第73話 初恋は実らない

 それから、数日おきにカリストはカイザルック魔術師団に、ビビの予定を押さえに現れ・・魔術師会館内でも、ちょっとした騒ぎになっていた。

 なんでも、カリストは"超"がつくほど魔術否定派らしく、今まで寄りついたことはほとんどないのだとか。

 そのカリストが?正式なメンバーではないとはいえ、カイザルック魔術師団に保護されているビビと懇意にしているのは、嫌でも注目を集め噂を呼ぶ。


 「あのハーキュレーズ王宮騎士団No.1の色男、どうやって落としたの?」


 ファビエンヌに問われ、ビビは泡だて器でボールをかき回す手を止める。

 ふと和菓子を食べたくなって・・・スペルト麦とテフ豆を使って、どら焼もどきを作ってみようと、朝から魔術師会館のキッチンで試行錯誤していた。


 「落とす・・・って、別にそんなんじゃ」


 色男・・・それは、カリストの事を言っているのだろう。最近、遠回しによく聞かれる問いで、ビビも少々うんざり気味だった。ここまで騒ぎになるなら、仕事がバッティングしないよう魔術師会館に確認してくれ、なんて偉そうなこと言わなきゃよかったと後悔するも、すでに遅し。

 とはいえ、皆の関心はビビとカリストの恋の行方に対する興味が半数、ビビがカリストに絆されて、カイザルック魔術師団から出て、ハーキュレーズ王宮騎士団へ行ってしまうのではないか?という心配が半分だったのだが。

 敬愛するジャンルカがいる限りは絶対ありえない、とわかって聞いてくるファビエンヌは、確実に前者であり・・・


 「そう?だって、あの超女嫌いで騎士団の女子メンバーとすら、ペアを組まないカリストが、ビビをご指名なんてさぁ」

 彼女にかかれば、師弟まとめてイジリ対象なのだろう。

 

 「・・・逆に、女と思われていないのでは」

 鉄板にどら焼の皮部分の生地を円形に流し入れながら、必死に冷静を保つビビ。

 ここで動じては、噂の餌食だ。ファビエンヌさんの思うつぼだ、頑張れ自分!

 

 「あら、随分謙虚っていうか、卑屈ね」

 ファビエンヌはクスクス笑う。


 「ジャンルカを追いかけるより、歳のバランスもとれているし、見くれも職業申し分ないし、オススメ物件だと思うけど?」


 ドバーッと、一気に鉄板へ大量の生地が。


 「・・・あら?」

 「ち、ちょっと、ファビエンヌさん!」

 ビビはあたふたしながら、生地の入ったボールをテーブルに置き、ファビエンヌに向き直る。


 「し、師匠追いかけるって!なに言っているんですか?!」

 

 あらら~と鉄板に目を落としていた、ファビエンヌは首を傾げる。

 カリストとの仲を邪推されるより、気になるのはそちらの方なのね、と思いながらさらに突っつく。

 

 「見ていればわかるわよ。あいつのこと男、として好きなんでしょ?違うの?」

 ストレートに問われ、ビビは真っ赤になって・・・顔を背けた。


 駄目だ、この人には誤魔化しがきかない。


 「・・・違い・・・ません」

 かわいい~とファビエンヌは後ろからビビを抱き締め、よしよし、と頭を撫でる。

 「笑わないんですか?」

 涙目で見上げてくるビビに、ファビエンヌは微笑む。

 「あいつも師匠冥利に尽きるわね。こんなかわいい弟子に想われて」

 ・・・それは、恋しても、師弟以上の関係にはなり得ない、と案に言われている気がした。


 ・・・そんなこと、言われなくてもわかっている。

 ビビは俯く。


 ジャンルカは何年か前に、妻を亡くしている。


 ーーーーベアトリス・ブライトマン


 この箱庭をオリエでPLAYしていた時、なんどか見かけたことがある程度で、それほど関わることなく亡くなっている。

 黒髪に青い瞳の、ヴィンターに似た雰囲気の女性で、ジャンルカを見かけると、たいていいつも傍に寄り添っていた記憶がある。

 仲の良い夫婦だったんだなと、今考えれば思う。

 そしてベアトリスが亡くなった後、追いかけるようにジャンルカはそれほど間を置かずに亡くなっている。


 "お前に、俺のもつ知識の全てを教えよう"


 ジャンルカの真摯な言葉が、耳元に響く。

 それは・・・彼自身、終わりが近いことがわかっている気がして。時間の経過に多少の誤差があったとしても、もし・・・GAMEと同じレールを辿るなら・・・ジャンルカも例外なく、遠くない先、寿命を迎えることになるのだろう。

 だから少しでもそばに居たかったし、彼の伝えることは、些細なことも聞き漏らすことなく、吸収していった。弟子として・・・自分にできることは、それだけだったから。

 それが端から見たら・・・師弟愛だというならば、そうなのだろう。

 でも、わたしは・・・


 「・・・わたしは、お師匠には何も求めません」


 ビビは呟く。

 

 「ただ今はそばにいたいんです。たくさん学んで、触れて、感じて。きたる時に・・・師匠がいなくても、自分の手で答えを選べるように・・・」

 そう、とファビエンヌはビビの肩を労るように、優しく撫でる。

 

 「勿体無いわね・・・一番女として、輝ける時なのに。あんな鉄仮面に恋しちゃうなんて」

 「初恋は・・・実らない、って言葉知っていますか?」

 首を傾げるファビエンヌにビビは微笑む。


 「『誰にでも素敵な初恋の思い出はあるけれど、それが叶ったひとはどこにもいない』『初恋とは実らないのが普通』、って。わたしの住んでいたところでは言われていて」

 ビビは小さく息を落とした。

 「わたし、ファビエンヌさんや魔術師団の方々にこんなによくしてもらって。これ以上求めたら、罰が当たります」


 ふふっ、と笑って、鉄板に広げてしまった生地を改めて見下ろし。ビビは、どうしよっか?これ・・・と腕を組む。

 その小さな後ろ姿を見つめ、ファビエンヌは寂しげな笑みを浮かべた。

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