第92話 もう一度あなたと

 「こんにちは、ビビ」


 王都の城下で彼に会うのは初めてである。流石に、いつもの炭鉱労働者を思わせるような作業着姿ではなく、山岳兵団の兵団ウェアを着ている。

 ビビと目が合うと、フィオンは眩しそうに眼を細め、笑顔を見せる。

 「花嫁の付き添いしたの?花娘の・・・すごく似合って可愛い」

 「・・・っ、あ、ありがとうゴザイマス・・・」


 天然だ!サラッとそんな笑顔で褒めセリフ、心臓に悪い!

 

 つり目できつめの印象を与える普段とのギャップに加え、異性より褒められた経験のないビビはくらりとした。

 ジャンルカを筆頭に、カリストといい、フィオンといい・・・普段あまり笑わないイケメンの笑顔の破壊力って、心臓メーターの限界を振り切るレベルだ。その笑みは凶器だ、と思う。


 「どうしたんですか?城下に降りてくるなんて、珍しいですね」

 慌てて駆け寄ると、オスカーはビビの髪を撫でながら上機嫌である。いつもはビビの髪に触れようものなら、大抵リュディガーに"うちの娘に触るな!"と妨害されるからだ。

 「今日これからベロイア評議会なんだよ。例の真空装置の魔具の報告とね、お面につけるお守りの件でヴェスタ農業管理会とも打ち合わせがあって」


 今日の午後にベロイア評議会があることは、リュディガーからも聞いていた。朝から何故かリュディガーの機嫌がよろしくなかったので、何か気になる案件でも持ち上がっているのか?と思いきや。首をかしげるビビを見て、オスカーは意味深な笑みを浮かべる。

 後ろに控えているフィオンに目配せをした。


 「いやね、フィオンがビビにどうしても会いたいって言うからさぁ」

 「ちょ、オスカーさん・・・っ、」

 フィオンは目に見えて赤くなりうろたえる。

 え?とビビが目を瞬かせると、オスカーは爆笑した。

 

 「冗談だよ~評議会の前にビビが設置している転移ゲートの報告をするよう、ソルティア陛下から依頼されてね。今回はフィオンにも同行してもらったわけ」

 「そ、そうなんですね?」

 人の悪い笑みを絶やさず、オスカーはバンバンとフィオンの背中に喝を入れるように叩く。フィオンは動揺をごまかすよう咳払いをして、改めてビビを見やり笑いかけた。


 「せっかく城下に降りたから、ビビとイレーネ市場を見て歩きたかったんだけど、リュディガー師団長から友人の結婚式に参列するって聞いたから」

 

 それは、世間一般の、普通←ここ重要、のデートのお誘い、なんだろうか?と思わずビビもときめき、赤くなる。

 「ジャンルカ氏の息子の結婚式だったんだって?」

 「はい。ちょっと演出とか頼まれたので・・・」

 「まぁ、とりあえず会えてよかった。俺は評議会終わったらリュディガー達とベティーロードで一杯やってるから、フィオンは適当にビビと遊んでおいで。夕刻に待ち合わせよう」

 オスカーは笑い、ポンとフィオンの肩を叩く。

 

 「俺に感謝しろよ?フィオン。お前のかわりにリュディガーの怒りの受け皿になってやるんだから」

 「??」

 「だからって、いきなり既成事実つくろうなんざ短気起こすなよ?お前はまだ兵団兵、ビビは成人なりたての・・・」

 「オスカーさん!!」

 もういいですから!と後に続くであろう言葉をフィオンが遮り、オスカーは爆笑しながらビビの頭をひと撫ですると、じゃあよろしくね~と立ち去って行った。


  *


 回廊の出口の門へと消えていく、その後ろ姿を見送りながらビビはフィオンを見上げる。

 「相変わらずにぎやかな方、ですよね」

 武術団スリートップは、それぞれ違う性格と個性でてんでばらばら。それでも揃うと驚くほどのチームワークを見せる。さしずめ、オスカーはムードメーカーといったところか。

 

 「なにはともあれ、はるばる王都まで付き添い、お疲れ様です」

 労うビビを見返し、フィオンは恥ずかしそうに微笑んだ。

 「本当は今日、父さんが同行する予定だったんだ」

 「アナクレトさんが?」

 うん、でも都合が悪くなってね、と小さく肩をすくめるフィオン。


 「俺がビビに会いたくて、無理に頼んで同行をお願いしたのは本当だよ」

 「えっ・・・?」

 「真空装置の魔具の開発はビビ抜きでも順調に進んでいるからね。無事魔具が完成したら・・・ビビと今まで通り、会えなくなるし」

 目を見開いたまま固まるビビの頭をそっと撫でるフィオン。

 「ダンジョンの転移ゲートだって、設置が終われば俺とももう関わることもなくなる。だから・・・ビビに会う理由が欲しかった」

 迷惑だった?と少し困ったような表情で、フィオンは首を傾げるようにする。

 「フィオン、君」


 そんなことない、と言いかけ、ビビは言葉を詰まらせる。

 フィオンの住むヴァルカン山岳兵団の拠点までは、普通に乗り合い馬車で移動しても1日半。気軽に遊びにいける距離ではない。真空装置の魔具の納品が終わり、ヴァルカン山岳兵団管轄のダンジョンの転移ゲートの設置が完了したら、確かにビビがフィオンに会う理由もなくなる。


 そうか・・・恋人とか、婚約者じゃない以上は、ヴァルカン山岳兵団の砦まで会いに行く理由がなくなるのか。


 言葉を失い黙り込むビビを見やり、フィオンはそのまま視線を咲き乱れる花に向けた。

 「ここはいつ来ても、花が色とりどりで綺麗だね」

 フィオンに言われ、ビビはフィオンを見上げる。

 

 「そうですね。ほとんどが香水の原料にもなる花だから、神殿の前を通るだけで、いい香りがするんですよ」

 「さっき、神殿に入った時、ビビはここの花を見上げて赤くなっていたけど」

 「やだ、見ていたんですか?アホ面していたとこ」

 ビビは苦笑する。


 「両親が・・・」

 「ビビの?」

 「はい、」

 ビビは花を見上げる。

 「これ、ブルーベルっていう花の木なんです。花言葉は"不変の愛"。両親の好きな花で・・・結婚当時は、よく神殿の花を見にデートしていた話を思い出して」

 鮮やかな色どりの花が午後の陽射しをあびて、目に染みるようで。ビビは手のひらを目にかざし、ブルーベルの青い花を見上げ眩し気に目を細める。

 

 「両親が初めて会ったの、神殿での結婚式だったんです。お互いに一目惚れで、運命を感じたって」

 「そうなんだ」

 「香りって、想い出と結びついているって言っていました」

 フィオンも頷く。


 「それ、わかるな。俺も・・・今日のこと、ビビのその姿。花の香りと一緒にきっと忘れないよ」

 言ってビビを見下ろす。

 やさしいまなざしに、ビビの顔が赤くなる。

 

 「えと・・・」


 「俺とデートしよう、ビビ」


 手を差し伸べ、フィオンは笑った。

 その笑顔が・・・かつて、婚約者だった時の、自分を包み込み護ってくれたフィオンと重なる。

 

 寡黙で、あまり人前で感情を出さず、ぶっきらぼうと言われた男は、恋人のビビの前だけはその鎧を脱いで、生身の心と身体でビビと向き合い、抱きしめ、キスをして・・・永遠の愛を誓ってくれたのだ。

 その優しい腕と、声と。交わしたキスを思い出してビビは赤くなる。ごまかすように両手で頬を包み、くるりと背を向けた。


 「・・・まさか、デート場所はダンジョン、じゃないですよね?」

 「まさか!そんな可愛い恰好をしているビビを、ダンジョンなんかに連れていくわけないだろ?」

 真っ白なレースをふんだんに使ったワンピース姿のビビを、改めて見つめフィオンは笑う。


 ビビは一瞬泣きそうになって、その手を取った。

 

 もう、その笑顔・・・本当に反則だ。


 駄目だとわかっていたけど。

 そのぬくもりが懐かしくて恋しくて、思わず握りしめた手に力がこもる。


 そして、ビビはその時知らなかった。

 手を繋いで神殿を出る、二人のその後ろ姿を、カリストに見られていたなんて。

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