第72話 カリストと廃墟の森へ②

 入り口から、再度魔法陣のある場所まで転移して、カリストは二の句が繋げない。


 これは・・・実験、というより、魔法陣の大発明じゃないだろうか。


 イヴァーノ総長に報告・・・すべき、なんだろうな。と隣でお昼のサンドイッチを豪快に頬張るビビを眺め、カリストは思う。

 実験が成功を治めてビビはご満悦だ。


 「魔力を大量に使ったあとは、お腹空くんですよね~」

 いきなりリュックから弁当らしき包みと、お茶の入ったポットを取り出したのには驚いた。

 

 ーーーーーこんないつ魔獣が襲ってくるかわからない場所で、昼飯なんて正気か?!


 と抗議するも、

 「結界張りましたから大丈夫です」

 と、ケロリと事も無げに言われ。

 実際食べている間、小物から中型の魔獣が横切っていったが・・・こちらの存在に気づく様子もない。

 カリストは魔術否定派ではあったが・・・ビビが規格外、と言われるゆえんをはじめて理解した気がした。


 「お前が・・・騎士団に声かけて、ダンジョンに同行する人間を探していたのって、これが目的なんだ?」

 カリストに問われ、ビビは口をもぐもぐさせながら、しばし考えるようにする。

 「全部が全部、そうじゃないですよ?」

 ごくん、と飲み込み、ビビはペロッと唇を舐めた。

 「ダンジョンによっては、生態系を調べるために、植物や土を採集しますし・・・」

 ビビはサンドイッチを手に、へらりと恥ずかしそうに笑う。

 

 「廃墟の森レベルになると、常に危険が伴いますし・・・騎士団の皆さんの負担を、少しでも軽くして、安全に戻ってこれたらな・・・って。万能な回復薬は提供できますが、怪我はないにこしたことないから。今は転移ゲートだけですけど、おいおいは魔獣が寄り付かないこういう結界みたいなのを張って、オアシスみたいなエリアを作れたらな・・・って。そうしたら、長期戦で潜っても、こうやって安全に休めるでしょう?」


 「・・・お前って」

 

 ビビから分けてもらった、サンドイッチを一口食べながら、カリストは言う。

 「変わっている」

 あ、このサンドイッチ、美味いな・・・オーロックス牛の肉が挟まっている。ワインに合いそうな。

 挟んだ野菜もシャキシャキで、さっぱりしたソースが野菜や肉にもよくなじんでいる。

 

 「そうでしょうか・・・?」

 ビビは二つ目を取り出し、首を傾げた。小さいのによく食うな、と感心する。

 「カイザルック魔術師団に保護されているのに、ハーキュレーズ王宮騎士団管轄のダンジョンの心配しているなんて」


 三つある武術組織は普通、お互いの管轄に関与しないのが、決まり・・・ではないが、暗黙の了解となっている。

 「それって、卑屈ですよ」

 ビビは不満げに頬を膨らます。

 「同じガドル王国の国民同士じゃないですか。助け合うのは当たり前でしょうに」

 「お前、カドル王国民じゃないし」

 「言い直します」

 あ、そうだった、とビビは咳払いをする。

 

 「同じ人間だから。それに、わたし・・・ここの人たちが・・・カイザルック魔術師団やハーキュレーズ王宮騎士団の皆さんが好きだから、役にたちたい。誰も怪我してほしくない。無事に戻ってきてほしい・・・それじゃ理由になりませんか?」

 「・・・」

 カリストはまじまじとビビを見返す。

 ビビは、はっとして慌てて目を反らした。


 「・・・って、そうですよね、わたし部外者なのに、鬱陶しいですよね。その・・・すみません」

 なに、熱く語っているんだ自分!

 急に恥ずかしくなって、ビビはフードをかぶり直す。

 カリストの手がふいに視界へ入ってきた。


 「・・・え?」

 

 長い指先が顎を捕え、親指の腹がビビの唇の横をなぞる。

 軽く拭うような動きに、ビビは目を見開いた。

 

 「肉のソース、ついてる」

 カリストの口端が軽くあがる。

 そのまま、指先についたソースをペロッと薄い舌がぬぐう。

 

 うわッ!


 その艶っぽいしぐさに、ビビは赤くなった。

 慌てて、逃れるように仰け反り、口元を片手で覆う。

 

 「サンドイッチ、美味かった」

 言って、カリストは立ち上がり、ビビに手をさしのべる。

 「・・・っ、」

 「ほら」

 急かすように、手を再度差しのべられ、ビビはおずおずと・・・その手を取った。

 ひょい、とビビを引き上げ、カリストは何事もなかったように、木に立て掛けてあった剣を腰にさした。

 「そろそろ戻るか」

 言われて、ビビは頷く。


 転移ゲートでダンジョンの入り口まで戻り、無言で森の出口まで歩く。足を止め、ビビは改めてカリストに向き直ると、頭を下げた。

 「今日は、ありがとうございました」

 うん、とカリストは短く答え、

 

 「また声かける」

 「・・・えっ?」

 ビビが顔をあげると、自分を見下ろすカリストの青い瞳とぶつかった。

 「転移ゲート、他にも設置するんでしょ?また声かけるから」

 「・・・」

 ビビは戸惑う。それは・・・願ったり叶ったりなのだが。

 

 「ご迷惑では・・・?」

 「迷惑なら、誘わない。今日は一緒に組めて、すごくやりやすかった。サンキュ」

 ふ、と微笑まれて、ビビは心臓がはね上がる。

 

 うわ・・・、その笑顔、やばい


 「ありがとうございます」

 努めて冷静を装い、ビビはひきつり笑いを浮かべた。

 「あ、でも・・・できたら他の仕事とバッティングしないように、魔術師団を通していただけると、助かります」

 「わかった。じゃあ」

 カリストは頷き、片手をあげて立ち去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、ビビはもう一度頭をさげた。

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