第79話 この感情は

 ビビ・ランドバルド

 只今、激しく激しく反省中。


 よりによって。

 よりによって、カリスト・サルティーヌの腕の中で目覚めるなんて!

 魔力切れには注意するよう、常日頃ジャンルカやリュディガー師団長に言われていた。

 ビビは熱中すると、回りが見えなくなるだけではなく、魔力切れすら気づかず集中してしまう癖があり。

 過去数回、いきなり動けなくなる騒動をおこしている。


 「・・・サルティーヌ様、あの・・・」

 ビビは頭をさげる。

 「このことは、黙っていていただけると」

 「・・・このことって?」

 いっぱいありすぎて、わからないんだけど?と、カリストは胴衣を身に着けながら、冷ややかに言う。どうやら、金属の鎧をまとったままだと、冷たいし硬いだろうと・・・わざわざ鎧を脱いで抱きとめてくれていたらしい。

 どうりで温かくて、心音がダイレクトに聞こえたはずだ。


 ・・・じゃなくて!


 「その、魔力切れ・・・起こしたこと、です」

 穴があったら、入りたい・・・

 

 「あのさ」

 カリストはため息をつく。手元の枝を折って、焚き火に放り込んだ。

 

 「お前、いつもああなの?」

 「ああって?」

 「アドリアーナや、オーガストの剣も錬成したんだろ?まさか毎回魔力切れ起こして倒れているんじゃ、ないだろうな」

 「まさか!」

 ビビは慌てて首を振る。

 

 「お二人のを一緒にやっても、ここまでなりません。サルティーヌ様の魔量が半端なかったんです!」

 「・・・って、俺のせいかよ」

 「ち、違いま・・・」

 カリスト腕が伸び、ビビの手首を捕らえる。そのまま引き寄せられ、カリストの胸にダイブするビビ。

 ひゃっ、と声をあげると、頬に手を添えられ上を向かされる。真正面から視線が絡み、ビビは顔が赤くなるのを感じた。

 何度目を合わせても、その整いすぎた顔は見慣れない。


 「俺、お前に感謝していいのか、怒っていいのか、マジで悩んでいるんだけど?」

 「・・・うっ」

 真剣なまなざしを正視できなくて、ビビは目を泳がせる。

 カリストはため息をつき、そのままビビを胸の中に閉じ込める。ビビはビクッ、と肩を震わせて胸に手をあて突っ張るが、カリストはさらに腕に力をこめた。

 

 「さ、サルティーヌ様?」

 「黙れ」

 耳元で低く告げられ、ビビは動きを止める。以前、人に触れられるのが苦手だ、と言った時から、カリストは必要以上ビビに触れることはなかったので、突然の抱擁に頭が追い付かない。


 「無茶するな」

 続く声に、目を見開く。

 

 「お前が規格外なのは、わかっている。でも、自分に無頓着すぎだ。もう少し大事にしろ。心臓に悪い・・・」

 「・・・」

 ビビはわずかに身動ぎをした。

 どうやら、かなり心配をさせてしまったらしい。申し訳ない気持ちで俯いていると、カリストが何度目かになるため息をついた。


 「次、俺の前でこんなことになったら・・・容赦しないから」

 「・・・え?」

 ビビは顔をあげて、カリストを見返す。カリストはビビを離し、指先でビビの額をピシリと弾いた。

 「痛い!」

 「無防備に寝やがって」

 カリストは言う。

 「俺の理性に感謝しろ、バカ」


 *


 昔から、女というものが苦手だった。

 線が細くて、しなしなしていて、自己主張が激しく。甲高い声とキツい香水の匂いに頭痛がする。

 自分が女、だと。身体すら武器にする、したたかさも嫌いで・・・。


 自分の腕の中で、すうすう寝息をたてている無防備なビビを見下ろし、カリストは不思議な気分になる。

 地べたに転がして放置するわけにもいかず、仕方なしに木の幹に腰をおろし、ビビを膝の上で抱えた。頬が金属の胸あてに当たって、冷たそうだったから、胸あてと肘あてを取り、直に抱きしめ・・・後悔をすることになる。

 その身体は温かで。華奢だと思っていたが、しなやかな筋肉を纏っているのが、まわした腕にも、密着した身体にも伝わる。

 それでも・・・身体つきは間違いなく女なのに、何故嫌悪感がないのだろう。むしろ、驚くほど穏やかな気持ちに満たされるのは、何故だろう。


 時々弾ける焚き火の炎が、ゆらゆらとビビの頬に影を落としている。

 いつもはフードを深くかぶって、見えずらい顔が、今はフードが取り外されあらわになっていて。

 目は閉じられていたが・・・思いの外、長く濃い睫毛や、ちいさい鼻に散らばる、薄いそばかす。柔らかそうな、ぽってりした赤い唇。

 そっと親指の腹で唇に触れると、

 

 「・・・んっ・・・」

 

 小さい吐息がもれ、身動ぎすると、ふにゃりと笑みをうかべ、胸元に頬をすりよせる。さらり、と柔らかな髪が顎をくすぐり、花のようなやさしい甘い香りがした。

 「っ、」

 カリストは息を詰まらせる。

 先ほどから鼓動がうるさく、落ち着かない。


 なんだ、これ。


 これは、まるで・・・?


 ******


 カリストのヘタレ・・・(;^ω^)

 お読みいただきありがとうございます。

 次回より新章に入ります。残る武術組織ヴァルカン山岳兵団の登場です。

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