第94話 まつ毛娘の訪問

 フィオンにミッドガルの丘で、思いがけず告白をされて。

 案件がなくなっても、またこうしてたまに会おう、と約束をした。


 「でも、プロポーズ、だよね。あれは・・・」


 GAMEで婚約者であったフィオンは、一に鍛錬、二に鍛錬、三四がなくて・・・なくらい、それこそデートそっちのけで鍛錬に励んでいた。

 "脳筋男"とカルメンに揶揄される今のフィオンが、実際のところそこまでのレベルなのかはわからないが・・・どちらにしろ鍛錬を二の次にして、オスカー兵団顧問について会いに来てくれたのは、正直すごく嬉しかったけど・・・


 この世界がGAMEではない、とわかっていても。

 自分が来年この国を出国しなきゃいけないことも。

 でも、素直に好意を寄せてくれるフィオンにどう応えていいのかわからなくて。

 反する感情が取り巻いていて収拾がつかない。

 悶々としながら、日々を過ごしていた。


 *


 「ビビ、お客様」

 宿に戻ると、ベティーがカウンターから声をかけてきた。

 誰?と首を傾げると・・・


 「・・・エリザベスさん?」

 奥のテーブルに、一人の女性が座ってうつむいているのが見える。

 黒いサングラスをかけて、薄手のショールをかぶり、一見誰かわからないが・・・纏うオーラとショールから覗く明るい金髪は、たぶんハーキュレーズ王宮騎士団トーナメント開催日、王立闘技場で会ったあの美女だろう。

 ビビが近づいて声をかけると、ビクッと肩をふるわせ、恐る恐るビビを見上げるようにする。

 

 「・・・ごっ、ごきげんよう・・・」

 

 ビビはじっ、とエリザベスを見つめる。

 「な、なに?」

 あの時の威勢はどこへ行ったのか?挙動不審にさえ見える、狼狽したように震えるその肩を軽く叩くと、にっこり笑った。

 

 「いえ、来てくださって嬉しいです。良かったら部屋でお話しませんか?」

 言って、自分の部屋番号を伝え、鍵を手渡す。ビビ専用の棚からストックしている薬草茶を選んで入れて、お茶うけにシフォンケーキを切ってお皿に盛り、部屋に向かった。


 部屋のドアを開けると、エリザベスはひとつしかない椅子に座って、キョロキョロしている。

 「・・・殺風景すぎますわね」

 窓際に、以前陛下から贈られた外国の小さな花が生けてある以外、家具も衣類も、小物も見当たらない。

 

 「お借りしている部屋ですから」

 小さなテーブルにお茶とケーキを盛った皿を並べ、ビビはカップ片手にベッドへ座る。

 エリザベスは小さな声で、いただきます、と言いお茶を飲む。

 「・・・美味しい・・・ハーブティー?」

 「身体の毒素を抜く薬草茶です。マツリカの花の香をつけているので、飲みやすいでしょう?」

 エリザベスが薬草茶を飲み終えるのを見届け、ビビはそっとエリザベスの前に膝をつく。

 

 「・・・まぶた、悪化していますね?」

 

 ビクッ、とエリザベスは肩を震わせる。

 「・・・っ、」

 ビビは落ち着かせるように、そっと空のカップを持つエリザベスの手に、自分の手を添える。

 「大丈夫です」

 言って、優しくさすった。

 「酷くなる前に、来てもらって良かったです。見せていただいても?」

 エリザベスは震えながら、ゆっくり頷きサングラスを外す。

 

 自慢の睫は殆ど抜け、瞼の縁は赤く腫れている。みるみるうちに、目尻に涙が溢れる。

 「あなたの言った通りでしたわ・・・」

 エリザベスは声を絞り出す。

 「やめれば良かったのに、意地になってしまって・・・付け睫を買った商人から処方された薬を塗ったら、よけい酷くなっちゃって・・・」

 「なんとも、まあ」

 ビビはそっと指先で涙を拭う。

 

 「・・・全然駄目ですね、その薬」

 

 指先を濡らした涙をじっと見つめ、ビビは怒ったように呟く。

 「エリザベスさんは合成繊維にアレルギーがあるんです。合わない付け睫と同じ成分でできた塗り薬が、効くわけがない」

 「えっ?」

 エリザベスは目を瞬く。ビビはため息をつき、カバンをとると幾つかの薬剤が入っているらしい容器を取り出す。

 「魔術師会館へ行けば、それなりに調薬できるんですけど・・・こちらに直接来られたってことは、あまり表沙汰にはされたくないんでしょう?」

 「・・・」

 エリザベスはうつむく。

 まぁ・・・わたしも人前で、つけまつげバラしちゃったから責任なくはないのか・・・。

 

 ビビは引き出しをあけ、保管してある薬草とポーチからいくつか薬剤を取り出し、混ぜ合わせ、テーブルに置く。

 指先で小さく魔方陣を切る。

 小瓶の中の薬剤は、一瞬光り、液体が泡立つ。ビビは目の前に小瓶を掲げ

 「"鑑定"」

 ・・・効果87%か・・・まぁ、有り合わせの材料じゃ、こんなもんか。

 唖然としているエリザベスに、上を向いて目を閉じるよう指示する。

 

 「・・・あなた、"鑑定"魔法が使えますの?」

 瞼に薬を塗ってもらいながら、エリザベスが尋ねる。

 「まぁ・・・自分の錬成したもののレベルくらいは・・・」

 ジャンルカ師匠のレベルには、到底足元に及ばないけどね。あれは、神だわ。

 「そうですわね・・・ジャンルカ氏に弟子入りされているとお聞きしましたわ」

 「この部屋での出来事は、極秘でお願いします。ほんとは・・・調薬室以外でやっちゃいけないことになっているから」

 ビビが言うと、エリザベスはふふっ、と綺麗な笑みを浮かべて頷く。

 「約束しますわ。絶対言わないと誓います」

 「ありがとう」

 薬瓶に蓋をして、エリザベスに手渡すと、ビビはカバンから紙とペンを出し、サラサラと書き写す。

 

 「一応それで3日はもつと思います。明日には腫れも引いて、睫も少しづつ再生するかと。まぁ、もとに戻るまで7日から10日、・・・ってところかな」

 「4日以降は・・・?」

 「自己治癒力に頑張ってもらいましょう。全部薬や魔術に頼るのは危険です」

 ビビはにっこり微笑む。

 

 「大丈夫ですよ。余計なことしなくても、ちゃんと細胞は生きていますから」

 あと、とビビはカバンに薬剤を戻しながら続ける。

 「あんな付け睫しなくても、エリザベスさんは充分お綺麗なんですから。素で勝負してください」

 「もう、懲りましたわ」

 サングラスをかけ、エリザベスは口を尖らす。

 「・・・ありがとう。助かりました」

 「いえいえ」

 「あと・・・ご免なさい。王立闘技場で失礼なこと言ってしまって」

 「お詫びなら、ジェマにもお願いします」

 エリザベスは、むぅとむくれた表情をする。ビビは笑った。


※※※※※※※

本日もう一話アップします。 

令嬢言葉って、難しひ(涙)

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