第99話 恋に落ちる
「珍しいな?お前から俺を訪ねてくるなんて」
数日後イヴァーノに面会を求める伝言をアドリアーナに頼むと、意外にあっさり次の国民の休日ならば、執務室で内勤だと知らされた。
差し入れのレッドビーツの火酒を浸した大人のパウンドケーキを手土産に、ビビはガドル王城へ向かった。
国民の休日は、いつもは騎士団の多いガドル王城も重要警備エリア以外は人もまばらで。書類整理が壊滅的に不得意なハーキュレーズ王宮騎士団の総長は、たいてい執務室に籠って書類を捌いているとの噂は本当らしい。
「こ、こんにちは」
ビビはおっかなびっくり執務室に足を踏み入れる。
考えてみれば、最初に犯罪者の拘束に鉢合わせして無理やり拉致された時と、その後の王宮騎士団トーナメント開会式で拉致された時、後はリュディガー同伴でたち入った時、以来である。
どのタイミングも気持ちに余裕なかったから、こうして改めて見ると・・・魔術師団長の居室とは違い、造りも置かれている調度も豪華であるのに気づく。
天井も高く、壁には守護龍と剣を組み合わせた紋章が刺繍された、ハーキュレーズ王宮騎士団の団旗が飾られている。大きな窓からは日差しが差し込み、外の緑が眩しい。
来客用のソファーに腰かけ、きょろきょろしていると、書類を片手にイヴァーノが正面に座る。
「悪いが、これリュディガーに渡しておいてくれ。頼まれていた真空装置に必要な"びにーる"素材と、同等の繊維組織をもつ植物の組織表だ」
「あ、ありがとうございます」
言って、書類を受け取り数列に目を走らせる。
「そんな数字や記号で素材を判断できるんだから、お前や魔術師団の連中の頭ん中ってどうなっているんだか」
可笑しそうにイヴァーノは真剣な顔で書類を見ているビビを眺めながら、テーブルに置かれたパウンドケーキへフォークを入れる。
「うおっ、なんだこれ?」
「火酒ひたひたパウンドケーキですよ」
書類から目を離し、ビビはにっこりする。
「レッドビーツの実を火酒で漬けたやつと、ココの実を砕いたのを混ぜてみました。火酒をかけたら、さらにより大人の味ですね」
「美味い!お前、天才だな」
「いや、かなりアルコール度数が高いので・・・お仕事残っているならほどほどに」
えー?嫌がらせレベルで投入したのに??
「もう遅い」
かなりお気に召したのか、イヴァーノはおかわりを要求してきたが、肝心の話がまだなので断った。
*
「で?なんの用だ?」
「・・・ダンジョンに設置している、転移ゲートの今後の予定なんですけど」
ビビは書類をテーブルに置き、姿勢を正す。
「今、真空装置の開発で、ヴァルカン山岳兵団にこもりがちで全然進んでいなくて・・・すみません」
「なんだ?そんなことか」
イヴァーノは怪訝そうな顔をする。
「いえ、そろそろ真空装置から手も離れるので、転移ゲートの設置を再開したいんですけど」
ビビは一呼吸おく。
「その・・・同行していただく方を変えていただきたいんです」
ぴくり、とイヴァーノの片眉があがる。
「カリストを外せってことか?」
「・・・はい」
「わけを言え」
ドカッと背もたれに背を預け、イヴァーノは足を組む。
「・・・」
「言っておくが?俺をごまかせると思うなよ?」
探るような視線を受けて、ぎゅ、と膝に置かれた手のひらを握りしめる。
「距離が・・・」
「距離?」
「サルティーヌ様との距離の取り方が・・・わからなくて」
「まぁ、あいつの好意はわかりづらいからな」
どこか呆れたようにイヴァーノは言い、腕を組んだ。
「好意、とは思えません」
ビビはうつむく。あの夜、自分に向けられた冷たい目とイラついた口調を思い出すだけで泣けてくる。
「わたし・・・サルティーヌ様をイラつかせることしかできないし。サルティーヌ様だって、わたしの付き添いなんて迷惑でしょうし・・・なんか、申し訳なくて」
「自分の都合のいい解釈で相手の気持ちを決めつけ完結させる、そういうのをごまかしているって言うんだぜ?」
目が合ったイヴァーノは、興味深そうに口端をあげる。
「・・・え?」
「要は、お前がカリストと向き合えていないってことだろ」
「そんな・・・っ、」
「まわりくどいあいつにも問題があるがな。第三者から見たらどうみてもお前に好意を持っている目だぞ?」
「違います!」
ビビは思わず声をあげる。
「サルティーヌ様がわたしを好きなんて、そんなことあっちゃいけないんです!」
なにを根拠に・・・と問いかけかけ、泣きそうな表情のビビにイヴァーノはため息をつく。
なんだかんだ言って、ビビの泣き顔は苦手だった。
「じゃあ、お前は?」
「えっ?」
「お前は?あいつのことどう思っているわけ?」
「ど、どうって・・・」
GAMEでのカリストは、オリエの夫で。
GAMEでのカリストは、ビビの父親で。
ではGAMEではない"今"のわたし、ビビ・ランドバルドにとって、カリスト・サルティーヌは・・・?
「・・・っ、」
"嘘つき"
吐息がかかるほどの距離で、自分をじっと見つめる青い目は氷のように冷たかった。
"お前ってさ。一人で生きていますって顔して、誰にも距離を置いて"
やめて、
"お前のその目。本当は・・・誰よりも他人に期待して、求めている目だ"
やめて!
ずきり、と胸に痛みが走る。
求めている?わたしが・・・?
そんなこと、赦されるわけがないのに。
怖い。あの目は、すべてを見透かしているみたいだ。
頑なに他人と隔てていた距離を、簡単に飛び越えて心の中に入り込んでくる。
穏やかな空気を纏うフィオンと違い、カリストはまるで激しい炎のよう。
追い詰め、追い詰められて。気づけば逃げ場を失って・・・
「・・・わかりません。でも・・・苦しいんです」
目を逸らし、つぶやくビビ。膝の上で握りしめた手は震えていた。
「わたしのために言ってくれている言葉も。護ろうとしてくれているってわかっていても・・・。苦しいんです。触れると・・・痛くて、怖くて、逃げたくなる・・・」
「だから、距離を置きたいってか」
イヴァーノは苦笑する。
「それは少なからず、お前もあいつに好意をもっているようにも、聞こえるがな」
「そんなはずは・・・」
こんな恐怖にもにた感情が、恋愛に繋がっているとはとても思えない。
反論しようと顔をあげたビビに、イヴァーノは片手をあげて制す。
「お前な、恋愛がそんじょそこらの連中の言う、甘いだのふわふわだの、そんな安っぽい感情ばかりだと思うな。浮ついた薄っぺらな幻想なんざ捨ててしまえ」
「イヴァーノ総長・・・」
「お前が普通の恋愛が許されない身の上なのは承知している。帰化するのも良し、このままこの国を出るなら、それでも構わない。それもひとつの生き方、だからな。俺は止めない」
やれやれ、とイヴァーノはため息をつく。
「だが、許されない、駄目だ、と思っても。落ちるときは落ちる。その感情に絡められて身動きがとれなくなる。その時は・・・逃げるなよ?お前も向き合う覚悟を決めるんだな」
もう手遅れだと思うが・・・イヴァーノは思いながら、あえて口には出さなかった。
「覚悟・・・」
ビビはつぶやく。
「カリストのことは了解した。ま、あいつが大人しく従うとは思わないが・・・」
立ち上がり、イヴァーノは執務机に向かう。まだ片付けなければならない書類は山積みらしい。自分のために時間を割いてくれたことに申し訳ないと思いつつ、ビビはほっとして肩の力を抜く。
「フィオン・ミラーのこともあるからな。距離を置くのもアリなのかもしれん」
「・・・ありがとうございます」
※※※※※
イヴァーノ総長みたいな上司が欲しい今日この頃
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