第96話 交わる視線 交わる記憶

 「・・・サルティーヌ、様?」


 目が合ったカリストは、不機嫌さマックスで、ぐいっとビビの腕をつかむ。


 「・・・え?ちょ・・・っ、」


 そのまま腕を引かれ、ビビは前のめりになって、カリストの肩にぶつかった。

 引きずられるように、そのまま店から連れ出されるビビ。

 突然のことで、わけがわからず、足元がふらついてうまく歩けない。


 「ちょ・・・待って、エリザベスさんが・・・」

 「知っている」

 背を向けたまま、カリストは答える。

 「デリック、置いてきたから」

 「置いてきた・・・って」

 「嫌いなんだよ。あの女」

 「・・・っ、」


 なんなの、この男は!

 自分の知る・・・オリエの恋人であり、夫であったカリストは。

 こんな一方的に他人に対して冷たい態度をとる男ではなかった。


 ビビは踏ん張り、腕を振る。

 「離してくださいってば!」


 ピタリ、とカリストは足をとめる。

 腕を掴んだまま、振り返った。

 無表情のカリストの目を、ビビは抗議の意を込めて睨む。


 ここのところ、ずっとカイザルック魔術師団とヴァルカン山岳兵団の砦間を往復する毎日だったから、かれこれカリストと顔を合わすのもずいぶん久しぶりで。そろそろハーキュレーズ王宮騎士団管轄のダンジョンの転移ゲートの設置を再開しなくては、と思っていた。

 カリストの剣を錬成してから、使い勝手はどうなのか、すべきアフターケアも気になっていたし、連絡をとらず放置していたのは申し訳なかったけど。


 「・・・久しぶりに会ったのに挨拶くらい、言わせてもらえないんですか?」

 ビビはむすっとして、ふいと目を逸らす。

 相変わらず、何が気に入らないのかわからない不機嫌な表情で、カリストはぴく、と片眉をあげる。


 「ヴァルカン山岳兵団の軍人貴族長子のお相手に、ずいぶん、忙しそうだな」

 「・・・は?」

 ビビは思わずカリストを見返す。

 それは、フィオンに同行してもらっている、山岳兵団管轄のダンジョン探索のことを言っているのだろうか?

 「仕事ですよ?」

 「知っている」

 ふん、とカリストはようやくビビの腕を離し、胸元で腕を組む。


 「お前がヴァルカン山岳兵団で、どこぞの跡取りの嫁候補でちやほやされている間に、こちらは素材集めで連日ダンジョンに籠らされているし」

 「あ・・・」

 ビビはギクリ、とする。

 確か、ハーキュレーズ王宮騎士団管轄のダンジョンに生息している植物が、真空包装に必要なビニールに近い素材の組織構成をしている、とリュディガーから報告を受けていたのを思い出した。


 「・・・ごめんなさい」

 「・・・いいけど。仕事、だからな」

 カリストの口調はどこまでも冷たい。元々冷たい物言いをする男なのは知っていたが、今日はそれを輪にかけてイラつきを感じる。

 何か気分を害することを無意識にやらかしたのだろうか?とビビは一瞬考えた。

 まさか、嫌いな女と食事しているだけで腹をたてるほど、度量の狭い男じゃないと思っていたのだが。


 「あの、」

 顔をあげると、青い瞳と視線が合う。

 「否定はしないんだ?」

 困惑したビビを見返し、カリストは僅かに目を細めた。

 「え?」

 「ヴァルカン山岳兵団軍人貴族ミラー家の長子の嫁候補って、噂」

 冷ややかな口調で問われ、ビビはぐっ、と言葉に詰まる。


 「そんな噂・・・だってわたし、この国に帰化する予定は・・・ありません、し」


 確かに・・・フィオンとはここ最近距離が近い。一緒にダンジョンにも同行してくれるし、ヴァルカン山岳兵団の砦での滞在中は、ほぼ行動を共にしている。周囲の人間も、遠回しにフィオンを薦めてくるし、仮にもGAME内では幼馴染であり婚約者だったのだ。意識するなというほうが無理な話だ。


 キスもした。

 プロポーズ・・・もされた。


 歳は離れているけど、友人以上の感情を持ち始めてはいる。それは否定しない。でも。


 だけど、それをカリストに指摘されると・・・

 ずきり、と心に痛みが走る。

 それを逃がすように、ビビは自分の腕をぎゅ、と握りしめた。


 「それに、・・・サルティーヌ様には、関係ないこと、でしょう」

 絞り出すような声は震えていた。

 すっ、と空気が冷えた気がして、いたたまれずビビはカリストから視線を外し、うつむいた。


 確かに、この人はカリスト・サルティーヌだけど。

 オリエを愛した、あの人物と違うって、わかっていても。

 娘のビビを愛し、慈しんでくれた父親ではないと、わかっていても。


 その冷ややかな口調で、他の男との関係を問われ、疑われている?と感じたことに・・・何故こんなに動揺する?


 わからない。

 わたしは・・・この人に、何を求めているのだろうか。


 ふうん、とカリストの口調はどこまでも冷たい。

 

 「関係ない・・・か」

 呟かれた言葉に、胸が詰まりビビは唇をかみしめ、首を振った。


 「戻ります」

 「ここにいろ」

 「何故!」

 ビビはカッとなって、カリストを睨む。

 「サルティーヌ様が、エリザベスさんを嫌うのは勝手です。でも、それをわたしに押しつけないでください!」

 じわり、と目頭が熱くなる。泣きそうになって、ビビはぐっと堪えるようにお腹に力を入れた。

 そんなビビに、無表情で冷たいカリストの視線が容赦なく刺さる。

 「・・・っ、」

 やめて、なんでそんな目で見るの?


 カリストの腕が伸び、背後の石壁に押しつけられる。慌てて逃げようとするビビを両腕が遮った。


 これは俗に言う、壁ドン、ってやつか。

 でもそんな甘い雰囲気は全くない。それでもカリストとの距離が更に縮まると、心臓が跳ねる。

 「・・・ちがうよ。そもそもあんな女、俺の視界にすら入ってこない」

 カリストの顔が近づき、低い声が耳元で響く。


 「ねえ」

 ぞくぞくっと背中がざわめく感触に、ビビは身をすくめる。


 「お前、なにがしたいの?」

 「・・・??!!」

 ビビは息を飲み、カリストを見上げる。

 カリストはビビの顔の横に手をつき、覆いかぶさるようにビビをのぞき込んでいて、その距離は吐息が触れるくらい近い。


 「あれだけの事業をたちあげて。武術組織の上層部を取り込んで、陛下の覚えもいい。普通なら国民に帰化してその庇護のもと、権力を自由に操り、好きなように生きていいはずなのに」

 

 頭に衝撃が走る。権力・・・?なんの話?


 「わ、わたし、そんなつもりは・・・!」

 ビビは無意識に自分の腕で身体を抱き締めた。


 「ヴァルカン山岳兵団の筆頭軍人貴族に、お前なにしているかわかってんの?ガドル王国三武術団の隔たりを乗り越えて共同開発、とは聞こえがいいけど。ガドル王国王家と巨神ミッドガル族との"不可侵"誓約を無視するどころか、あれだけ門外不出にしていた山岳兵団の技術を公にして、兵団内で良く思わない人間だってたくさんいるって、わからない?」

 「・・・っ、」


 指摘され、初めて突き付けられた事実に、ビビは愕然とする。そんなこと、考えたこともなかったし、誰もそんなそぶりは見せなかった。

 動揺のあまり震え出すビビを見下ろし、カリストは自嘲めいた笑みで口元をゆがませる。


 「それで?技術を提供させるだけ、させておいて。ハイ、サヨウナラ?来年には国を出るから、その後のことは、旅人の自分には関係ありません?そうやって、逃げるの?お前は」

 「そんな・・・」

 ビビは首を振る。カリストは暗い笑みを浮かべた。

 「知らないよ。お前のことはなにも知らないし。何故頑なに帰化するのを拒むのか。だから、これは俺の勝手な想像。違うって罵ってくれても構わない」

 ただね、とカリストは言葉をつなぎ、ビビはびくりと肩を震わせた。


 「お前ってさ。一人で生きていますって顔して、誰にも距離を置いて」


 カリストは呟くように言う。

 「本気で他人を拒むなら、そんな縋る目で見るな。そうやって中途半端にこの国にも人にも関わって思わせぶりな態度で、その気にさせて。・・・自分がどれだけ最低なことしてるの、わかってるわけ?」

 どうせ、何もなかったことにして、出国するくせに。


 「ちが・・・」

 すっ、とカリストの目が細まる。

 その冷たさに、鋭さに。無自覚な自分の態度を指摘されて、ビビの胸がズキリ、と大きく痛んだ。


 「嘘つき」


 続くカリストの言葉が、


 「わかってんの?お前のその目。本当は・・・誰よりも他人に期待して、救いを求めている目だ」


 容赦なくビビの心を突き刺し、打ちのめした。

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