第75話 光の魔法陣

 イレーネ市場は、夕刻前ということもあり、夕食の食材を買い求める人々で、相変わらず混雑していた。

 ジャンルカは広い通りから、狭い路地を迷うことなく、進んでいく。

 ビビの超、のつく方向音痴を理解しているのか、歩幅とスピードをビビに合わせてくれているのが、ありがたかった。


 どこに行くのだろう・・・?


 ジャンルカは何も話さない。

 真っ直ぐ前方を見て歩く。周囲の中には、ジャンルカを知っているのか、びっくりした顔で振り返る人もいて。

 ジャンルカが滅多に人前に姿を見せない、という噂は本当らしい。


 しばし歩き、大通りから離れた路地の奥。

 古い看板の下がった店に、ジャンルカは入って行った。


 カラン、


 ドアに下がった銅製の鐘が鳴る。

 奥から出てきたのは、初老の男。

 ビビは店の入り口で、足を止めた。

 空気が重い・・・?なんだ、この異様ないやな感じは?


 「待っていたよ」


 男はジャンルカを見て、ニヤリと笑う。

 ジャンルカは頷き、男の立つカウンターへと向かう。

 男はカウンターの下でガサゴソ手元を動かしていたが、何かを取り出し、ジャンルカの目の前にそれを置く。

 背後からのぞきこむと、それは細長い宝石箱・・・?のように見える。


 「言われた通りに錬成したぜ?寸分違いなく」


 「ああ」

 ジャンルカは頷き、

 「奥の部屋を借りたい」

 「好きにしな」

 言って、男は後ろに控えているビビに視線を向ける。

 「・・・この娘さんかい?」

 ビビは目を瞬く。ジャンルカを見上げると、ジャンルカは無表情で男に頷いていた。

 ビビが口を開きかけると、それを制するように、軽く背中を押された。

 「こっちへ」

 促され、カウンターを横切り、店の奥へ。


 *


 「ここは・・・?」


 薄暗く、窓もないせまいその部屋は。

 肌に馴染んだ感覚と、古い書物のにおい。

 どうやら、錬成をする作業場のようだ。

 ビビがキョロキョロしていると、ジャンルカは中央に置かれたテーブルへ、先ほど男から受け取った箱を乗せ、蓋を開ける。


 箱から取り出されたのは・・・一本の金の鎖。


 「・・・これは?」


 隣からのぞきこみ、ビビは目を瞬く。

 錬成された鎖のようだ。鈍く光る表面から微かな魔力を感じる。


 「・・・なんか、封印されている・・・ような」


 ジャンルカはビビを見る。

 「ビビ」

 「あ、はい」

 「・・・"神獣ユグドラシル"の魔石を出せるか?」

 ビビは目を見開いて、ジャンルカを見返す。何故?と思ったが頷いた。

 

 両手を重ね、空間収納を開封する魔法陣を発動する。両手にパアッと光が漏れ、現れたのは深緑の魔石。

 「ここに」

 言われて、指示通り鎖の横に魔石を置く。


 「さがっていろ」


 頷き、一歩後退する。

 ジャンルカは身を正し、両手を重ねる。


 「……」

 「………。」


 ジャンルカの唇から、不思議な音か紡ぎ出される。

 呪文・・・?違う、高等魔術で使う、誓約の声音?ちがう、これは・・・


 言霊の詔・・・?


 パアッと鎖と魔石を魔法陣が何重にも囲む。その数と取り囲む光に圧倒されて、ビビは目を見開いた。


 こんな・・・魔法陣、見たことない。

 光の渦が巻き起こって、まるで夜空に広がる流星群みたいだ。


 「・・・綺麗」

 ビビは呟く。


 暗闇を渦巻いた光は、次々にパアッと四方に飛び交い、消えていく。小さな風が巻き起こり、テーブルの上をくるくる渦を巻き、そして散っていった。

 しん・・・、と室内に暗闇と、静寂が戻る。


 ふぅ、とジャンルカが息を落とした。

 「ビビ」

 呼ばれて歩み寄れば、ジャンルカはテーブルに置かれたものを取ると、そのままビビに手渡す。


 「・・・え?」

 手のひらには、深緑の魔石に繋がった金の鎖が輝いていた。

 

 通常、魔石は加護を付加して武器に装飾されたり、加工される。

 だが神獣ユグドラシルの魔石ともなると、加工する金属自体耐えきれず・・・ビビも何度か身につけられないかチャレンジしてみたが失敗し、高価な錬金素材を駄目にすること多数。諦めて、空間収納で封印し、収納していた。


 「・・・すごい。完全に一体化している」

 どうやって?との問いを含んだ視線をジャンルカに向けると、ジャンルカはわずかに目元に笑みを浮かべ、軽く頷いてみせた。

 ぱさっ、とフードを取り払われ、後ろを向かされた。

 「髪、一纏めにできるか?」

 聞かれて、頷くと、髪を一纏めにして長く前に垂らす。

 ジャンルカはビビから魔石のネックレスを受けとると、うなじの位置でネックレスの金具を留めた。

 

 ちょうど胸元の鎖骨の下の位置に、神獣ユグドラシルの魔石が。

 手にずっしりと感じた魔石は、驚くほど軽く、肌に馴染んでいる。

 ビビはそっと手に取った。

 「・・・綺麗」

 温かく感じるのは、神獣ユグドラシルの"気"なのだろうか。

 どうやら、ビビにしか身に着けられない誓約魔法がかけられているようだ。

 

 くるっとジャンルカに向き直り、胸元にさがった魔石を見せると、ジャンルカは満足そうに、わずかに笑みを浮かべた。

 「似合っている」

 「ありがとう・・・ございます」

 胸がいっぱいになって、ビビは魔石を握りしめ、はにかんだ笑みを見せた。

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