第91話 両親の想い出

 *ビビ、回想中*


 ジュノー神殿の花の回廊に寄り添うように立って、花を眺める二人。

 互いに違う職業だったから、平日一緒に過ごせるのは朝の出勤前と、夜寝る時のわずかな時間のみ。

 それでもこうしてたまに二人で朝食をとった後、ジュノー神殿まで花を見に通っていた。


 "いつ来ても、ここは花が満開だね"


 大きく息を吸い込むと、朝の気持ち良い空気とともに甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。

 夫であるカリストは手を伸ばし、蔦から垂れ下がる淡い色の花の花弁を手に取り、目を細めた。


 "うん。楽園ってこんな感じよね、きっと。それに、いい香り・・・季節によって香りが違うのね"


 甘えるように肩にもたれ、腕を絡ませながら、妻のオリエは目を閉じる。

 この時期はペルギアの花、だろうか。紫色の花弁が可憐で、甘くてやわらかな香りだ。


 "香りって、想い出に結びついているよな"


 カリストは呟く。

 "初めてオリエと会った時を思い出すよ"

 

 カリストの言葉に、オリエは記憶を探るように首を傾ける。

 あれは確か・・・ガドル王国に入国して間もない頃、右も左もわからなくて。ベティー・ロードから簡単な王都の地図をもらい、なんとなく綺麗な花を見たくて、ジュノー神殿を目指した。

 神殿の入口まで巫女に案内してもらい、花の咲き乱れる中庭から、丁度結婚式を終えた一組の男女が出てくるのを見た。

 舞い落ちる花びらの中、皆に祝福され身を寄せ合う二人があまりに綺麗で、幸せそうで。

 中庭の一角で満開になった青いブルーベルの花の下、ぼうっとしてそれを眺めていたら、二人を祝福し歓声をあげている集団の中、一人の騎士の姿をした青年と目が合った。


 どきり、としてあわてて顔をそむけた拍子にふわりとやわらかな風が舞い、髪がブルーベルの枝に絡まった。

 無理に引こうとした手に、そっと大きな手が重ねられる。

 顔をあげると、いつの間にか集団から離れた青年が目の前に立ち、笑いながら小さく首を振り、絡んだ髪をほどいてくれたのだ。


 綺麗な髪なんだから、簡単に切ってはもったいないよ、と。

 

 あの時、恋に落ちた。

 それはカリストも同じ。


 一瞬、世界の時が止まって。

 自分たちの周りだけ切り取られたような、それは奇跡のような出会いだった。


 "あの時・・・運命を感じたんだ。青い花の下に立つオリエがとても綺麗で、目が離せなかった"

 

 言って、肩にもたれた金の髪にそっと指を差し入れ、ひと房指に絡めると唇を寄せる。

 その仕草に、オリエはくすぐったそうに肩をすくめ、クスクス笑いを漏らした。


 "やだな・・・あの時はわたしの方がカリスト君に目を奪われていたのよ。間抜けな顔見せちゃって、恥ずかしい"

 はにかんだ笑みを浮かべ見上げると、目が合ったカリストは笑い、今度は額にキスをする。


 "なに言ってるの。オリエは俺がこの剣に誓い、生涯を捧げた誰よりも大切な人、なんだよ?"

 真顔で告げるその言葉にオリエは頬を赤らめ、指先を伸ばすと、そっとカリストの頬を指先でなぞる。

 少し顔を持ち上げて、その頬にお返しするように唇を寄せた。


 "知ってる?・・・そういうカリスト君だって、わたしにとって誰よりも素敵な騎士様、なんだからね?"

 ずっとわたしを護ってね。

 唇が離れ、囁くそうに告げるオリエ。


 "勿論。これからも俺はオリエだけの騎士でいることを誓うよ"

 カリストの腕がオリエの腰を抱いたまま、くるりと向きを変えさせ、そのまま対峙する。

 ふわりとオリエの金の髪が揺れて、こつり、と二人の額が重なり合う。

 鼻と鼻がふれあい、唇が重なり・・・オリエはふふっ、と吐息に似た笑みを漏らした。


 "好きよ、カリスト君"


 "俺も、愛しているよ。オリエ"


 離れないわ。わたしたちずっと、一緒だよ・・・?


 "・・・"

 "・・・"


 *ビビ、回想おわり*


 ・・・・ハズイわ。

 今思えば・・・二人って、バカップル?


 ビビは咲き乱れる花を見上げ、ふいにこの花の下で、かってGAME内で両親が交わした会話を脳内でリフレインしながら・・・そのセリフと甘々シーンに。唐突に猛烈に恥ずかしくなり、しゃがみ込みそうになる。

 

 結婚当初は、毎朝神殿へデートに出かけて、二人で花を見ながらいろいろな話をしていたな。

 あんなにラブラブだったのに・・・どうして晩年はあんな仮面夫婦みたいになってしまったのだろう。

 この世界は"離婚"という概念はなかったが、家庭内別居、といってもよいほどビビが産まれてからは二人が一緒にいることはなかった。

 子作りルートへ誘うために、どんなに尽くしても。一度心が離れた夫は以降振り返りもしなかったのだ。

 まぁ、オリエのレベルを上げるのに夢中で、家庭を顧みなかった点は大いに反省するのだけど。それにしたって・・・あのカリストのそっけなさはない。バグかエラーじゃないか?と当時は思ったくらいだ。


 ※


 ジャンルカは息子の挙式が終われば通常運転なのか、そのまま魔術師会館へ戻って行った。

 ついていこうか迷ったが、せっかく結婚式の参列でお休みをもらって。しかも花嫁の付き添いの花娘として、珍しく白いワンピースを着せられていたので、気分も高揚していた。とりあえずは着替えてから考えようと、ジャンルカとはその場で別れた。

 考えてみたらいつも、ダンジョンに探索か、魔術師会館で研究室に閉じこもっているか。

 最近はヴァルカン山岳兵団へ打ち合わせという名目で、外を出歩く機会も増えたけど。


 「わたしって、本当にフリー時間を有効に使うネタがないんだわ・・・」


 女友達はジェマやアドリアーナくらいだし。そもそも騎士団員と近衛兵。しかも人妻。平日休日に運よく時間があったとしても、彼女らとの遊びといえば、錬兵場での鍛錬やダンジョン探索。終わった後は酒場で打ち上げというコース。とても世間一般の若い娘の休日の過ごし方ではない。

 

 これでいいのか、自分。

 

 ・・・いいと思っていたけど。ヴィンターの結婚式に参列して、大勢の人たちに祝福されて。ヴィンターと並んで幸せそうに微笑んでいるキアラを見ると・・・幸せそうでいいなぁ、と羨ましく思ってしまったのも事実。


 別に結婚に憧れているわけじゃない。この国も来年には出国するし、恋人なんて足かせにしからないし・・・


 *


 「どうしたの?花の下一人で神妙に考え込んで、悩ましいねぇ」


 後ろから声がかかり、振り返ると


 「オスカー兵団顧問」


 「こんちゃ。珍しいね~ビビのそういう恰好」

 相変わらず屈託のない笑顔で、手を振りながらこちらにむかってくるのは、ヴァルカン山岳兵団最高兵団顧問のオスカー。

 その後ろには・・・


 「フィオン君?」

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