眠れる記憶が語る真実

第80話 ヴァルカン山岳兵団の砦へ

 その日、ビビはヴァルカン山岳兵団の拠点である、エセルの砦へ向かう馬車の中にいた。


 「ヴァルカン山岳兵団の職人が造る工芸品や魔具は、城下の鍛冶ギルトに引けを取らない見事なもんだよ。一度ビビも見ておくといい」

 リュディガーに説明を受けながら、ビビは馬車の窓から、遠く離れた山の頂き、エセルの鍛冶集落の高炉から立ち上る煙を眺める。

 GAMEでは画面スクロールであっという間に登れたヴァルカン山脈も、実際は馬車を使って一日。さらにエセルの砦まで半日かかる。

 普通はテレストーンを使うのであろうが、リュディガーはビビの見聞のため、と言って山脈のふもとから砦まで馬車をチャーターしてくれた。


 *


 ガドル王国の秋のイベントでもある、【銀月祭】

 この日は、一日陽が昇らない。

 

 アルコイリスの世界を創造する、七人の神

 

 創造神ジュピテル

 運命の女神ノルン

 調和の女神テーレ

 愛と美の女神ジュノー

 豊穣の神ヴェスタ

 戦いの神セト

 冥界の神ハーデス

 


 七人の神のうち、導きの神としてガドル王国に深く信仰されているのが、運命の女神ノルン。

 銀月祭は夜を創り出した女神ノルンが、神獣ユグドラシルを伴い大地に降臨し、人々の生活を見て回るのだという。

 子供たちは神獣と女神を形どったお面を被り、仮装をして大人たちにお菓子をもらう。


 大人にお菓子をねだるなんて、ビビの転移前の世界の「ハロウィン」のようなお祭りの日だ、と思う。

 でも、銀月祭は他にも隠された物語がある。

 創造神ジュピテルと運命の女神ノルンの息子である太陽神ソルは、子供に姿を変えてこっそり母親の後を追い、ある国の銀月祭に忍び込み。そこで一人の聖女、ルナと出会い恋に落ちた。

 年に一度の逢瀬を繰り返すも、不老不死である太陽神ソルとただの人である聖女ルナが結ばれることはなく、聖女はやがて寿命により死を迎える。

 人の生の短さと儚さ、愛する者の魂を失い絶望し、打ちひしがれる息子を哀れに思った女神ノルンは、聖女ルナを月の女神に召し上げた。

 陽がのぼらない銀月祭は、太陽神ソルと月の女神となったルナの、隠れた逢瀬の日でもあるのだ。

 この伝説にあやかり、銀月夜にプロポーズをし、結ばれるカップルは多いという。


 ・・・ま、わたしには関係のないお話なんだけどね。


 思いながらビビは馬車に揺られながら、サンプルで渡された子供たちの被る仮装用のお面を眺めた。

 以前は両親が、子供のために手作りしていたようだが、ここ最近は専門の職人ギルドのメンバーに作らせ、イレーネ市場の店で手軽に買えるようになった。

 今回は、それに使われる素材の確認と、あとひとつ。ビビの持つスキルを応用した、お面につける飾りの提案。


 簡単に言えば、子供用GPSの付与である。

 一日陽の昇らぬ夜に加え、仮装し、同じようなお面をかぶって遊びまわる子供たちの安全を守るため、親はお金を出して加護を付与した魔石をつけていたらしいが、お面につけるにはそぐわない大きさと重さで毎年不評だったこと。伴う恐喝や盗難も倍増。用意する魔石の数も、それに合わせて加護を付与する魔術師団の人員も、ギリギリで余裕がない。

 ならば、子供が何処にいるかわかる程度の位置情報を把握するスキル、を付与した飾りをつけては?とビビは提案したのだった。


 ビビの手の中にあるのは、神獣を形どった緑のお面と、ビビが即興で錬成した小さなお守りが。

 男の子には青い星、女の子にはピンクの星。

 丁度顔の後ろの留め金へ装着できるようになっており、これなら目立たないし、あとは各家庭で飾りをつけ、普段の持ち物のように"所持者"の付与(名前シールや印鑑みたいなもの)を施せば完成する。

 この大きさと付与ならば、数をこなせるヴァルカン山岳兵団の魔具職人が得意分野だと、城下の職人ギルドに依頼するより、コストを抑えられて一石二鳥なんだとか。


 「でも、ソルティア陛下に黙って動いて、大丈夫だったんですか?」

 前からソルティア陛下は、ビビの生み出す魔法陣や、加護の付与や錬成に異常な興味を示していて。聞きつけては、なにかと城を抜け出し、神出鬼没で現れ、最近はカイザルック魔術師団をかき乱すお騒がせキャラとして定着している。


 「報告したら最後、仕事放置してついてくるのが目に見えているからね」

 リュディガー師団長はため息をつく。なので今回はビビを同行させる話は、もちろん伏せて報告している。

 「あの御方の好奇心は、周囲を嵐レベルで掻き回すから。いない方がいいんだよ」

 ビビも陛下がいると、落ち着かないでしょ?と言われ苦笑い。


 決して悪い人物ではないし、少なからず、自身は気に入られているのだろう、とは思う。

 だが、あの過剰なほどのスキンシップは・・・正直慣れない。

 しかも、冗談か本気なのか?六歳になるバートルミー第三王子殿下を婿に勧めてくる。


 「今日オファーしている、ヴァルカン山岳兵団のオスカー・フォン・ゲレスハイム兵団顧問って、どんな方・・・なんですか?」

 

 ガドル王国、3つある武術組織。スリートップと呼ばれている最高責任者。

 王国の【剣】ハーキュレーズ王宮騎士団トップである総長 イヴァーノ・カサノバス

 王国の【知恵】カイザルック魔術師団トップである師団長 リュディガー・ブラウン

 そして残るは、王国の【盾】ヴァルカン山岳兵団のトップである最高兵団顧問 オスカー・フォン・ゲレスハイム


 ヴァルカン山岳兵団は、その名の通り生活拠点をヴァルカン山脈のエセル砦に構えている為、年間の大きな行事以外、山岳兵がそろって王国の城下町に降りてくることはほとんどない。

 ビビも市場や、ガドル波止場でたまに見かけるくらいである。

 背中に斧や槍を下げ、男女問わず見事に盛り上がった肩の筋肉と胸筋のラインは、惚れ惚れするほど美しい。均整のとれた体躯は武術集団の中ではダントツである。

 成る程、先祖が巨神ミッドガル族だと伝えられているのも納得できた。


 「ああ、オスカーは俺の同期でね。ガドル王立学園時代は、よく二人でつるんで悪さしてたなぁ」

 リュディガー師団長と同級で、仲良しなら・・・そう構える人物ではないだろう。

 ビビはホッと息を吐く。

 「オスカーには、ビビの加護の話と事情は、それとなく話している。口の固い男だから安心していい」

 「・・・」

 ガタゴト馬車が揺れるのに身を任せ、ビビは俯く。

 「どうした?」

 リュディガーは、普段は忙しく・・・ビビの作る新作おやつの相伴以外は、殆ど魔術師会館を不在にしている。

 もしくは、ビビが何かやらかして説教する時くらいしか、2人で話すこともない。


 なので、前からずっと疑問に思っていることを、つい口に出してしまった。


 「・・・なんで、こんなに良くしてくれるのか不思議で。わたし・・・国民でもないし、こんな一歩違えば危険な加護持ちで、迷惑ばかりかけて」


 ビビの持つ、特殊な加護やスキルを利用する下心があるとは、思えない。どちらかというと、むやみに使うことを咎めている。


 「そりゃ、ビビがかわいいから」

 何を言うと思えば・・・と、リュディガーはケロッとした口調で答えた。

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