第97話 わからない感情
「エリザベス嬢から調書とり、完了~」
お待たせ~と間の抜けた、デリックの声に、ふっと力が抜ける。顔をあげると、デリックが片手をあげたまま、少し驚いたような表情でこちらを見ていた。
「・・・あれ?まだお取り込み中だった?」
カリストは黙って壁から、ついていた両腕を離す。ビビは身を震わせたまま、デリックにホッとした安堵の表情を見せた。
それを訝しげに見返し、説明を求めてカリストに目を向けるが、当人のカリストは口を閉ざしたまま。
「エリザベスさんの調書って・・・」
ビビが尋ねると、デリックはああ、と軽く頷いた。
「なんだ、まだこいつから何も聞いてないの?今回エリザベス嬢、国外の色んな美容化粧品を買い付けた中で・・・違法の薬剤を使ったやつがあって。それの裏取りね」
「ひょっとして・・・つけ睫の?」
「なんだ、知っているの??」
デリックが驚いたように聞き返す。
ビビは頷き、以前、王立闘技場で指摘したことから、今日エリザベスが酒場まで来た経緯を説明する。
「なるほど、どうりでね。変な組み合わせで飲んでるなぁと、思ったんだよな」
ほら、ビビちゃんとエリザベス嬢って、絶対性格合わなさそうだし?
デリックの言葉に、ビビは目を瞬く。この二人は、いつから自分たちを見ていたのだろうか。
「・・・まさか、ずっと尾行されていたんですか?」
「まさか。本来なら俺たち第三騎士団の管轄外の案件だし」
ふりふり手を振って、デリックは笑う。
「たまたま入った酒場に、二人の姿が見えたから。エリザベス嬢も最近姿を見せなくて、調書取りに難航しているって第二騎士団から聞いていたし?ついでだから裏付け取れたらなと。そもそも、こいつエリザベス嬢苦手だから、尾行はありえない」
どちらかというと、久々見たビビが気になるのか、カリストが二人の座るテーブルに視線を向けたまま、生返事ばかりでまったく会話にならなかったから。デリックが気をきかせて、この不器用な同僚を取り持ってやったのだ・・・それにしても、お気に入りの娘に久々会えたんだからもっと喜んでいいはずなのに?
先ほどからカリストの、この不機嫌オーラはなんだろう?心なしか、ビビも怯えているように見える。
ちらり、と無表情の男の横顔に目をやり、デリックは内心首を傾げた。
一方、エリザベス嬢には事情説明して帰ってもらったから、とデリックから言われホッとするビビ。
「まぁ、彼女は災難だったけど、これで違法薬剤の流通も押さえられるしね。あとは実際の薬剤の押収ができたら解決だな」
「あ・・・これ、良かったら」
思い出したようにビビはカバンから手帳を出し、1枚破くと、デリックに手渡す。先ほどエリザベスを診察した際に、いつもの癖で走り書きしたもの。
「彼女の涙から検出した薬剤の成分です。これ、調べたらなにかわかるかも。なんか、薬も処方されたみたいだし」
「え??マジで??」
デリックはメモを受け取ろうと手を伸ばすが、それより早くカリストが横から奪い取る。
「おい、何を・・・」
ビリッ、とその場でメモを破るカリスト。
「おい!なに考えて・・・」
「なんで、わからないのかな。お前」
カリストはため息まじりにつぶやき、ビビを見る。
「こんな情報、ほいほい提供して・・・ちゃんと責任とれるの?」
「・・・!」
ビビは目を見開く。
「カイザルック魔術師団でもない、ガドル王国民ですらない人間が、こんな機密ともいえる情報提供して、すんなり通るとでも?そんなこと、少し考えればわかることだろ」
カリストの言葉にはっとして、デリックも口をつぐむ。確かに・・・提出したら、その情報の出所を追及されるだろう。
そして、それがカリストの言うように、ガドル王国民すらない人間なら。いや、ビビだとわかったら・・・
イヴァーノ総長をはじめ、ビビを保護しているカイザルック魔術師団が、ビビの"規格外"と呼ばれているスキルを公にするのを避けていることは、デリックやジェマなど近しい人間間では暗黙の了解となっている。
「お前のやっていることは、全部お前を保護しているカイザルック魔術師団に、繋がるんだよ。そうやってまた、ブラウン師団長やイヴァーノ総長に尻拭いをさせるわけ?無自覚も、そこまでいったら罪だな。お前さ、もっと自分が普通じゃないことを自覚したほうがいい」
「・・・っ、」
ぎゅっ、と胸元を握り、ビビは俯く。
普通じゃない・・・
わかってる、そんなの。
---規格外
言われ慣れた言葉だった。
最初は、どうしてこんなことが"規格外"と言われるんだろう?と思って聞き流していた。
重ねるうちに、周囲から"さすがだね" "ビビならでは、だね"と羨望の眼差しを向けられても、そんな自分が大それたスキルを行使している自覚がなかった。
カリストとの一戦で、・・・実は自分の引き継いだ加護やスキルが、使いようによっては外部に大きな影響を与える可能性があることを知り、決して驕らず日々学び、来る来年の春の出国まで精進することを誓った。
"ヴァルカン山岳兵団軍人貴族のミラー家に、お前なにしているかわかってんの?"
先ほどのカリストの言葉がリフレインする。
"あれだけ門外不出にしていた山岳兵団の技術を公にして、兵団内で良く思わない人間だってたくさんいる"
違う・・・
"どうせ、何もなかったことにして、出国するくせに"
違う、そんなつもりじゃない!
わたしは・・・
わたしは、ただ
ビビは胸にあてた手のひらを握りしめる。
なかったことにするつもりはなかった。
自分はただ、役に立ちたかっただけ。
エリザベスの治療も、真空包装の魔具の開発も、国民の生活に役に立てたらいいって。
自分の力が役立つことにより、春までこの国に滞在することを許されている、と思いたかったのだ。
でも、その裏で・・・よく思わぬ人も存在することを知る。
自分が良かれと思ってとった行動が、迷惑をかけてしまう結果に繋がるのだと。カリストの言っていることは、間違いじゃない。
でも。
なら、わたしのこの国での存在価値は?
あ、駄目だ。なんか、泣きそうだ
「・・・出すぎたことして、すみませんでした」
ビビは頭をさげる。
デリックはオロオロして、いや、大丈夫だから!と必死で宥めようとしていたが、ビビは失礼します、とそのまま、その場を立ち去る。
その後ろ姿を見送り、一瞬見せたビビの泣きそうな表情に。デリックはカリストを振り返る。
「おい!お前、あんな言い方ないだろ!」
怒鳴りカリストの胸ぐらを掴んだ。
「あの娘はあの娘なりに、協力しようとしてくれているのに、それを・・・!」
珍しく怒りを隠そうとしないデリックの視線を受け止め、カリストはわずかに眉を寄せた。
「じゃあ、その情報を提供して、出所を探られて・・・評議会にあいつの身柄を拘束されてもいいと?下手したら危険人物で国外追放だ。今まで隠蔽してきた魔術師団だって、ただじゃすまない。あいつは危機感なさすぎ、なんだよ」
「・・・くっ、」
つかまれた手をほどき、カリストはビビが立ち去った方向を見つめる。
「・・・お前、ビビちゃんに冷た過ぎないか?しつこく探索に誘うくらいだから、気に入っているもんだと、思っていたんだけど?」
デリックは片手で髪をくしゃくしゃさせて息を吐いた。
ったく、せっかくお膳立てしてやったのに、なに拗らせているんだよ。
好きな子には意地悪したくなる男の心理、というには、余りにもタチが悪いだろう。あれじゃビビから益々距離を置かれても仕方が無い。
デリックはため息混じりにぼやく。長い付き合いだが、ここまでこの友人がわかりにくいことは、今までなかった。
「・・・気に入っては、いる」
カリストは呟く。デリックは、えっ?とカリストを見返す。
ビビを傷つけたのは、確かにこの男なのに。呟く横顔は見たことのない、苦渋の色を浮かべていた。
まるで、傷つけられたのはこちらだと、言わんばかりに。
「俺だってわからない・・・なんでこんなにムキになるんだ?」
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