第90話 ヴィンターの結婚式

 春もそろそろ終わりを告げるガドル王国

 やわらかな日差しが射しこむジュノー神殿の午後。

 今日はジャンルカの一人息子であるヴィンター・ブライトマンの結婚式だった。


 「ふたりとも、祭壇の前へ」

 祭壇に立つ神官長が、声をかける。


 「汝、新郎ヴィンター。あなたは、キアラ・リングドレンを妻にすることを望みますか?」

 「望みます」

 「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも、夫として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」


 「誓います」

 ヴィンター・ブライトマンは胸に拳をあて、頷く。


 「汝、新婦キアラ。あなたは、ヴィンター・ブライトマンを夫にすることを望みますか?」

 「望みます」

 「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも、妻として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか?」


 「誓います」

 キアラ・リングドレンは腹の前で両手を組み、ゆっくりと礼をとり頷く。


 「では、神の御前で誓いをお示しなさい」

 神官長の言葉に、向き合う二人。

 ヴィンターがキアラになにかを囁き、ゆっくりと白いベールを手で持ち上げる。

 露わになった草色の髪を結い上げたその横顔は、すでに涙で濡れていて。

 でもヴィンターと目を合わせると、大輪の花が咲いたような美しい笑顔を浮かべ頷いた。


 抱き合って誓いのキスを交わす二人に、席に座った招待客からひときわ大きな歓声があがる。


 「私は、お二人の結婚が成立したことを宣言いたします。お二人が今私たち一同の前でかわされた誓約を神が固めてくださり、祝福で満たしてくださいますように。さぁ、ご列席の皆様も、ここに結ばれた二人へ祝福を!」


 「頑張れよ、ヴィンター!」


 「おめでとう、二人とも!幸せにね!」


 ヴィンターとキアラが寄り添うようにジュノー神殿から中庭に姿を現すと、待ち構えていた大勢の友人たちが一斉に歓声をあげて祝福する。

 ビビは彼らの後ろで、ジャンルカと並んで歩きながら、口中で呪文を唱え、両手を合わせると目を閉じた。

 胸元の魔石がほんのり熱を放ち、薄い光がゆるゆると重ねた両手に集まってくる。


 やわらかな風が神殿の回廊に流れ込み、花の甘い香りとともに新郎新婦をやさしくくるくると包み込む。

 繊細なレースがふんだんにあしらわれたウエディングドレスと、背を流れる薄いベールがサラサラと風に波打ち揺れる。

 周囲が驚いて目を見開くと当時に、回廊に咲き乱れた花が一瞬合唱するように震え、次の瞬間吹きあがった風に巻かれ、一斉に花びらが舞い上がった。


 「え・・・?」


 「うわ、なにこれ花びらが・・・」


 「綺麗・・・」


 神殿の中庭、色とりどりの花々が次々に風にあおられ、その花びらが紙吹雪のように舞い上がる。

 午後の日差しに花弁一枚一枚が薄く透けてキラキラと輝き、はらはら舞い落ちる様はまるで雪のようで。

 幻想的な光景に、皆一斉に足を止め、どよめいた。大きな歓声があがり、空を仰ぎ拍手が鳴り響く。


 「なんと・・・ジュノー様の祝福が」

 神官長は感嘆の声をあげる。神殿に勤めている神官や巫女がひざまづき、祭壇に祈りを捧げているのを見て、ビビはクスリと笑いを漏らした。

 

 「実際は、神獣ユグドラシルの祝福、なんですけどね・・・」

 「お前か?」

 隣のジャンルカに問われ、ビビはペロッと舌を出した。

 

 「大丈夫です。花びらは後でちゃんとひとまとめになって、香水用の籠に回収できるようしておきましたから」

 「・・・便利だな」

 「ヴィンターの晴れ舞台ですもん。演出大サービスですよ」


 鳴り響く祝福の鐘に耳を傾けながら、ビビは友人たちにもみくちゃにされ、胴上げされているヴィンターを眺め、隣のジャンルカを見上げた。

 「寂しくなります?」

 ビビの問いかけに、同じくヴィンターに視線を向けていたジャンルカは、小さく笑い目を細める。

 

 「いや、元々成人してから家を出ていたからな。実感はない」

 そういえば、何度かジャンルカの家にお邪魔していたが、ヴィンターに会うことはなかった。独身のうちは家族と同居することが義務づけられているはずなのに、珍しいなと思ってはいたが。

 

 「・・・ヴィンターは、リングドレン姓を名乗るんですね」

 

 この世界は夫婦別姓が許されている。だが、ヴィンターはブライトマン、ではなくリングドレンを受け継いだ。

 新婦も一人娘で、親が婿入りを希望している、と聞いてはいたが。

 ヴィンターも一人息子のはずだ。婿に入れば・・・必然的にジャンルカのブライトマン姓を継ぐ人間はいなくなる。

 

 「ヴィンターを後継にするつもりはない」

 ジャンルカは答える。

 「亡くなった妻も魔銃士だったが・・・ヴィンターは武術職には興味ないようだからな。好きにすればいい」

 「・・・」

 相変わらず無表情だったが、その横顔は特に残念とか寂しいとかの感情は見えない。


 「父さん、ビビ」

 ヴィンターが新婦のキアラの手を引いて歩いて来る。

 「おめでとう」

 ふ、と僅かに口元に笑みをたたえジャンルカは息子に手を差し伸べる。

 ヴィンターはその手を取り、固い握手を交わしながら笑った。

 

 「ありがとう。父さん。ビビも・・・」

 「おめでとう、ヴィンター。キアラさん、はじめまして」

 ビビが笑いかけると、隣にいた新婦のキアラは綺麗な笑みを浮かべ、ぺこりと頭をさげた。

 若草色の髪に、同じ色の瞳の可愛らしい顔立ちをしている。ヴィンターより年上らしいが小柄で年齢より幼く見える。

 

 「はじめまして、ビビさん。キアラです。私・・・ずっとあなたにお会いしたかったんです」

 キアラの手には、大輪のユリの花をベースにしたブーケが。ビビがキアラの母親に相談を受けて、カイザルック魔術師団の裏庭の花壇で育てた花を使い、アレンジし作った大作である。母親はヴェスタ農業管理会の婦人部で、キアラも成人してから農業管理会に勤めているのだとか。


 彼女は果実園担当のため、ビビに会う機会はなかったが、牧場やミルクチーズ小屋担当の管理者から、ビビの噂は常日頃耳にしていたらしい。


 「こんな素敵なブーケ、ありがとう。もったいなくてブーケトス、拒否しちゃいました」

 「ええええ?」

 ガーデンウエディングには、ブーケトスは必須で醍醐味でもあるのに。

 「そうだよ、独身女子はみな狙って楽しみにしていたのに、拒否るんだもんなぁ」

 ヴィンターは笑いながら肩を揺らす。

 「さっきの花吹雪の演出、ビビだろ?ありがとう」

 「どういたしまして」

 「今後も変わらぬビビとの友情に便乗して、お願いがあるんだけど?」

 「?」

 「このブーケ、例の加工してくれない?記念に取っておきたいって、キアラが」

 相変わらずヴィンターは目ざとい。愛する妻の喜ぶ顔を見るためなら、なおさらなのだろう。


 「プリザーブドフラワー、ですか?あれは高度な魔力コントロールが必要ですから、ブーケともなると高くつきますよ?」

 「うん、それは父さんの指導料と相殺しておいて」

 しかも、ちゃっかり、ときている。

 でもその素直で飾らない性格を、ビビは師匠の息子という点を除いても好ましいと思っていた。


 「プリザーブドフラワー?」

 ジャンルカに聞かれ、ビビは慌てて首を振る。

 「いえ、ちょっとその、以前植物使った実験で・・・」


 そして、結局は身内の魔術師団以外でスキルを披露したことがばれて、怒られてしまうのだった。

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