あまり根詰めないようにね?と、ファビエンヌは軽くビビの肩をたたくと、調薬室を出ていく。

 その後ろ姿を見送り、ビビはため息をついた。

 ファビエンヌや、デリックに言われたら、素直に聞き入れるのに。

 何故カリストに言われると、こんなに胸が痛いんだろうか?

 相変わらず心にモヤがかかっていたが、わかっていることはある。

 こんな感情は、今の自分には不要だ。


 ・・・近づくべきじゃない。


 やっぱり、彼は・・・危険だ。って。

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