第74話 メガネ男子

 結局、鉄板一面に流し入れた生地は、そのまま火魔法で焼いて。

 その上に、白いテフ豆をすりつぶして砂糖と煮込んだ餡を広げて、巻き寿司のようにくるくる丸めて形を整え、均等にスライスして器に盛る。

 ロールケーキの白餡バージョンの完成である。

 先日、ヴェスタ農業管理会から提供してもらった、東国の抹茶をホイップと混ぜて絞り、刻んだチョコレートを添えて出来上がり。


 「美味い!」


 リュディガーはビビの作る、創作スイーツのファンクラブ、自称名誉会長である。

 キッチンにビビが籠り出すと、聞き付けて3時のおやつタイムには必ず姿を現す。

 先日は、何故かソルティア陛下までドサクサに紛れてテーブルについていて、魔術師会館は大騒ぎになった。


 「さすがビビ。餡の甘さと抹茶の渋さのバランスが素晴らしい」


 フォークを片手に髭を緑のクリームまみれにして、リュディガーはご満悦である。

 お茶はもちろん、抹茶をたてた。


 「ほんと、食べたことがないスイーツだわ。こりゃ、パティスリーのマリア・モローもうかうかしていられないわね」


 わいわい、魔術師会館の喫茶スペースは新作スイーツの試食会で大にぎわい。

 ビビはトレイに、ロールケーキと抹茶を乗せて、ジャンルカの研究室へ。


 コン、コン、とノックして室内に入ると、嗅ぎ慣れた古書とオイルのにおい。

 やっぱり、ここが一番落ち着く。

 

 「ジャンルカ師匠」

 

 声をかけると、背を向けていたジャンルカが振り返る。珍しく、メガネをかけていた。

 「・・・っ、」

 動きの止まるビビ。

 「ビビ?」

 ジャンルカは訝しげに、ビビを見返す。

 「どうした?」

 「・・・あ、メガネ・・・」

 カァッと顔が赤くなる。

 黒縁のメガネをかけたジャンルカが・・・


 か、カッコいいんですけどぉー!!!(心の叫び)


 「・・・?」

 ジャンルカは軽く首を傾げる。メガネを外して、テーブルに置いた。

 「なんだ、変なやつだな」


 あ、あ、あ、その仕草も・・・破壊力抜群、鎮まれ心臓・・・っ

 

 「す、すみません。お、お茶お持ちしま・・・」

 言っている先に、足を取られてつまづく。

 「うわ・・・ッ!」

 バランスを崩したビビを、素早く支えるジャンルカ。ビビの手からトレイを取り上げ、もう片手でビビを抱き止めるようにする。

 ばふっ、とビビはジャンルカの胸にダイブした。ふわっとジャンルカの胸元から・・・シトラスに似た爽やかな香りがする。


 「・・・!!」

 「気をつけろ」

 ジャンルカはテーブルにトレイを置く。動けず固まっているビビの肩をつかんで、すっ、と放した。

 「す、すみません」

 あわあわしながら、慌ててジャンルカから一歩後退する。

 テーブルに着席して、出されたケーキを黙々と口に運ぶジャンルカを横目で眺めながら、自分の為に用意してもらった作業台に乗った書類を整理する。心を落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。


 はぁ・・・

 天を仰ぎ見るビビ。


 何度か抱っこしてもらっていたけど・・・

 気を失っていたり、泣き落ちたり、シチュエーションは散々なんだが。

 ビビは頬を両手で押さえ、ため息をついた。


 師匠って・・・結構肩幅広くて、がっしりしているんだな・・・。

 ああ、勿体ない!もっと抱っこされた時に堪能しておけば!!

 やや暴走気味のビビ。


 「ビビ」


 ジャンルカに声をかけられて、文字通りビビは飛び上がった。


 「ひゃい!」


 「・・・?」

 「すすす、す、すみません!考え事していて・・・」

 えへっ、と誤魔化し笑いをしながら、ジャンルカの元に歩み寄った。

 「ごちそうさま。美味かった」

 お皿のケーキは綺麗に完食されている。無意識なのだろうか。抹茶をたてたカップを両手で包むようにして、上品に口に運んでいる所作が、茶道でお茶を嗜むそれそのもので、思わずビビは笑みを浮かべた。

 「師匠のは、甘さ控えめで抹茶濃い目にしてみました。結構好評でしたよ」


 東国から輸入された抹茶は、従来お菓子の着色や、塩と混ぜて料理の隠し味として使われるらしい。そう農業管理会から説明を受けていたが・・・。

 「・・・抹茶をお茶として飲むとはな。こういう甘いものに不思議と合う」

 感心したように呟くジャンルカの声を聞き、食べ終えた食器をかたしながら、ビビはうんうんと頷く。

 「最近、ヴェスタ農業管理会の方が、珍しい食材が手に入ったら、わざわざ届けてくれるんです。ありがたいですよね」

 「そうか」


 ヴェスタ農業管理会から無償提供されるそれらを、ビビは完全たる好意と受け取っているようだが・・・実際のところ、ビビがその食材を使って作るメニューを、まずカイザルック魔術師団が一番に食す権利を得て。食材を提供したヴェスタ農業管理会は、後からレシピを聞き出して、ちゃっかり婦人会の新作メニューに組み込んでいる・・・というのは、両者間では暗黙の了解となっている。

 まぁ、組合長のプラットあたりは他にも下心があるようだが、ビビは知る由もない。

 ビビが片付け終えるのを待って、ジャンルカは立ち上がる。


 「出かけるぞ。ついてこい」

 「・・・え?」

 ビビはきょとん、とする。

 今日は・・・ダンジョンに行く予定も、外で錬成する予定もなかったはず・・・?

 「イレーネ市場にいく。少しつきあえ」

 ジャンルカはビビの頭をポン、と軽く叩き部屋を出ていく。

 ビビは慌ててその後を追った。


※※※※※※

本日もう一話投稿します。

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