第82話 美味しいは正義

 「・・・で、説明してほしいんだが」

 

 その男を見たリュディガーから出た第一声。


 「なんで貴様が、ここにいる?」


 「随分だな」


 ヴァルカン山脈の巨大な崖に並列して建てられた、岩の要塞エセルの砦。

 その門をくぐると広がる、ヴァルカン山岳兵団の拠点"ミッドガル"の街並。

 中でもひときわ目を引く大きな屋敷の中、通された部屋のテーブルのソファーにドカリと座り、窯焼きピザらしきものをつまみながらワイングラスを傾けているのは、ハーキュレーズ王宮騎士団総長。


 リュディガーとビビが部屋に入ってきたのを見て、ワイングラスを掲げて


 「よう」


 と、一言。


 「あー、なに勝手に飲んでんの?それ、リュディガーと後で一杯やろうと思って、ヴェスタ農業管理会からわざわざ取り寄せたのに」


 後ろから声が聞こえて、振り返れば。

 日焼けた肌に白髪が映える、初老の男が呆れたような顔をして立っていた。


 「オスカー」

 

 リュディガーが顔をしかめる。

 「聞いていないぞ」

 「言う暇ないよ。いきなり来たんだから」

 「いちいち言うかよ」

 全くイヴァーノは悪びれた様子がなく。彼らより歳は20以上離れているというのに、ある意味堂々としていて、怖いもの知らずというか・・・ビビがぽかん、としていると


 「久しぶりだな」

 

 と、目が合いイヴァーノはニヤリとする。ビビははっとして、反射的にリュディガーの背後に隠れた。イヴァーノのニヤリは、正直怖い。でも挨拶しなきゃ、絡まれてもっと怖いので・・・

 

 「・・・お久しぶりです、イヴァーノ総長」

 「随分だな、おい」

 結局は、絡まれるのか。

 黒いオーラを放ちながら立ち上がるイヴァーノに、オスカーが手で制するようにする。

 

 「お前な、誰かまわず凄むのやめろ。只でさえ顔が怖いんだから」

 言って、リュディガーの背後にいるビビへ笑いかける。


 「はじめまして、ビビ。ヴァルカン山岳兵団で顧問をしているオスカー・フォン・ゲレスハイムです。よろしく」

 こいつは怖くないから、とリュディガーに背中を押され、ビビはどきどきしながらオスカーと対峙する。


 ・・・初老とは思えない体躯と迫力に圧倒され、それでも踏みとどまれたのは、優しげなエメラルドグリーンの目に、笑いかけられたからだ。


 「ビビ・ランドバルドです。よろしくお願いします」

 ビビは慌てて頭をさげる。

 オスカーは笑って、噂通り小さくてかわいいなぁ~とビビの頭を撫でた。


 「こわい顔のおっさんが飛び入りしちゃったんだけど。一応、今回の件は武術組織のトップで集まって話すよう、ソルティア陛下からの要望でね」

 だれが、こわい顔のおっさんだ!とイヴァーノは文句を言い、お前以外に誰がいる?とオスカーに返され。それを見ていたリュディガーはげんなりと肩を落としため息をついた。

 「いくら自分が関われないからって、よりによってこいつを召喚するとは。嫌がらせか?あの方は・・・」

 ビビはそんな3人を眺めながら、スリートップは思いのほか仲がいいんだなぁ、と密かに思った。


 *


 結局、時間が昼過ぎだったこともあり、ランチを先にとることとなった。

 山岳兵団のミッドガル街を出たところには鍛冶小屋が立ち並び、その先にあるのは巨大な高炉。

 その熱源を利用して焼く、窯焼きピザは絶品だった。

 カリカリサクサクのクリスピー生地で、チーズもソースも絶品で。

 ビビはご機嫌でピザをひたすら頬張る。


 「・・・良く食うな」

 

 あと一種類で全種類制覇、と最後の皿に乗ったピザをひと切れ皿に取ったところで、ワインを片手に隣へ座ったイヴァーノが、呆れたように声をかけてきた。一体、この小柄な身体のどこに入るのか。

 

 「美味しいは、正義ですよ。イヴァーノ総長!」

 

 本当に幸せそうにピザを頬張るのに、イヴァーノはワインを吹き出しそうになった。まるで口中に食べ物を詰め込んだ小動物みたいだ。

 

 「お前の正義はピザ並みに薄っぺらいんだよ。ブタになるぞ」

 「じゃあ、次々に持ってこないでください!美味しいから食べちゃうんです!」

 もぐもぐしながら、鼻息荒くビビが頬を膨らますのに、イヴァーノはついに肩を揺らせて笑う。

 

 バレていたか。あまりに一生懸命頬張るから、どれだけ食べるか興味&悪戯で、何気なく目の前に色々な種類のピザを並べてみたのだが。

 

 「いや、そこまで豪快に食っているの見ているの、楽しいわ」

 ほら、これも食え、とパイ生地でできたキッシュが乗った皿を置いた。

 目を輝かせ、フォークを片手に笑顔のビビと、それを見て満更でないイヴァーノ。


 「あーあ、餌付けされてるし?ってか、ビビを完全にペットかなんかと勘違いしてないか?イヴァーノの奴」

 離れた席でワインを飲みながら、オスカーがリュディガーを見ると、リュディガーは肩肘ついて苦笑いする。

 ビビは可愛い。構いたくなる気持ちはよくわかる。

 「ああして見ると、普通の娘なんだよな」


 もぐもぐしているビビの口の端についたソースを、アホ面~とからかいながら、ほら、こっち向け、と紙ナフキンで拭ってやるイヴァーノ。ペットというよりも孫に世話をやくじいじ、のような光景に、オスカーはワインを詰まらせ咳きこみながら、珍しいものを見た!と驚いている。


 「かわいいんだよ。笑っている顔を見ているだけで、癒される」

 やらないからな、とリュディガーに念を押され、「2人そろって、絆されちゃったの?おやおや」

 オスカーは笑った。


 *


 「オスカー様!わたし、考えたんですけど」

 ピザを全種類制覇して、気の済んだビビは顔をあげ、目をキラキラ輝かせながらオスカーを見る。

 「ん?どうした?」

 「このピザやキッシュ、真空パックして市場に出荷したらどうですか?」

 「・・・は?」

 聞きなれない単語に、オスカーは目を瞬かせる。


 「真空パックして、冷凍保存したら、長期保管もできるし、いつでも焼きたてのピザが食べられます!こんな美味しいピザ、山岳兵団の皆さんだけで独り占めするなんて・・・もがっ」

 

 「おい」

 

 いきなり暴走を始めたビビの頭を、イヴァーノがわしっ、とつかみ、押さえる。

 「俺たちにわかるように、説明しろ」

 オスカーは目を瞬かせ、リュディガーは"また、はじまった・・・"と頭を押さえてため息をついた。

 

 「あ・・・」


 やばい、わたしまた、やらかしたかも・・・

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