第81話 自称養父は親ばか

 まさかの解答に、ビビは驚いたように、リュディガーを見返す。

 

 「・・・え?」

 「ビビはね、カイザルック魔術師団皆の大事な娘、なんだよ」

 リュディガーはニコッと笑って、ビビの頭を撫でる。

 

 「不器用だけど、一生懸命で。がんばり屋さんの、自慢の娘だ」

 「過大な評価ですよ。わたし・・・師団長の思っているような、そんないい子じゃ・・・ないんです」

 ビビは赤くなって、俯く。

 

 記憶にある箱庭をGAMEしていた前世?の自分は・・・人見知りが激しくて、こもりがちで。人から誉められることも、認めてくれる人も、いなかった。身内の姉には"いい年こいた、引きこもり"だの"喪女"だの散々な言われようだったし。どうも口に出されると違和感、というか抵抗がある。

 かわいくないな自分、と思っていると、心中を読んだかのように、リュディガーは笑った。

 

 「そうやって、ちょっぴり卑屈になるところも、顔に出るところもかわいいんだよね」

 言って、ビビの頭を引き寄せ、肩に軽く抱き寄せる。

 「お前さんは、いい子だ。俺たちが護ってやるから、お前さんはこの国にいる時くらい、思うように生きていいんだ」

 「リュディガー師団長・・・」

 額に当たる、リュディガーの顎髭がくすぐったい。ビビはリュディガーに身を寄せたまま、目を閉じて、小さく息を吐いた。人に触れられるのに未だに抵抗がある中で、師匠であるジャンルカと、リュディガー師団長は・・・護られているようで逆に安心する。


 「師団長は・・・お父さんみたい」

 ふふふ、と小さく笑ってビビが呟くと、リュディガーは破顔した。

 「嬉しいこと、言ってくれるじゃないか」

 小さい肩を撫でながら、リュディガーは馬車の窓から流れる風景に、目を向ける。


 このままこの国に留まっても、【時の加護】から解放されることはない。

 どんなに引き留めても。ビビは来年、国を出ていくのだろう。

 【時の加護】を受けた宿命を終らせ、けじめをつけるために。最果ての地を目指すのだろう。

 かつて戦禍に巻き込まれた、聖女オリエ・ランドバルドがそうしたように。

 最果ての地は・・・魔力が一切使えないという。そして、異世界に繋がっている、とも言われている。


 引き継いだ記憶によると、はじまりは数百年前。はるか離れた、オーデヘイム王国。

 "神獣ユグドラシルの加護"を受けた聖女オリエ・ランドバルドは、その力を欲した国から望まれ、利用され壊された。

 ボロボロになって最果ての地へ辿りつき・・・世界樹に"神獣ユグドラシル"を封印し、自ら命を絶った。

 それでも、その魂は昇天されることはなく・・・数百年経った今世に転生を果たし、ここガドル王国へ帰化した。

 ガドル王国へ帰化したオリエ・ランドバルドは、比類なき大地の守護龍の力を得、龍騎士の始祖と呼ばれる。今世とはいえ今から100年以上も前の話で、何故か今まで表舞台にその名が出ることはなかった。


 ビビは二人のオリエ・ランドバルドの魂の記憶と共に、その力を受け継いでいるのだという。


 まるで、呪いのようだ、とリュディガーは思う。

 成人したばかりの、子供が背負っていいものではない。

 二人のオリエ・ランドバルドを通し、運命の女神ノルンは・・・加護を与えた神獣ユグドラシルは、龍騎士の銃を与えた大地の守護龍アナンタ・ドライグは。一体この娘になにを課せようというのか。


 リュディガーの肩に寄りかかったまま、気持ちよさそうにうとうとしているビビを見下ろし、リュディガーはため息を落とす。

 自害なんぞ、させたくない。

 こんなに、一生懸命生きているのに。

 出国する来年の春まで、できる限り国のため役にたとうと、小さな身体で、たった一人で強がって、心配かけまいと無理に笑って。

 最果ての地に、この娘の背負った加護から、魂の呪縛から解放する方法がある保証などないというのに。黙って見送るしかないというのか。

 護ってやる、と言っておきながら、あまりにも自分たちは無力で。それが堪らなく口惜しい。

 でも、どうやったら、この娘を解放してやれるのか、わからない・・・


 "簡単だ。この国で男つくらせて、結婚させて帰化すりゃいい"


 お気楽に言ってのけた、飲み仲間でもある、ハーキュレーズ王宮騎士団総長の、生意気な顔が浮かぶ。


 "加護やスキルを子に継がせたくない、というビビの意思はどうなる?"

 "護るものができりゃ、死にもの狂いで足掻くさ。ビビの悪いところは・・・一人だと全て抱え込み、他人に頼ろうとしない"

 "・・・方法が見つからなかったら、どうするつもりだ?"

 思い切り顔をしかめたリュディガーに、イヴァーノはニヤリと笑い


 "仮に、またその子に【時の加護】が引き継がれても、護ればいいだけのこと。俺たちがビビにそうしたように。・・・俺たちがいなくても、俺たちの血を継ぐ子供が護っていくだろう"

 例え、その存在がかつての戦禍を引き寄せようとも、我々は同じ過ちを繰り返すことはしない。

 

 力強くきらめく苛烈な赤い目は、何かを決心したようにも見えた。


 "俺たちの血が繋がっていく限り、護り続ければいい。そうやって・・・巡っていくんだ。縁(えにし)というものは"


 イヴァーノの言っていることは正しい。

 ・・・が、ハーキュレーズ王宮騎士団の小童とくっつけさせようって魂胆が見え見えなのが癪にさわる。


 あの女嫌いのカリストが何故かビビに関心を持って、あれこれ付きまとっている事に対し、カイザルック魔術師団のメンバーからクレームの嵐が起きているのを、知っているのだろうか?

 ・・・多分知っていて、煽っているのだろう。そういう男だ。


 "女嫌いのカリストに、そんな甲斐性あるとは思えんが?"

 ぶすっと不機嫌そうにワインをあおるリュディガーに、イヴァーノは不敵な笑みを浮かべ、ワイングラスを掲げて見せた。


 "なんなら、賭けるか?あの男が本気で執着するのを、俺も見てみたい"


 駄目だ、完全に面白がっている・・・。

 でも、この男の勘は、外れたことがない。・・・いや、その前に。

 リュディガーは思う。


 俺の目の黒いうちは、ビビはどこにもやらんぞ。


 すでに、親バカになりつつあった。

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