第77話 カリストの剣

 ビビが廃墟の森に設けた"転移ゲート"は、難関と言われたダンジョン探索に大きく貢献した。

 後報告を受けた、イヴァーノとリュディガーは頭を抱えていたが、実際体感してその効率と安全性に、無下にもできず。

最終的に、ビビの存在は公にせず、ハーキュレーズ王宮騎士団がカイザルック魔術師団に転移ゲート作成を依頼した、という形で決着がついた。

 このゲート設置で恩恵を受けたハーキュレーズ王宮騎士団の、カイザルック魔術師団に対するわだかまりも多少改善したのか。魔術師会館へ武器の付加や、スキルの相談などで訪れる騎士団の人数が、以前より増えたらしい。

 両間の距離が縮まるのは喜ばしいことだったが、この件に関してはビビとカリストは二人仲良く、上官2名からみっちり説教を受けた。


 「なんで俺まで」

 

 カリストはブツブツ文句を言っていたが、イヴァーノからは、今後ビビが廃墟の森のダンジョンへ行く時は、必ず同行すること、"転移ゲート"設置の際は必ず報告することを義務付けられ・・・つかず離れず?関係はまずまず良好、といった感じだった。



 「サルティーヌ様、剣を錬成してみませんか?」


 その日も一緒に廃墟の森のダンジョンを探索していた。

 恒例でもあり、密かに楽しみにしているビビの手作りサンドウィッチを食べて、そろそろ帰ろうかと立ち上がった時。いきなりビビに提案され、カリストは振り返る。

 ・・・先ほどからなにか言いたげにソワソワして、こちらを伺う視線に何事かと思いきや。


 「・・・は?」

 「その子・・・サルティーヌ様の剣、サルティーヌ様の魔力に合わせきれていないんです」

 ビビは説明する。

 「・・・なにする気?」

 「剣に属性の加護を付与します。もっと使いやすくなりますよ?」

 大丈夫です、今度はちゃんと師団長には許可とっていますから^^の笑顔のビビに、カリストは彼特有の冷めた視線で返し。

 

 「却下」

 

 バッサリ斬り捨て、歩き出す。

 最初の頃と比べ、ビビが魔術を使うことに、それほど驚愕しなくなったものの、カリスト自身やはり魔術否定派のようで。

 

 「もう!話を最後まで聞いてくださいってば」

 「俺に加護の付与は必要ない」

 とりつくしまもない、とはこのような状況を言うのだろう。

 

 「それはわかっています。剣と魔力のバランスが悪いって言っているんです」

 メゲずにビビは言う。

 「多分、近いうちにその剣、サルティーヌ様の魔力に耐えきれなくて、折れます。戦闘中だったらどうするんですか?」

 ピタリ、とカリストは足を止める。

 

 「お前の言っていること、ガドル王国騎士団の専属鍛冶職人全員に、喧嘩売っているってわかってんの?」

 カリストの口調は、そっけない。


 ハーキュレーズ王宮騎士団は、騎士団に入団すると、専用の剣に見合ったスキルを付与される。第三騎士団副隊長であるカリストは少し前に、その魔力に合わせた剣を授与されたばかりで、名のある職人が鍛えたと聞いていたし、実際使い勝手も良く気に入っている。

 ジェマの剣を錬成したことは聞いていたが・・・自分の剣にケチをつけられるいわれはない。


 「どう見繕っても・・・サルティーヌ様の魔力がオーバーしていますけど」

 ビビは両手を差し出す。剣をよこせと言っているのだろうか?どこに自分の半身ともいえる相棒(武器)を、ホイホイ手渡す輩が・・・


 「オーガストさんと、アドリアーナの剣も錬成して問題なかったから、大丈夫です!」

 いたか。・・・あいつら俺の知らぬ間に

 

 チッ、と舌打ちしながらも、ニコニコ顔のビビに負け・・・結局は、自分もこの笑顔に弱いのだろう。カリストは小さくため息をつくと、腰にさげた剣を抜くとビビに差し出した。

 

 「ちょっとでも使い勝手が悪くなったら、戻すと約束しろ」

 「はぁい」

 ビビはそのまま両手で持っていてくださいね、と言い。カリストの前に立つと、両手をパン、と重ね合わせる。


 「……」


 ビビの口から、不思議な声色が漏れる。


 「・・・??」

 パアッとカリストの足元に、魔法陣が浮かび、金色の光を放つ。

 ビビは手を伸ばし、剣を握るカリストの手に、自分の手を重ねた。

 ピリッと身体に電流が流れるような衝撃に、カリストは僅かに身動ぎをした。


 光の中のビビの目が、深い緑から金色に輝き出す。

 ああ、あの時と同じ・・・手合わせの時の感覚を思い出しながら、その美しさに思わず目を奪われた。ふわりとフードからのぞく赤い髪が、光を反射して揺れる。

 光を放つ魔法陣の紋章の文字が浮かび上がる。くるくると円をかきながら、剣の刃に次々と吸い込まれていった。

 刃は炎を纏い、そして消えていく。

 次に別の紋章が現れ、吸い込まれていくと、今度は薄青い光を放ち、冷気を纏う。

 

 「・・・うっ・・・!」

 ビリビリと剣を握る手が痺れ、身体の中を何かが渦巻く感覚に、カリストは呻き歯を食いしばった。


 一体、剣と自身に何が起きているのか・・・


 徐々に光がおさまり・・・森に薄暗さと静寂が戻る。

 フラッとビビの身体が傾き、カリストははっと我に返ると、慌てて片手でビビの身体を支えた。


 「・・・おい?!」

 

 ビビは額をカリストの胸につけたまま、軽く頭を振る。

 「だ、大丈夫です。ちょっと根詰めすぎちゃいました」

 ビビはカリストの胸に手をつき、距離をとる。


 想像以上にカリストの魔力の強さに驚く。そして、意外なことに・・・

 ビビは顔をあげてカリストを見た。金色に輝いていた瞳は元の深緑に戻っている。


 「サルティーヌ様は"火"と"水"の相反する珍しい二属性の持ち主なんですね」

 「・・・え?」

 カリストは目を見開く。自分の属性は・・・"火"である。成人した時、神殿でそう鑑定されたのだ。スキルもそれに伴う属性のものを学んできた。だが"水"とは?


 「魔力と呼ばれるものには、少なからず属性があるのはご存じだと思います。魔力を付与した武器にも、勿論。相性もあります」

 ビビはそっと・・・カリストの持つ剣の柄に手を添える。

 

 「この剣は"地"の属性があります。多分、"火"に弱い"水"をカバーするために"地"の属性寄りにしたのではないかと。でも、サルティーヌ様のもうひとつの属性の”水”と真逆です」

 「・・・え??」

 「つまり、この剣では・・・サルティーヌ様は力を出しきれていない。表面上は"火"の属性のスキルを出しながら、内では"地"の属性が強く"水"を押さえこんでいました」


 でも・・・とビビは顎に手をそえ、少し考える風なそぶりをした。

 「それにサルティーヌ様の魔力が反発して"水"の属性は強化された、とも考えられます。普通は押さえこまれるのに・・・すごい。初めて手合わせした時、必要以上に魔力が漏れていたから、変だとは思っていたんですよね。サルティーヌ様ほどの実力者が魔力をコントロールできずに、垂れ流し状態なんて」

 実際は・・・"地"の属性に抑え込まれた、"水"が干渉しあってぶつかり合い、溢れたものが漏れていたのだ。


 それにしても・・・その状態であれだけ剣を振れるなんて。きっとこれをクリアしたカリストは、かっての父親だったカリスト・サルティーヌのように、自在に魔力を扱えるようになっていくのだろう。

 ビビは顔をあげ、再度カリストの顔を見つめる。

 何度挑んでも、どうしても勝てなかった。焦がれた強き父親の面影が、目の前のカリストと重なる。


 「やっぱり、サルティーヌ様はすごいです。これでもっと・・・強くなれます!」

 

 まるで自分のことのように、嬉しさが弾けたような笑顔を浮かべるビビに目を奪われ、カリストは慌てて顔を反らした。

その場を繕うように、咳払いをする。


 「・・・で、どうなったわけ?」

 「あ、すみません」

 我に返りビビは赤くなって、一歩さがる。

 「剣とサルティーヌ様の魔力と魔量を調整して、属性も"火"と"水"に上書きしました。かなり使いやすくなっていると思います」

 言われて、カリストは剣を片手で軽く振り・・・目を見開いた。


 「・・・なに、これ」


 軽い。しかも、この手に吸い付くような、一体感。そして何か自分の身体から流れ、ストレートに剣へ伝わっていく感覚。

 刀身をシュルシュルと細い炎が伝って消えていく。

 これは・・・自分の魔力か?これほどはっきり感じられたことは今までなかった。


 「確かにこの剣自体に、加護の付与なんて・・・必要なかったですね。火と水の属性持ちですから・・・それをのばすスキルを身に着けるとよいと思いますよ?」

 ビビは肩をすくめてみせる。

 「サルティーヌ様の魔量排出のリミッターも解除していますから、それだけは気をつけてください。一応、魔量の残量を35%切ったら警告が出ますけど」

 まぁ、ドラゴンレベルを数体相手にしない限りは、問題ないだろう。


 「・・・」

 カリストはしばし剣を眺め、口を閉ざす。ビビはハッとして両手を握りしめた。

 「・・・あの・・・」

 気に入らなかったのだろうか?

 考え込んでいるカリストの顔いろを不安げに伺っていると、やがてカリストは顔をあげ、ビビを見返した。そして、

 

 「お前の方が、すごい!」

 言って、破壊的な笑顔を見せる。


 「ぐは・・・ッ!」

 ビビの中の美形スマイルリミッターが全力で振り切れ。

 思わずビビは鼻を抑えたままよろめいた。

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