第78話 はちゃめちゃな女

 ポツポツ・・・


 「あ、雨・・・」

 ビビは空を見上げる。

 「?さっきまで大気は安定していたようだけど」

 カリストは剣を腰にさし、手をかざす。

 ビビはハッとしてヤバイ、と呟いた。

 「・・・なに?」

 「い、いえ、なんでも・・・」


 言いかけた矢先に、雨足が強まりだす。いくら森でも、覆い被さる樹木は完全に雨粒をしのいではくれない。カリストはビビの手を引き、走り出した。

 「転移ゲートまで走れるか?」

 「あ、いえ、わたしは残ります」

 ビビの声に、カリストは走りながら振り返る。

 「は?なに言っているの?お前方向オンチのくせに、一人じゃ戻れないだろ」

 痛いところをつかれてしまった。

 「だ、大丈夫です。て、テレストーン持っているし、そのちょっと確認したいことが・・・」

 口ごもるビビに、カリストは眉を寄せ立ち止まる。


 「確認って、なにを?」

 「・・・」

 そこで突っ込まれるとは予測していなかったビビは、不審げに目を泳がす。

 「おい、こっち向けよ」

 カリストはビビに向き直ると、顎をつかみ無理やり視線を合わせた。

 「ヒッ・・・」

 ビビは赤くなって慌てて逃れようと、両手でカリストの胸を押したが、カリストは動じず。さらに空いた手でビビの腰を抱き引き寄せる。さらに増す密着度に、ビビの心臓は飛び上がった。

 

 ち、ち、ちょっと、この距離感!おかしいんですけど??


 「なに隠してんの?バレバレなんだけど」

 「隠してなんか・・・」

 「じゃあ、なんで目をそらす?」

 それは、あなたの尊顔が眩すぎで!!!

 うっ・・・と、ビビは言葉を詰まらせ。そして観念したように、ため息をついた。


 「・・・すみません。その・・・雨の原因、わたしかもしれないので」

 

 「・・・は?」

 ビビは両手で顔を覆った。

 「サルティーヌ様の剣に、"水"の属性を上書きする際に・・・その、うっかり大気中の水を媒体にして、足りない分を補ってしまったので・・・それを補うために雨雲を引き寄せてしまったのかも・・・なんです」

 だんだん尻つぼみになるビビの声。

 「しまったかも、・・・って、お前・・・」

 ザーザーと雨足が強くなる。既に二人ともずぶ濡れになっていた。


 「俺さ・・・」


 とうとうカリストは肩を落とす。

 「お前みたいな、はちゃめちゃな奴、知らないよ。どこまで規格外なわけ?」

 「すみません・・・」


 あーこれ、また師団長の説教コースだな、とビビは思った。


 *


 「この雷雨、廃墟の森周辺だけみたいです」

 地面に手を置き、ビビは目を閉じる。これなら急な天気雨、としてごまかされるレベルだろう。

 そもそも、この世界には天気予報なんてものは、ないみたいだし・・・

 比較的、雨の吹き込みの少ない場所を探し、ビビは結界を張る。

 とりあえず、媒体で使った水が大気に補給されたら、雨は止むだろう。止んだ後は問題ないかチェックしなければ。


 「・・・先に戻られても、良かったのに」

 木の根本に腰をおろして休んでいるカリストを振り返り、ビビは申し訳なさそうに言った。

 「俺の剣の錬成が絡んでいるからな」

 カリストは息を吐く。しかしよく降る雨だな、と呟くと、それだけカリストの属性魔力が強いのだ、とビビは答えた。

 カリストのそばに歩み寄り、そっと手を差し伸べる。


 「・・・なに?」

 「手を。風邪ひいちゃいます」

 言われるがまま、手を差し出すと、ビビは自分の手を重ねる。

 ふわり、と温かな風が包みこんだ。

 「・・・?!」

 カリストは目を見開く。

 ゆっくりと、濡れていた髪や、身につけていた鎧や、中に着こんだインナーすらも乾いていく。もう、どこを突っ込んでいいのかわからない次元になっていて、カリストはただ言葉を失ったまま、うつむくビビを見下ろす。


 重ねられた手は、自分と比べて華奢で小さい。この手が・・・あの規格外の錬成を行い、魔銃を握り、戦う。

 一体、この身体のどこにそんな力が秘められているのか。


 「・・・」

 こつん、と音がして我に返ると、ビビの頭がカリストの胸あてに当たる。

 「・・・??」

 「すみません・・・ちょっと、眠くなって」

 ふ、と手の力がぬけ、ビビの身体が傾くのを、カリストは抱きとめる。

 「ちょっと、魔力使いすぎたみたい」

 「おい・・・!」

 カリストは軽くビビの肩を揺するが、


 ああ、眠い・・・


 「少しだけ・・・眠れば・・・」

 ビビはそのまま意識を手放した。


 *


 パチパチ・・・


 火がはぜる音が聞こえる。

 ふんわり、と自分を包み込む温もりに、ビビは顔を埋め、安堵の息をもらした。

 とくとく聞こえる心音。


 「・・・ん・・・っ」


 ビビは僅かに身動ぎをし・・・何かが唇に触れる感触に、くすぐったげに身をよじる。

 「・・・?」

 ぼんやり、目を覚ました。


 パン、


 目の前で焚き火の炎が、音をたてて弾ける。


 「起きたか?」

 

 耳元で聞こえる声に、はっとして目を瞬き、そこでビビは誰かの腕の中にいることに気づいた。

 「・・・え?」

 サーッと血の気がひく感覚とともに、ビビは恐る恐る顔をあげた。

 すぐ目の前にある、綺麗な青い瞳。整いすぎる顔だち。

 いつもは無表情で、時には冷たくも感じるそのまなざしは・・・何故か困ったような、ホッとしたような色を浮かべていた。


 「・・・助かった」

 カリストはビビと目が合うと、わずかに目を細めた。


「そろそろ、理性の限界だった」


*****

大気の水分を補うために雨雲云々…は空想ふんわり設定です。

もう一話投稿します。

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